不浄の聖女(3)

 ついに神隠しの原因である聖女と対面する事が出来た。

 黒い修道服を着てるけど修道女とは思えない規律外れの格好をした聖女は顔を隠しているから表情は分からないけど奴の話し方から怒っているのはすぐに分かった。

 

「あぁ・・・・・・ 憎たらしい。子供達の楽園を、私の聖域を、よくもよくも汚い足で踏み荒らして」


 楽園に聖域だなんて壮大な言葉を並べてるけど全部、あんたが無理矢理巻き込んだだけだろうが。

 どんな背景を抱えてこんな事をしたのか分からないけど親から大切な子供を奪った救世主気取りの愚行、私達がここで止めなきゃ。


「感情的になってはいけないよ、サリッサ。君は美しく聡明な聖女だろう?」


 サリッサと呼ばれた小柄な聖女の隣に立つ老紳士が柔和に宥める。

 赤混じりの茶色のコートを中心に落ち着いた色合いでまとめた身なりは物静かで穏やかそうな印象を与えた。

 だからこそ私は彼の安全を確保させようと警告を鳴らす。


「あの、なんでそちらにいるのかは分かりませんがその女は危険です。今すぐ離れて」


 控えめな筋肉を身に纏った百八十五はありそうな長身を持つ、パッと見四十代の老紳士は綺麗に整えた白髭をなぞって私を観察する。


「おや? 君は・・・・・・ 残響の空谷でミニマムボーイに襲われていた子か。災難だったね。不運と言わざるを得ないよ」


 それを聞き、私は張り詰めた冷気を放った男に身構えた。

 この男がUNdead社員しか知り得ないエクソスバレーに漂流したばかりの私について熟知し、露骨に遺憾の意を示していたからだ。


「へぇ君、なんでスイちゃんがエクソスバレーに着いてから殺されかけた事を知ってるのかな?」


 エマさんに問い詰められても大して焦ってない老紳士は他人に信頼を与える柔らかい物腰、でも機械みたいな無情さが垣間見える単調さで私達の前に歩み寄る。


「知られたところで不都合は無い。私の[[rb:贖罪 > ・・]]は必ず実現させるからね」


 老紳士は被った帽子を胸元に運び、英国紳士流の礼儀を披露してみせた。


「私は "ジェイフル・オクロック"

 未だ命宿りし身ではあるが贖罪を果たす為、この世界を訪れエッセンゼーレと協定を結んでいる。以後お見知りおきを」


『奴に気を許すな。その男こそアーテスト古代都市街道でハンティングボアを従えていた者だ』


 こいつが言葉の通じない凶暴の塊、エッセンゼーレを配下に置く唯一の存在で、ヒステリック・ラブポーションが言ってた "彼" でもあるのか。

 そう思うと気品溢れる余裕の振る舞いも不気味に思い始めた。


「過去の因縁が絡んだ事件に巻き込ませてしまった私は護るべき大事な人を亡くした。それこそが私の罪、果たすべき贖罪」


 オクロックは演劇の舞台に立ち演技する様に仰々しい物言いを続けていた。


「彼女が失った時を、過ごすはずだった人生を、どれだけの月日が露と消えようと私は如何なる手段を以てしても遡行させなければならない。

 その為には数多の霊体が必要になる、だからこそ私はエッセンゼーレと手を組んだんだ。

 殺す快楽と引き換えにね」


 なんだよそれ。

 自分は罪滅ぼしの為に精一杯、堅実にやってますよ。アピールをしてるつもりだろうけど、一人の人間を蘇生させる為に他人を犠牲にしてるって事でしょ?

 とんだ畜生じゃないか。


「大事な人を取り戻す為ならそんな事が許されると?」


「この行いが条理から外れているのは私自身、一番理解しているさ。だが誰かに許しを乞うつもりも立ち止まるつもりも無い。遮る困難をねじ伏せる力と覚悟は私にはある」


 ウィリアムさんの問いにそう言い切ったオクロック。

 既に正常の道程から外れてるこの男は私に対してまだ言いたい事があるらしい。


「手頃な相手を探す途中、残響の空谷で迷う君を見て手の空いていたミニマムボーイでも大丈夫だと思っていたんだが見立ては甘かったらしい。

 大抵の霊体はエッセンゼーレを見た際、 "恐怖" に陥るはずなのに君は僅かに動ける身体を振り絞り抵抗するなんて。

 お陰で贖罪は一歩遠のいてしまった。

 ・・・・・・次はあらゆる想定を突き詰めないとね」

 

 やれやれと溜め息を吐くオクロックに私達は憤りを感じざるを得ない。

 自分が殺されかけたのもあるけど手頃な相手と言ってる以上、奴は殺す対象を絞らずに見つけ次第襲わせてるはず。

 それはつまり目的の為に周囲を気にして無いって訳でその姿勢は許せる物じゃない。

 どんな地位に属していても如何なる理由を持っていたとしても他人の命に干渉し死へと導くのは許されざる命の冒涜である。

 幽谷に住むみんなを身勝手な毒牙から守る為にこの男はエクソスバレーのネットで挙げられる超危険人物よりも自由に活動させてはいけない。

 

