作戦会議~本当に効果あるのか不安です~




 朝、明里は目覚めるとリビングに向かった。

 既にそこには葛葉が居た。

「血液パックは冷蔵庫に入ってるからどうぞ」

「はい」

 冷蔵庫から血液パックを取り出し、口の部分を破ってチューチューと飲む。

 ピンポーンと音がしたので葛葉が出る。

 すると、クォートがやってきた。

「クォートさん!」

 明里はぱぁっと笑う。

「や、やぁ」

 クォートも照れくさそうに笑った。

「あー若い衆、いい雰囲気なところ悪いが話し合いだ」

「えっと……アルフレート、さんから私を解放するための、ですよね」

「アルフレートでいいぞあいつは呼び捨てでかまわん」

「分かりました、アルフレートから私を解放する為の作戦会議ですね」

「ああ、だから」

 黒い霧が部屋に入ってくると人の形になった。

 ワラキアだった。

「こいつにも手伝って貰う」

「な、なんかすごい事になりそう」

「なるぞ」

「え?」

 きょとんとする明里に葛葉は言う。

「明里、お前は花嫁衣装を着て貰う」

「……え?」

「だから花嫁衣装、ウェディングドレスだ」

「えー⁈」

 葛葉の言葉に明里は声を張り上げた。

「ど、どうしちゃったんですか。先生⁈ 何でウェディングドレス⁈」

「お前は奴の花嫁になると見せかけて、クォートに抱きついてキスしろ」

「えぇ⁈」

 葛葉の言葉に、明里の顔が真っ赤になる。

「そ、そんな事したらクォートさんが巻き添え食らいますし、何よりクォートさんが嫌でしょう⁈」

「構わない、君ならば」

「え?」

「という訳だ、作戦を実行するのは先だが、それでいく」

「せ、先生……ほ、本当にそれでやるんですか?」

「奴の冷静さを奪って、明里から目をそらさせるのにはこれが一番だ」

「え、えー……?」

 明里は本当にそうかなと悩むが、実際自分の花嫁と言って聞かないアルフレートが、その花嫁が別のひとの物になったらそう簡単に激怒するとは思えないのだ。

 何しろ、明里に会う彼は飄々としていた。

 激高する姿が想像できない。

「安心しろ、ああ見えて奴は感情的だ、乗ってくれる」

「……し、信じますからね」

 明里が不安そうに言うと、葛葉は笑って明里の頭を撫でた。


「じゃあ、宿題をしてきなさい!」

「はい!」

 明里は借りている部屋に行き、宿題をやりはじめた。

 親に認められたくて勉強を頑張っていた明里にとっては宿題は朝飯前だった。


「……絶対、あの吸血鬼の花嫁になんてならない。私は私の道があるんだ」





 明里はやりたいことが今はまだ分からない。

 だけども、一つだけやりたくないことははっきりしていた。

 アルフレートの花嫁になることだけは絶対やりたくないのだ。


 だから自由になって、そして葛葉から色々と学んで生きていくのだ。


 でも、少しだけ、クォートの事が気になった。

 綺麗だからじゃない、無関係のはずなのに、明里に良くしてくれることが嬉しかったのだ。

 今まで良くしてくれた人は、明里の両親が明里の扱いが良くないことを知っている近所の人たちばかりだった。

 明里の両親は明里の事を会社にもロクにいっていなかったから葬式の時、娘がいることに驚いている人が多かったのを鮮明に覚えていた。


 仕事は出来るが人の温かみのない人、それが明里の両親の周囲に対する評価だった。

 そのままの態度が明里に与えられた。


 明里は両親から温かみを与えられず、育った。

 愛情不全とでも言えば正しい。

 今も、もういない両親の愛情に飢えている。


 この植えている感情が満たされる日が来るのだろうかと不安にもなる。

 アルフレートの花嫁になれば愛情は与えられるだろう、だが明里はそれをしたくなかった。

 どんな理由であれ、父母を奪ったのだ、自分にとってよい両親ではなかったとしても愛情が欲しかったのは変わりないから。


 もし、両親を捨てるのならば、自分から捨てる日が来るだろうと思ってもいた。

 その可能性すら捨て去られたのだ。


 愛情を求める事も、見捨てる事も、どちらもできないまま両親は死んだ。

 アルフレートに殺された。

 自分がいらないと言ったのは本心なのは分かっている、でも捨てるのは自分だ、二度と会わないように捨てるのは自分だった。

 それすらできないなんて──



「ああ、人生ままならない」

「何がままならない?」

「先生」

 葛葉が部屋に入ってきた、そして宿題を見てにこりと笑う。

「よく出来てるじゃないか」

 葛葉はそう言って明里の頭を撫でた。


 ぽろり


 明里の目から涙がこぼれる。


 ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。

「そうか、そうだったよな。お前は両親との仲にずっと悩んでいたからな」

 葛葉は明里を抱きしめた。

 明里は葛葉の腕の中でぐずぐずと泣き出した。

 声を押し殺して。





「今日のヴァンピール狩りは中止だ」

 昼過ぎ、葛葉がクォートにそういった。

「どうしてです?」

「明里の精神状態が良くない」

「どうしてです?」

「……あの子の両親の事が関係している」

「殺された? 仲が良かったのですか?」

「いいや、良くなかった、悪くもなかった。子にほぼ無関心、最低限の行動しかしないおやだった」

「……」

「雑巾を作ってくるよう言えば、準備はしてくれる。だが学校でいくら頑張っても褒めてもくれない、怒りもしない」

「……」

「子育てに向かない、人の温かみのない人間同士がくっついて子どもを作ったのはいいが接し方がまずかった。その所為で明里は愛情不全のところがある」

「愛情不全」

「愛して欲しい、そういう思いが強いのだ」

「エレナさん、貴方は明里さんをどう思ってます」

「愛しているとも、生徒として」

 葛葉──エレナの言葉に、クォートはしばし考えた。

「なら、なおさらアルフレートにはやれない。傷ついた彼女をより傷つけた奴になど」

「そのいきだ」

「では、今日はどうします」

「ヴァンピールが人を狩らないように、抑え込む」

「分かりました」




 夕方、明里はベッドの上で目を覚ました。

 明里はベッドから起き上がり、リビングへ向かう。

 リビングには葛葉とクォートが居た。


「明里さん、血液パックなら冷蔵庫に」

「うん、有り難うございます」

 クォートに言われ、冷蔵庫を開けて血液パックを手に取る。

「今日から学校だな」

「はい」

「無理はするなよ」

「分かってます」

 明里は血を吸い終わると日焼け止めを塗り、そして出かける準備をした。

「よし、行くか」

 葛葉も準備を終えたらしい。


 葛葉と明里は一緒に登校することになった。

 早い時間なので、人気がない。


「……」

 人気のない教室で一人、明里は予習復習をしていた。


 他の生徒が入ってくる時間になっても明里に近づく者はいない。

 どこか距離を取っている用だった。


 明里は仕方ないと思いつつも、近づかれないことにほっとしていた──






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