女王様な彼女との関係はまだまだ続く……




 ―――数時間後。


「全く……今日はほんと、散々な日だったわねー。これも全て、ポチが駄犬すぎるせいよねぇー」


「うぅ……ごめんなさい……」


 水族館からの帰り道。帰路につく電車の中で僕は今も尚、一条さんにこってりと絞られていた。対面に座る一条さんは足を組んで、まるで蔑むかのような目でこちらを見てきている。


 しかも時折、つま先で軽く僕のことを小突いてくるものだから、余計にタチが悪いと思うのは気のせいだろうか。まぁ、そんなこと言える立場ではないんだけどさ……。


 そんなことを考えているうちにも、彼女の説教は続いていく。


「そもそもさー、ポチは私の所有物な訳なのよねー。それなのに、どうして私の命令を無視するような真似をしたのかなー?」


「そ、それは……」


「んー? ハッキリ言いなさいよー?」


 グイッと顔を近づけてきながら、有無を言わせぬ口調で言ってくる彼女に対して、僕は恐る恐ると答えた。


「えっと……その……なんていうか、つい出来心っていうかさ……なんというか……そんな感じでして……」


「ふーん」


「ほ、ほら、たまには飼い犬も自由になりたい時があると言いますか……ね?」


 あははと笑って誤魔化してみるものの、彼女の表情は変わらなかった。それどころか、より一層不機嫌になったような気がする。もしかして、選択肢間違えたかな!?


「なるほどねー。つまり、ポチは私よりも自分の方が偉いと思ってるわけねー」


「えっ!? ち、違いますよっ!? そういう意味ではなくてですねっ!?」


「だってー、飼い主から逃げ出そうとするってことはー、それは相手のことを見下してるわけでしょー?」


「うぐっ!?」


 そう言われると反論できない自分がいた。確かにその通りだと思ってしまう自分がいるからだ。でも、だからといって認める訳にはいかないので、必死になって弁明を続けることにする。


「いや、でもですねっ! あれは仕方なかったんですよっ! 身の危険を感じたんですから、当然の防衛本能だったんですからっ!」


「はぁ? 何を言ってんのよ? 私は別に怒ってないわよー?」


 ニヤニヤしながら言う彼女を前に、僕は愕然としてしまった。嘘でしょ!? あれだけ怒っていたのに、実は怒ってないとかありえる!? あんなに怖い顔してたのに!?


 いやいやいやいや、あり得ないでしょ! どう考えても怒ってるじゃん! あんな怖い顔されたら誰だってそう思うってば!! 心の中でツッコミまくっていると、彼女は続けて言った。


「けどー、そんな真似をしようと考えるなら、これからはもっと厳しく躾けてあげないとダメみたいねー」


「ひっ!?」


 背筋がゾクッとする感覚に襲われた瞬間だった。それと同時に嫌な予感を覚えてしまう。何故なら、今の彼女の言葉を聞いただけで体が震え始めたのだから。


 これ以上厳しい躾なんてされたら死んじゃうかもしれないぞ!? 下手したら死んでしまうかもしれんっ!! それだけは絶対に嫌だぁあっ!!


「とりあえず、リードでも付けてアタシから離れないようにしてあげようかしらぁ~♪」


 一条さんはそう言うと、僕に近付いてきて首に付けているチョーカーに手を掛けてきた。その瞬間、彼女がにんまりとした笑みを浮かべてきた。


 まるで獲物を見つけた肉食獣のような目付きで見つめられ、心臓がドクンと跳ね上がるのを感じた。


「まっ、有栖ちゃんは優しいからー、今日は大目に見てあげるけどさー」


 そう言って笑う彼女の顔はとても優しかったけれど、同時にどこか不気味さも感じられたような気がしたのだった。そして、そのままゆっくりとチョーカーから指を離していき、最後に僕の首筋を撫でていったことで、全身がゾクゾクッとした感覚に襲われる。


「ひゃうっ!?」


「ふふっ、可愛い声出しちゃってー♪ そんなに気持ちよかったのかしらー?」


「そ、そんなことないですよっ!」


 慌てて否定するが、一条さんはニヤニヤしたままこちらを見つめてくるだけだった。なんだか恥ずかしくなってきたので、顔を背けようとしたその時、不意に耳元で囁かれた。


「これからもよろしくねー、ポチぃ♡」


 その言葉を聞いた瞬間に顔が熱くなるのを感じた。きっと真っ赤になっているだろうことは鏡を見なくても分かるくらいだった。


「は、はい……」


 消え入りそうな声で返事をすると、一条さんは満足げに頷いてみせた後で、再び耳元に顔を寄せてきて囁いた。吐息混じりの声がくすぐったいやら何やらで変な気分になってしまうじゃないか!


 くそっ! この人わざとやってるだろ! 絶対そうだ!  間違いない! 確信犯だ! ちくしょうめ! こうなったら反撃してやるしかないよな! よし! やってやる! やってやるよ! だから覚悟しろよ! 一条さん!


「ふへへっ♡  お耳まで真っ赤にしちゃってぇ~、本当に可愛いんだからぁー♪」


「なっ!? あ、赤くなんかなってませんからっ!!」


「はいはい、分かってるわよー」


 一条さんはそう言って、楽しそうに笑みを浮かべている。こうして僕を弄ぶことで快感を得ているのかもしれないと思うと、少しだけ腹が立ってくる。


 ふん、今に見ていろよ一条さん。いつかこの生意気なメスガキに一泡吹かせてやるんだからなぁっ! 覚悟しておけよぉおっ!!













 ――――――――――――――――――


 Q. 有栖ちゃんはどうして楽しそうに笑っているのでしょう?


 A. ポチと一緒にいることが、一番楽しいから♡


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