幸せに亀裂~知りたくなかったこと~




 明里は平日は学校に行き、授業を受け、順調に過ごしていた。

 いじめの恐怖におびえる必要がないのも明里の心を軽くするポイントだった。

 またアルフレートが何かしてくることもなく、順調に過ごせていた。

 家に帰るとクォートと他愛のない会話をして過ごす。

 今までの生活では考えられない程幸せな時間だった。


 吸血鬼になってよかったと思う程に。





 けれども、それは明里は言わない。

 明里が吸血鬼になった際、無数の死体が存在しているのだから。

 いじめていた人物達、両親、これらの人の死体が存在しているのだ。

 だから決して言わないのだそれだけは。





 ある日、日焼け止めの買い物から帰ってくると、家に見たことのない人物がいた。

 ブロンドの髪に、ブルーの瞳の女性、誰かとクォートに尋ねる前にその人物が口を開いた。

「私だ、葛葉だ」

「せ、先生⁈」

 そういうと、ブロンドの美女は黒髪の美人に姿を変えた。

「せ、先生、だ」

「驚かせてすまんな、たまに昔の姿に戻らんと疲れるのだ」

「大変ですね……あ、つまり私もそうなると?」

「クォートと結婚するならそこまで気にしなくても良いがな」

「でも、お祖母ちゃん達のことがあるし……」

「それだな、まぁ、多少成長する薬はあるからそっからは成長が止まったで通せばいい」

「ご、強引……」

 明里が引きつって笑うと、クォートは明里の頬をむにむにしだした。

「く、クォートさん?」

「……いえ、明里さん、最初の頃よりよく笑うようになったなぁと」

「……クォートさんや先生のおかげですよ」

「葛葉さんはともかく、私も?」

「はい、私は幼い頃から一人でした、両親は最低限の付き合いしかせず、褒めて貰った記憶すらありません……」

「明里さん……」

「学校でいじめにあっても両親は無関心でした、それくらい私に関心が無かったのです。どうして産んだのか問いかけたい位に」

「……」

「だから笑えなかった、最初の頃は笑っていたけど、いつしか笑えなくなり、いじめにあい、おびえて暮らすようになっていました」

 明里の言葉に、クォートは何も言えなかった。

「そんな矢先に吸血鬼にされた、最初は嫌で嫌で仕方なかった、人間に戻りたい位に。それに両親やいじめをしていた人たちが殺され……」


「私はどうしたらいいのか分からなくなってしまった。そんな時──」


「葛葉先生が助け、クォートさんに出会い、色々と手助けしてもらえるようになったのです」

「明里さん」

「私一人じゃ、アルフレートの支配下から抜け出すことは不可能だったでしょう」

 明里は事実を述べているのが分かった。

「二人がいて、そしてクォートさんのお父様がいてくれたから私は自由になれた、そして……クォートさんと一緒に過ごすことができて幸せな時間ができました」

 明里はにこりと微笑んだ。

「吸血鬼になって良かったとは言いませんが、クォートさんに出会えて良かったと思っています」

「私もです、明里さん」

「やはり若いなお前達は……」

 葛葉は微笑ましそうに言った。

「さて、明里。お前はこのまま進学するつもりか?」

「はい、市内の大学に進学したいなって……成績的には問題ないので……」

「確かに成績的には問題ないが、どの学科に進学予定だ?」

「医学部です」

「ちょっとハードルが高くなるが、お前の成績と態度なら問題ないだろう」

「有り難うございます」

「だが、それをやると色々と大変だぞ?」

「分かっています。でも両親の残してくれて遺産があるので……おかしいですよね、遺産だけたくさん残して……」

「そんなにか?」

「はい、保険金が多額かけられていたんです両親ともに、私には何もかけられてなかったのに……」

「それで怪しまれなかったか?」

「両親の死因が死因ですから」

「ああ、そうか……」

 痛々しく笑う明里に、葛葉はやってしまったと思った。

「アルフレートの奴もやっかいな事をしてくれたものだ……」

「……ふと思うんです、両親が死なずに私が吸血鬼になってたらどうなってたんだろう、と」

「明里……」

「想像ができないんですが、きっと結局両親は死んでしまうだろうと予感はありました」

「……アルフレートが何かするからか」

「それもありますでも──」


「吸血鬼になってしまった私にも興味を抱かない両親を私が自分の意思で傷つけてしまう気はしました……それくらい悲しいんです」


 葛葉は、明里の両親をアルフレートが殺した事が良かった事だと思うことにした。

 でなければ明里がきっと両親を殺してしまうほど追い詰められていただろうから、と。


 追い詰められる程、自分に無関心な両親、何故明里を産んだのか問いかけたくなる程だった。


「げほっ……聞きたい、かね? げほげほっ……」



 咳き込む声に振り向けば、アルフレートが居た。

 クォートが明里をかばうように立ち、葛葉は二人をかばうように立った。


「お前にとって毒の場所に来るとはいい度胸だな」

「げほ……だから息苦しくてたまらないんだよ……」

「さっさと失せろ」

「げほ……何故明里を産んだのか問いかけたよ私が?」

「何?」

「『偶然できて両親に咎められて堕ろせなかった』だと」

 その言葉に明里の顔色が蒼白になり倒れそうになる。

 クォートは明里を抱きしめた。

「明里さん」

「あ、は、あはは……やっぱりね、そんな気はしてたんだ……お祖父ちゃんとお祖母ちゃん達はかわいがってくれるのに、お父さんとお母さんは私に見向きもしなかった……」

「うん、だから殺してあげたんだよ?」

「貴様は余計な事ばかりする!」

 葛葉はアルフレートを怒鳴った。

「正しい事をしたまでさ、不要なのは君達だと言って殺したよ。命乞いもしてきたよ」

「……」

「『貴方が欲しいなら娘をやるから命だけは』ってね」

 血の気が引いている明里をクォートは抱きしめ続けた。

「本当、ロクなことを言わんな貴様は、さっさと失せろ、此処で死んだら貴様は即死だぞ」

「そうさせて貰うとも……げほっ」

 アルフレートはそう言って居なくなった。

「もっと結界を強化しないとな」

 葛葉はそう言ってから明里に駆け寄る。

「明里、奴の言葉を信じるな」

「で、でも……」

「事実だろうと、嘘だろうと、君の心の隙をついて君を自分の物にしようとするものだ、だから信じてはいけない」

 その言葉に、明里ははっとなった。

 アルフレートはまだ自分を諦めていない事を思い出したのだ。

「いいか、君は君だ。アルフレートによって吸血鬼になったが、君は君のままでいい」

「……私のまま」

「君は両親に愛されなかったかもしれない、だが他の人に愛された事実はある」

 葛葉の言葉を明里は噛みしめる。

「私も君を愛しているとも、クォートも君を愛している」

「……」

「アルフレートの愛は愛などではない、あれはただの独占欲だ」

「独占欲……」

「君を自分の物にしたい、自分の好きなようにしたい、そういう願望だ、だから明里」


「奴に負けるな」


 葛葉の言葉に、明里はしっかりと頷いた。


──私には先生やクォートさんがいる、だから揺らぐな──

──アルフレートなんかの策略に負けるな──


 明里は決意した。


──アルフレートが二度と私に近づかないようにしよう──


 と。





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