「さて、十分後に次の予定が始まる。私はこれで失礼させて貰おう。サリッサ、融資を無駄にしないでくれよ?」


 懐中時計で時間を確認したオクロックはそそくさと帰る準備をしている。

 しかし大事な後輩に危害を加えられて怒ってるエマさんはそのまま見送るなど出来るはずが無く、槍を取り出していた。


「ちょっと待ちなよ、もう少しだけ付き合っても良くない? うちの大事な後輩を危ない目に合わせたお礼だって済んでないんだから」

 

 地面を擦り摩擦熱を産み出す途中、オクロックはひと睨みでエマさんの動作を中断させてしまう。

 それは感情や精神、気概の強さによって力関係が決まるエクソスバレーの規則に則った奴の戦闘力は熟練の戦士のエマさんよりも上回ってる事を顕著に証明してしまった。

 遮る困難をねじ伏せるって口からの出任せでは無いみたい。


「こう見えても英国で名を上げた元警官でね。六十二の老体とは言え君達、若人に遅れを取るほど衰えてはいない」

 

「さ、オクロックさん。早く行ってください。多忙な貴方に代わりこのサリッサ・アマスが不届きなる侵入者を神の御許へ送りましょう」

 

 レイピアとカンテラを装備し立ち塞がったサリッサに阻まれ、オクロックは正義の組織に属していたとは思えない濁った紫艶の結晶体で作ったワープホールを通って姿をくらませた。

 気になる事が山ほどあったけど逃げられてしまっては仕方無い。

 その場に残ったサリッサとの戦闘に集中しないと。


「さぁ刮目なさい。オクロックさんから授かった多くの子供を救う至高の力を!!」

 

 サリッサがレイピアを天に掲げるとマスコットキャラクターのぬいぐるみみたいなギタリストのエッセンゼーレ、 "パンクデビル" が虚栄の崇高で満ちた祭壇を埋め尽くす。

 愛嬌のある外面とは裏腹にギタリストの命であるギターを鈍器の様に振り回したり遊びレベルのロックミュージックで精神を昂らせたりと中々厄介な相手。

 サリッサも余程、信頼を寄せてたのか教会内でも徘徊してる所をよく見かけた。

 抗う精神を持たない並の霊体を容易く蹂躙する化け物がどこを見ても存在する狂気の背景を前にナーシャさんとウィリアムさんが語る。


「こんな暴力揃えてどうやって子供救うのさ? 聖女さんよぉ」

 

「彼女を聖女と扱わない方が良い。わざわざ慈悲深い振りをする為に子供の前で従えたエッセンゼーレを躊躇いなく殺す人ですよ」

 

 指揮者が指揮棒を振り、音を調和させるようにサリッサがレイピアを使って指示を出すとパンクデビル達が飛来する。

 もうお喋りをする暇は無い。

 全員武器を虚空から呼び出し迎撃の構えを取る。

 次々と急降下し自ら破壊する勢いでギターを振り下ろすパンクデビルをいなし倒してもアーテスト古代都市街道でニコールちゃんを救助した時に戦ったハンティングボアと同じ様にサリッサの手によって増殖されていく。

 もしサリッサに授けられたエッセンゼーレの指揮能力がオクロックと同じなら呼び出せるエッセンゼーレに際限など存在しない。

 途切れを知らないパンクデビルの波状攻撃に構っていてはサリッサに近付けないまま体力を消耗してしまう。

 剣や造形した氷でギターの重撃を反射させ打開策を模索する時、エマさんが叫ぶ。


「スイちゃん!! 召喚系の技は術者本人を攻撃すれば止まるって相場が決まってる。雑魚はあたし達に任せて君はサリッサを叩いて!!」

 

「アリア、サポートしてやんな。大手柄は若い衆に託すよ」

 

 短く返事し鎌の一振でパンクデビルを斬り落としたアリアちゃんと合流するとウィンドノートが飛躍する為の風を巻き起こす。

 

「アリアちゃん。これ使って」

 

「ん。ありがと」

 

 風に乗ったアリアちゃんはわらわらと押し寄せるパンクデビルを排除して強引に活路を開き、サリッサがいる場所まで示してくれる。

 空いた隙間に身体をねじ込ませた私は剣と共に愚行に走った事情を探る。

 

「なんで子供達を攫ったの?」

 

「攫ったとは人聞き悪い。私は聖女として迷った子供を助ける役目を全うしたまでよ」

 

「本当の聖女なら禁じられた香料使ったり狂った芝居もしないから!!」

 

 剣を押し返され風を纏った鋭い突きが眼前をすり抜ける。

 [[rb:疾風 > はやて]]に研ぎ澄まされ、急所を狙う一撃は長年培った練度と私が剣に載せた思いよりも凌駕する思いが細い刃に宿っていた。

 

「軽いわ

 その程度で私を止めようだなんて笑わせてくれますね

 どうやら貴方の正義感よりも私の願いの方が上のようね」

 

「願い・・・・・・?」

 

