嘆き




 翌日、目を覚まし、誰もいない台所で朝食をすませて薬を飲む。

「そろそろ薬もらいにいかないと……」

 そうつぶやいてから、今まで入らなかった棺桶がおかれている部屋に入る。

 最初は無感動に見つめていたが、やがて涙腺がゆるみ、涙がこぼれてきた。

 どうしていらないなんてあの自分は願ってしまったんだろうと、後悔で満たされる。

 どうせなら愛して欲しかったと願えばまた違う結果になっただろうに、とどうしようもならない後悔ばかりをしていた。


 時間になり、祖父母が訪れ棺桶が運ばれていく。

 運ばれた棺桶の中の両親は微動だにせず横たわっている。

 葬式が始まり、明里の知らない両親を知る、会社の人達が参列にやってきて、明里を見ては驚きの表情をあげていた。

 お子さんがいるなんてしらなかったと口にする度に、両親にとって自分はその程度の存在だったのだなと嘆きの言葉を心の中で口にする。

 葬儀は滞りなく行われ、しばらく棺が放置される。

 ぼーっと涙を流していることから、両親の関係者は明里に極端に声をかけなかった。

 明里はそれが救いだった。

「明里、何を悲しんでいるのかね?」

 人気がなくなったと思うと、耳元に声が響く。

 振り返ると、アルフレートが立っていた。

 真っ黒な燕尾服だ。

「私は、私は両親に居なくなって欲しくなかった……愛されたかったんです……!! それなのに……!!」

 明里はアルフレートを睨みつける。

 アルフレートはその表情に驚いたのか戸惑いの表情を浮かべて明里をみる。

「私は君の喜びの顔がみたくてやったのだよ、そんな顔がみたかったわけじゃない」

「結果としてそんな顔をさせたのは貴様だろう」

 聞き慣れた葛葉の声が耳に届き、彼女が姿を現す。

 葬儀用の真っ黒な服装だ。

 表情は、酷く怒りに満ちていた。

 空気が凍り付く。

 その場がすべて吹き飛ばされるような錯覚を感じる。

「貴様の好意は禄なことにならん、わかったらうちの生徒に二度と近寄るな」

「失礼な、私の好意のどこがいけないのだ」

「そういうところがだ」

 びしびしと空気が張りつめあう。

 一触即発の空気に、耐えきれず、明里が声をあげる。

「やめてください!! 両親の葬式の場所なんです!! 争い事は今日は余所でやってください!!」

 声を張り上げると、二人ははっと顔を見合わせ、仕方なく納得したかのように引き下がった。

 ざわめきが少し残る空間に戻り、人ががやがやと何かしゃべっているのが聞こえた。

「……」

 その空間に戻ると、明里はほっと息を吐いて、椅子に座り込んだ。

「明里悪かった」

 耳元で葛葉が囁く。

「いえ……でも、今日は今日は勘弁してほしかったんです……」

「そうだな、ご両親の葬儀だ。私も配慮が足りなかった、許してくれ」

「解ってくれたら……いいんです」

 明里はそういうと、再び棺の前に立ち、両親の顔を見た。

 愛してくれなかった両親だが、それでも明里にとっては大切なものだったのだ、それほど明里は情に飢えていたのだ。

 それなのに与えなかった両親、死ぬとき何を思ったのだろうかと明里は静かに思った。

 自分のことを少しでも思ってくれただろうか、はたまた思うことなどせずただ仕事や自分たちの明日の事ばかりを考えて死んだのだろうか。

 そう考えながら両親の葬儀に来た人々を見やる。

 慕われているとは言い難いが、仕事ができる人だったのだろうというのが解った。

 小声のはずの言葉がはっきりと聞き取れるのが、吸血鬼になったのが原因だと解るはずの声だったのだ。

 耳を澄ませば、小声が音量があがって聞こえてくる。


 あの人は冷たい人だったが、仕事はできた、引継もできてないし仕事どうしよう。


 そんな言葉達が耳に飛び込んでくる。

 外でも同じ冷たい人だったのかと深いため息をついて、明里は棺から離れて祖父母達がいる場所の椅子に座った。

 少し考えるとじんわりと涙がにじんできて目元を拭った。

 いつになれば自分はこの状況に慣れるのだろうかとふと考えるが、答えはいつまで考えてもでなかった。

 祖父母が、本当に一人で暮らすのかとまた問いかけてきたが、自分の状態からあの家で一人で暮らすのが最良であると判断したため、明里は一人で暮らす旨を再度伝えて祖父母に謝った。

 祖父母は仕方ないねとあきらめたようだったが、すぐに何かあったら自分たちを頼るように言ってきた。

 明里はそれだけで十分嬉しかった、そして何故かその言葉が嘘偽りない言葉だと心から信用できた。

 これも吸血鬼になった影響なら、吸血鬼も悪過ぎはしないと思ったがすぐにその答えを頭の中で振って消した。

 吸血鬼になってからトラブル続きなのだ、これくらいないと割に合わないと思い直した。


 葬式が終わり、そのまま火葬場に棺桶を運ぶこととなり明里は静かに車に乗った。

 明里は両親が本当に消えてなくなるのだと自覚し、また目から涙をこぼした。

 祖父母はそれを心配し、明里にハンカチを渡して涙を拭うように言った。

 涙を何度も拭い、両親がいなくなるのを見届ける。

 焼き場に入り、次には骨となってでてくるであろう両親に、再び涙がにじみ出た。

「……」

 数十分後、骨となってでてきた両親を見て、明里は泣き崩れた。

 いろんな感情がごちゃまぜになって上手く感情が制御できなかった。


 いらなかった訳じゃない、愛して欲しかったのだ。

 不出来な私でも、愛して、向き合って欲しかったのだ。


 そんな願いも今はもう叶えられない。

 二人とも死んでしまったのだから。

 泣きながら、遺骨を納めていく。

 遺骨を納め終えると、箱の中に入れられ、祖父母がそれらを持った。

「孫を悲しませて、親も悲しませる親不幸者が……せめてわたしらよりも後に死んで欲しかった……」

 祖父母がそう苦渋に満ちた表情でつぶやくと、明里は「ごめんなさい」と涙ながらにつぶやいた。

 祖父母は「明里は悪くないんだよ」と慰めてくれるが、真実を知る明里にとっては、自分が間接的に殺したようなものだったのだ。

 明里はこれからずっと、これを背負って生きていかねばならないのだ。

 両親の死という罪悪感をずっと背負って。


 火葬が終わり、納骨は祖父母に任せて、明里は自宅に帰ることとなった。

 誰もいない自宅に帰ると、息を吐き、再び涙を流した。

「明里」

 誰もいないはずの家に、いつの間にか入り込んでいた葛葉が明里の頭を撫でる。

「つらかったな、誰にもいえなくて」

 葛葉の一言に、涙がさらにこぼれ、抱きついてわんわんと泣き出した。

「なんで、なんでこんなことになったの――!? わたし、わたしただ、幸せになりたかっただけなのに、お母さん達に認められたかっただけなのになんで――!!」

 人じゃなくなった事への不安と不満、両親の死への後悔、それらを口にし、泣き叫ぶ。

 葛葉は、泣き叫ぶしかできない明里を抱きしめて頭をただただ撫でてやった。






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