魔女色の吐息

 僕の顔にピンク色の吐息を吹きかけるように、目の前で形を変えるその真っ赤な唇は確かにご褒美がどうとか言っていた。

「ねぇ、君」

 彼女のその言葉で唇に奪われていた意識が、目の前の彼女自身に向く。

 彼女は愉快そうに僕の顔をのぞきこんで、話しかけてくる。

 気付かれていないと思っていた僕は、その声掛けだけでドキリとした。

 彼女には最初からお見通しだったかの様な雰囲気。

「何故君はここに居るのかな?」

 僕はその問いには答えない。

 代わりに彼女に僕が尋ねる。

「君は魔女だろ?」

 二度目の言葉すら無視して彼女に質問で返した、彼女は僕の顔にズイッと顔を近づけた。

「見て、見て、私。魔女みたいな格好してないよ」

 数歩身を引いて、クルッと僕の前で一回転した。

「とんがった帽子も被って無いしー、黒いマントも身に着けてないよ?」

 そう言うと彼女は不思議そうな表情を、僕に向ける。

「魔女が私は魔女でーす、みたいなあからさまな格好なんてしないだろ」

 そう僕がいうと彼女はニヤッとする。

 「あはははははは、なるほどー、なるほど」

 彼女は笑いながらどこか納得していた。

「残念だけど、私はどこかの魔女みたいに正体を暴かれたからってカエルになったりはしないゲコよ」

 そのニヤッとした笑い方はカエルというよりオオカミに見えた。

 「そして君は魔女見習いににもなれないさ」

 彼女はケタケタと笑いながら、ポケットからキレイな桃色のビー玉を取り出した。

 人差し指と親指で掴むとビー玉で僕をのぞき込みながら。

「これもただのビー玉だよ」

 そう言って笑う。

 僕は反対側からそのビー玉を覗き込む様に、彼女を見ながら再度聞いた。

「あなたは魔女だろ」

 それでも僕はもう一度、今度は少し強く言う。

 彼女はそんな僕の言葉に目を丸くしながらも、顎に人差し指を当てると。

「んー、正確にはちょっと違うんだけど。そっちの方がわかりやすいしいいかな」

 ずいっ、と彼女は顔を僕に近づける。

「そうだよ、私は魔女さ。だけどやっぱりカエルにはならないよ」

 そう言うとまた彼女はケタケタと笑い始めた。

 彼女は少しギザギザした歯を見せびらかす様に笑っている。

 僕はその笑い方にすらいくばくかの恐怖を覚えた。

 ひとしきり笑い、僕の困った顔を堪能したあと。

「それで最初の質問だけれど、どうして君はここにいるんだい?」

 今度は僕が答える番になってしまった。

「魔女の尻尾でも捕まえられないかなーって思って」

 と、僕は彼女の唇から逃げるように少し顔をそらしながら答える。

 それからありもしない尻尾を探して彼女のお尻の方に視線を逸らした。

「ふーん、本当は私のことが気になってじゃないの?ストーカー君」

「ちがっ」

 否定しようと彼女の顔を見ると彼女の両目は真っ直ぐに僕の目を見ている。

 慌てて視線を落とすと、今度は彼女の胸が視界に入る。

「うわー、今胸を見たでしょー、やらしー」

 そう言いながらまた彼女はケタケタと笑い出す。

「それにほら、さっきも見せたけど私に尻尾なんて生えてないよ。もし生えるなら猫耳が良いニャ」

 なんて言いながらまた僕の周りを一周する。

「なんなら触ってみる?」

 なんて言いながらお尻を向ける。

 その向けられたお尻を見ながら困惑していると。

 「ごめん、ごめん。ちょっとからかい過ぎたね。」

 と言いながら、もう一度ごめんねと言う。

 「別に良いですけど...」

 心の中で(ちょっとだけ触らなかったことを後悔しつつ)、顔をあげようとしたとき。

 「お詫びにちょっとだけ良いものを見せてあげる」

 頭上から囁く様に彼女は僕に言う。

 恥ずかしさでさらに俯いて、彼女の足元まで落ちていた僕の視界に緑が突然広がった。

 正確には彼女のブーツの周りにだけ急に植物が咲き誇りだした。

 それも色取り取りの見たこともない花々や植物たちがぶわぁっと咲き誇る


 そう思った瞬間、彼女の足元の植物は消え元の地面に戻っていた。

「ごめんね、今日はここまで」

 彼女の声が頭上から降る。

「そろそろ電車が来るから、今日はその電車に乗ってね。じゃあね」

 彼女の言葉の後、顔をあげるともう彼女は居なかった。

 かわりに電車がホームに入る警笛が聞こえ、その電車が停まるのを待って学校へと向かった。


 学校に着いたのは2限目の途中だった。

 教室に入るや教師含め皆の視線が僕に向いたが、寝坊しましたすいませんと言って自分の席へ向かった。

 残りの授業中はずっと彼女のことを考えていた。

 見た目と噛み合わないあの快活な喋り方も。

 そして、

 自分の唇を指でなぞり。

 真っ赤な彼女の唇の感触も。

 ご褒美……。

 あの彼女の言葉を思い出して耳まで赤くなる。

 人生初キスがあんな感じで訪れるなんて。

 両手で顔を覆い机に突っ伏す。

 また彼女に会えるだろうか.....。

 授業中そればかりが気になって何も授業に身が入ることもなく、気がついたら放課後になっていた。

 今日は友人たちとの雑談も、そこそこに別れを告げて帰路につく。


 電車の中でも今朝のことを考えていた。

 今日はいつもより早く起きたせいか、うとうととし始め睡魔が襲ってくる。

 気が付くと僕は眠ってしまっていたみたいだった。

 少し重い瞼を必死に上げると電車はまだ走っている。

 どこかの駅へ止まったような気もしないのに未だに次の駅へのアナウンスもなく走り続けている。

 ゴーっという音が車内に響く。

 ふと顔を上げ、左右を見た。

 自分が乗っている車両には自分以外誰も乗っていない。

 その間も、ものすごい勢いで窓から壁を見せ続ける。

 乗り過ごしたかなぁ、着いたら乗り換えれば良いやと思ってまたうとうととしていると。

 隣に誰かが座った衝撃が伝わる。

 まだ駅には着いてないから別の車両から移ってきたのかなとか考えていると。

 肩を叩かれぼんやりしている目で『彼』を見た。

 その彼は僕にこういった。

『頼む、僕の代わりに彼女を殺してくれ。インディゴに行けば分かる』

 その言葉にハッとして目を見開いたがそこには彼は居らず、電車も自分の家の最寄り駅に着いた。

 少しボーッとした頭を引きずりながら慌てて電車を降りた。

 

 家へと向かう道すがら、あの夢としか思えない様な出来事を考えていた。

 彼が言っていた殺して欲しい彼女って?インディゴってなに?

 そんな疑問ばかりが頭をぐるぐると回る。

 僕の目も回る。

 今日は目まぐるしいことばかりだったなと思いながら家のドアを開けた。

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