 サリッサの言葉をなぞって聞くと生前に受けた扱いへの憎しみを込めた言い草が返ってくる。

 

「同い年の連中も頼れる大人も、誰一人として頑なに私を認めてくれない。存在を許してくれない。

 でも子供は違う。醜い容姿をポイントに加えず純粋な目で私を評価してくれる、必要だと声をかけてくれる。

 だから私は子供を助けるの。そして私は存在していい理由を得られる」


 早い話が承認欲求って訳か。

 この人も苦しい過去を過ごしていたみたいだけどだからって何も知らない他人を巻き込んで良い訳が無い。

 カンテラから放出されたサリッサの分身が本体と一緒に遜色ない刺突と言葉を繰り出し、手数の利で私を追い立てる。

 

『子供達はみんな自分の意思で教会にいるのよ?』

 

『愛情、安らぎ、幸福

 この教会なら生前では得られなかった安寧が絶え間無く注がれるの』

 

『そこから無理矢理連れ出そうとする貴方の方がよっぽど悪人だと思うのだけど?』


 突風の如き攻撃と反論の雨を受け止めるのに精一杯な私は切り返す事が出来ない。

 そこを救ってくれたのは風の障壁で分身を吹き飛ばした[[rb:私の相棒 > ウィンドノート]]だった。


『ふん、子供の意思などとよくも言えた物だ。

 ヴァニタスで選択を狭め、化け物を撃退する英雄気取りの狂言を演じ、思考を鈍らせる。

 それは子供の本心では無い。貴様が洗脳しただけだ』

 

「そ、何言ったってあなたが人に迷惑かけてるのは変わらない」

 

 サリッサに奇襲を仕掛けたアリアちゃんも加わり攻勢が傾いた私も反撃に移る。


「写せ、氷鏡」


 サリッサの急所目掛けて狙い澄ました氷で彩った道筋をアイシクルロードで創り、一気に滑って接近する。


「・・・・・・取り敢えずあんたは、 "子供奪ってごめんなさい" って親に土下座して来い!!」

 

 推進力を利用した氷雪の突きはサリッサに致命的なダメージを与え、奴に動揺の悲鳴をあげさせる。

 それと同時に周りに沢山いたパンクデビル達も慌てて逃走し一匹残らず祭壇から姿を消した。

 床に置かれた蝋燭から天井のステンドグラスまで凍らせた多少の怒り混じりの突きは空気中の水分を一気に凍らせ、クジツボヶ原に蔓延していた霧にも劣らない白い冷気で充満させる。

 しかし濃度が高かった冷気が徐々に薄れると私達を嘲笑う驚きが待っていた。

 倒れているはずのサリッサが綺麗さっぱり消えていた。

 超常現象にも似た消失を見てウィリアムさんが訝しげな声を発する。

 

「賢しいですね・・・・・・」

 

「サリッサ・アマスは風の分身を生み出す事が出来ます。その精巧さは熟練の人形師にも劣らぬクオリティで息遣いまでも再現されています。先程まで僕達が戦っていたのも偽物だったのでしょう」


 そう言われても未だに信じられない。

 話す言葉は機械で打ち込まれたのとは違う自然な発音だったし剣筋はこの世界に合わせて意思を込めた熟練の技術。

 間近で戦ったからこそ分かるがあれは生き写しなんてレベルを超えてた。

 あれで一片の力を預けていただけなら本人はどれだけの実力を握っているだろう。


「嘘だろ!? じゃあサリッサの奴、分身に戦わせて逃走の時間稼ぎをしてたってのかい!?」

 

 ナーシャさんの疑問をウィリアムさんは否定する。

 

「あれだけ子供に執着を持ってる人が救済対象を残してここから去るとは考えられません。逃走の為ではなく僕達を消耗させる為と考えた方がまだ合点が行きます」

 

 私もウィリアムさんの考えに賛同したい。

 本に書いてあったけどこの世界で分身を扱う技は術者本体から離れ過ぎると品質が落ちる。

 距離が遠いとテレビのノイズみたいに輪郭にブレが現れて誰の目から見ても偽物だとすぐに分かってしまう。

 WiFiから離れ過ぎたらインターネットにアクセスしにくいって置き換えたらちょっとイメージしやすいかも。

 しかしさっきのサリッサは実際に生きてる人間の様に立て替えられていた。

 だったらまだ近く、少なくともこの教会内部にいるのは間違いないだろう。

 

『ふむ、二度手間だが仕方無い。もう一度サリッサ・アマスを捜索しに教会の上部に戻るとしよう』

 

 最下層に当たる祭壇から出る為、急いで扉を開ける。

 すると芳醇な甘さとメリハリの付いたミントの香りが繊細に合わさった香料が過剰に私達の鼻を突き抜けて行く。

 初めて嗅ぐ香りだが事前に聞いた特徴が当てはまる匂いに私は嫌な予感を抱いた。

 子供の判断力を奪い偽りの教会に導いた禁断の香料、 "ヴァニタス"

 くそっ、まさか前もって充満させていた?

 抗う間もなく私の瞼は頭の命令を無視して重くなった。

 

 不浄の聖女(3) (終)

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