予測不能の事態ばかり




「うん、うまい」

 紅茶を口にした葛葉はそう言った。

「それは良かった……」

 葛葉はそういうと、自分の分の紅茶にたっぷりの砂糖を入れてかき混ぜる。

 そして飲み干すが、甘い味はひろがり喉を癒すが、何か物足りない味と感覚があり、今後この出来事に悩まされるんだろうなとため息をついた。

 明かりは何とも言えない表情に変化したまま、カップをテーブルにおいた。

「物足りなさを感じてるな」

「え……」

「最初に血を吸った時にインパクトが大きすぎたのだろう、そのインパクトにほかの物が勝てていない時そういう状態になるのです」

「は、はぁ……ありがとうございます……」

 クォートはカップに口をつけずに続ける。

「しばらく私もここに滞在する、何かあったらよんでくれないか」

「きな臭くなってきたもんな、しゃーない」

 空になったカップをテーブルに置き、葛葉は明里を見つめる。

「何でしょう?」

「今日は私は泊まりにきたからな、あの阿呆もこないだろう」

「だといいのですが……」

「それで……」

「今週でた宿題だ、終わってないだろう」

「あ!?」

 明里は思い出したように勉強机を退いてももらい椅子に座って教科書を開く。

 そしてノートに問題を書き写し解いていく。

「えーとあれがこうなって……」

「明里が宿題をしている間に、こっちで話をすすめようか?」

「そうですね」

「まず明里の血を吸ったのはあのアホだ、そして明里は血を吸い返していない、ここが支配をされやすいというところだ。言いたくないが何とか奴の血を吸わせて明里が独立できるようにしたい」

「かなりの無理難題ですね、アレが血を吸わせるとでも?」

「思ってないから無理難題だな、だがそうでもしないと支配されて何か問題行動を起こしそうだ、薬で抑えられるとはいえな」

「いつ支配行動するかが問題ですからね」

 宿題に励んでいる明里をほうっておいて、二人の議論は加熱する。

 明里の今後や、アルフレートの対策、今後起きる悪い事柄などについても話し合っていた。

 明里が宿題を終える頃には、クォートは姿を消していた。

「あれ……さっきの人は?」

「帰ったよ」

「へぇ、外崎はああいうのが好みか?」

「好みとかじゃなくて綺麗だったので……男の人なのに」

「綺麗なのは男女関係なくだぞ」

「でも、あんな綺麗な人女性でもみたことあんまりないです」

「まぁ、そうだろうな」

 葛葉はくすくすと笑って明里を見る。

 明里は久々に明るくなれたことを実感しながら、それを作ってくれる要素を作って葛葉に感謝した。

 葛葉はにこりと微笑んで明里の頭を撫でる。

「久々に外崎が元気になってくれてよかった」

「先生のおかげです」

「私はそろそろ帰るが――」

 葛葉は明里の首に、何かをかけた。

 明里が見ると、それは何かお守りのようなものだった。

「お守りだ、私がいないときそれがお前を守ってくれるだろう」

「……はい!」

「ではな」

 葛葉はそういうと姿を消した。

 明里はそれを見てから、お守りに手をかける。

 胸元に暖かいものがわき上がりほっと息を吐いた。



 翌日目をさますと、すぐ冷蔵庫を開いた。

「この食材どうしよう……」

 食べるよりも吸血行為で、栄養をとる明里にとって大量の食材は現在無用のものに近かった。

「でも腐らせるのはあれだしな……仕方ないがんばって食べるか……」

 明里は冷蔵庫の食材を取り出し、料理していく。

 いつもなら匂いで空腹を訴える腹は空腹を訴えず、美味しそうに調理されていくそれらを見ても食指が動かなかった。

 明里はその現象に深いため息をはきながら耐える。

 調理が終わり皿に盛ると、食事を始める。

 いつもなら美味しいとか感じる舌は、なにも感じず、物足りなさを訴えていた。

 明里はそれにふぅと息をついて、食事を終えると食器を洗い始める。

 洗い終わった食器を拭いて片づけると、チャイムが鳴り響いた。

 明里は何事かと思って玄関に向かいドアをあけると、隣の家に済んでいる老人が居た。

 明里とは面識があり、明里をよく気遣ってくれている老人だ。

「安芸さん」

「明里ちゃん、ご両親のこと聞いたのだけど……大変だったねぇ……」

「……ええ……これからお葬式もあるし、いろいろ問題が山積みです……それでもなんとかやっていかないと」

「頑張り屋さんだねぇ……明里ちゃん、ご飯はちゃんと食べてるかい」

「え、ええ。何とか」

「うちで作った漬け物、明里ちゃん好きだったろう」

「安芸さん、ありがとうございます」

 明里は内心どうしようと思いながら漬け物を受け取る。

 それから老人と他愛ない会話をし、老人は帰って行った。

 老人が帰って行くのを見て玄関を閉めると、明里は漬け物を見てため息をついた。

「どうしよう、今普通のご飯食べても栄養にならないし……本当まいるなぁ……」

 明里はそういうと台所に向かい冷蔵庫に漬け物をしまうと、冷蔵庫の奥から血液パックを取り出して血を飲み干す。

 先ほどの食事では得られない満足感がそこにあった。

 明里はその満足感を少し憂鬱に感じながら、血液パックを不透明な袋に入れた。

「こういう医療系って捨てていいのかな……今度先生に聞かないと」

 明里はそういうと袋をかくして、自室に戻って薬を飲み干す。

「少し眠いけど、昨日よりはだいぶマシだな……そうだ、今の家に自分がなにできるか確認しないと……」

 明里はそういって紫外線対策をしてから外にでる。

 日差しはやや痛いが、今までと比べるとだいぶマシな痛みだった。

「はぁ……紫外線対策の洋服あるかデパートに行こうか……」

 明里はそうつぶやくと、お守りを握りしめデパートへとバスを乗り継いで向かった。

 バスをおり、デパートの入り口に来ると、日傘を折り畳んでデパートの中に入っていく。

「……紫外線対策は……あ、日焼け止めこれ買おうかな」

 明里は紫外線対策の日焼け止めや衣服を買っていく。

「これくらいあればいいかな」

 明里は荷物が重くないことに違和感を感じながらも、休憩スペースに腰を下ろし、息を吐く。

 その時、背筋にぞわっと悪寒が走り、周囲を見渡した。

 アルフレートに見つめられた時の視線が体中に集まっているようで気分を悪くさせた。

「な、何なんだろう、早く帰ろう……」

 立ち上がり、戻ろうとするとき、地面が大きく揺れる。

「じ、地震?!」

 明里は急いで外にでようとした直後、デパートの床を突き破って、見たこともない化け物が姿を現した。

 真っ赤な血に塗れたような化け物は、コンクリートを容易く破壊し、明里を見据えていた。

 デパートは一瞬で地獄絵図と化した。

 人々が悲鳴を上げて逃げていく。

 明里は逃げることができず、その場に尻餅をついて動けなかった。

 化け物の鋭い爪が明里を突き刺そうとした瞬間、誰かが明里を抱き上げ、その場所から逃亡する。

「外崎!!」

「――先生!!」

 葛葉が明里を抱き抱えて、その場から逃亡した。

「何なんですかアレー!?」

「まがいものだ!! ヴァンピール、兵器として作られた化け物だ!!」

「何でそんなのがここに?!」

「あの阿呆の差し金だろうよ!!」

 葛葉は明里を抱き抱えたまま、瞬時に別のビルへと移動した。

 化け物――ヴァンピールは移動した明里達を追いかける。

「せんせー!! このままじゃ被害拡大だよー!!」

「解ってる!! 人気のない場所まで飛ぶぞ!!」

 葛葉がその言葉を発すると、辺り一帯が急激に暗くなり、太陽の光が閉ざされる。

 葛葉の体がコウモリの集合体になると同時に、明里の体も煙と化し、その場所から遠く離れた山奥へ瞬時に移動する。

「な、な、な、なにが起きたの?!」

 明里は突如起きた自分の変化に戸惑いを隠せなかった。

「形状変化だ、体を霧に、コウモリに変化させる方法だ!」

 葛葉は戸惑う明里をなだめながら後を追ってきたヴァンピールを見据える。

 ヴァンピールはうなり声を上げて葛葉に突進してきたが、葛葉は片手でその突進を受け止める。

「紛い物にはこれがお似合いだ!!」

 鞄から白木の杭を取り出し、心臓に一気に杭を押し込む。

 ヴァンピールはうめき声をあげたが、すぐさま葛葉に鋭い爪を振りかざした。

「くそ!! 複数型か!!」

「ふ、複数型??」

「心臓が複数あるやつだ、これは面倒だぞ!!」

「えぇえ?!」

 葛葉は白木の杭を何本も取り出し、一本一本ねらいを定めてヴァンピールに打ち込んでいく。

 打ち込む度にヴァンピールは絶叫し、うめき声をあげて動く速度を早めていく。

 最後の一つを打ち込もうとした際、ヴァンピールは鋭い爪葛葉に突き立てようとし、葛葉はその攻撃を受け止め手から白木の杭を落としてしまう。

 杭は明里の足下へと転がっていった。

 明里はその杭を拾い上げる、するとヴァンピールは葛葉から明里へと攻撃対象を変更した。

「外崎よけろ!!」

 明里は悲鳴をあげながらヴァンピールの攻撃をなんとかよけるが、足下に潜り込む形で避けてしまった。

 ヴァンピールは明里をかみ殺そうと、鋭い牙を向ける。

「――!!」

『明里、殺しなさい。それくらいできるだろう?』

 アルフレートの言葉が耳に届き、明里は反射的に白木の杭をヴァンピールの体に打ち込むように体に突き立てた。

 ヴァンピールは獣じみた絶叫をあげて、その箇所から血を吹き出しながら灰になった。

 明里の体が血塗れになる。

 どくりと心臓がなり、明里は必死にそれに耐える。

 体についた血を舐めたいという欲求を抑える。

「明里!!」

「せん……せぇ……」

 葛葉は弱々しい声で言う明里を抱き上げて先ほど同様その場から姿を消した。



 自宅に戻り、血液パックから血を飲むと、落ち着いたかのように明里は息を吐いた。

「すみません……」

「明里が謝ることじゃない、あの阿呆がやらかしたことだ」

 謝罪する明里に対し、葛葉はそういうと血のついた服を処分しはじめた。

「ああ、お出かけ用の服が……それに買い物したの……」

「買い物したのはこれだろう? ……これからは汚れてもいい服にしないとな」

「はい……」

 買ってきた物を受け取り中身が無事なのをみると明里はほっとしたような息を吐いた。

「これからこういうのが頻繁に起きそうだな……」

「えぇえ?!」

「あのバカ今回の件でわかった、人目も全く気にしないとな」

「気にしてほしいです……」

「全くだ」

 怒りながら葛葉は椅子にどかっと座った。

「もう多難すぎて人生お先真っ暗……」

「……強く生きろ」

 明里は現状に泣きたくなった。

 家族は失う、自分は人じゃなくなる、さらに化け物にも襲われるなどごく普通の人生から一気にそれてしまったからだ。


 

 試練の始まり。

 これは私の多難の始まりでもあった。

 これからどんな困難が待ち受けているのか解らず、ただただ不安になったのだ。




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