習字教室に通う予定だったんですが、どうやら魔法のスクロール製作所だったみたいですね?

森山沼島

1筆目 習字教室に行こう!



「ケンジ。

 アンタ…むっちゃ字、汚いで?」

「え」



 俺はリビングのソファーからムクリと身体を起こすと、正面のテレビジョンとは反対方向にあるテーブルの方へと顔を向ける。



「せやからな。

 アンタの字――むっちゃ~くちゃあァ~……汚いで?」

「別にそんなにタメなくとも良いだろうに、マイ・マザー」



 オカンからの容赦ないアドバイスに俺は思わず(´・ω・`)な顔になる。



 オカンが手元でヒラヒラさせてるのは確かにさっき俺が書いたバイトの履歴書だ。


 大学での単位を粗方取って暇が出来たので、未来の社会人として経験を積む(まあ、遊ぶ金欲しさとも言う)為にいっちょアルバイトでもキメるかぁ~!

 そう息巻いて数日前にコンビニで履歴書を買ってヤツに昼飯を喰い終わった勢いで試しに書いてみたんだね。


 但し、それはあくまでも練習・・として書いたのであって、俺はまだ本気を出しちゃあいないのサ!


 …そうだとも。まだ下書きでサインペンで清書しなきゃなんないからな。


 マンガで言えばネームだよ、ネーム。



 俺の名は――ケンジ。


 “賢い”と書いて…賢児だ。


 …だが、正直言って名前負けしてる感は否めない。

 コレは百パーセント、親の責任でしかない。何で健康の方とかにしなかったし…?



「いやコレ・・はタメもするで?

 もうガイル並や」

「いや、何故にストⅡの話になるわけ?」

「ほな。

 もっぺん改めて自分で見てみ~や」

「…………」



 俺はオカンの隣まで移動すると、テーブルの上に投げ出された履歴書を一緒にチェックする。

 …うん。内容に問題は無いんだがねえ~?



「コレはコレは…なかなかに印象派・・・ですね?」

「アホ。

 ふやけたミミズがマホトラ踊りしたような字を書いといてよー言うわ。

 特に漢字・・やな、全滅やんか。

 良くて象形文字やぞ?」

「ほほう。

 エジプトの神秘…」

「いや、むしろメソポタミア文明やろ」

「それって象形文字じゃなくて、くさび型文字じゃなかったっけ?」



 昼下がりの一室で暫し不毛な時間だけが流れ過ぎ去った…。



「アカン、アカンで!

 前からアンタは下の子と違って出来が悪いと思っとったが…想像以上や」

「ちょっとストレート過ぎやしないか、マミー?」

「しかし、コレばっかりは…アンタを甘やかして、習い事もさせずにピコピコばっかやらせてたウチとオトンの責任やな~。

 ……よっしゃ! 心配いらへん!

 ここはオカンに任せときっ!」



 流石は俺のオカン様だ。

 俺の幼少からの重大な問題であろう、この字の書き下手を解決できる策があるというのだから。


 オカンは颯爽と二階へと駆け上がって行った。


 …うん?

 だが、二階は俺の部屋とベランダ(オトンの唯一のプライベートゾーン)しかないはずだが?



 だが、ものの数分でバタバタと階段を降りてくると俺の前にとあるアイテムを放り投げてきた。


 …随分と埃っぽい。

 柔らかめの黒い革の鞄?

 いや、箱だろうか?


 なんだコレ?



「…オカン。

 何なのコレは?」

「何や。

 コレがルイヴィトンの高級バッグにでも見えるんかいな?

 そんなら、オカンが渡すはずないやろ」

「それな」

「――習字セットやないかい。

 アンタが小学生の頃に使つことった」

「ああ! 懐かすぃ~…って何処から引っ張り出したんだよ!?」

「何処ってアンタのエロ本とDVDがぎょーさん詰まった奥の隠し・・戸棚の横から」

「お、OH…マザー…(絶望)」



 俺は泣きながらそっと懐かしいその品を胸に抱きしめる。


 そう…この涙が穢れないあの頃の自分を思い出して流している綺麗な涙…そうなんだろう?



「そない泣くほど思い入れあったんか?

 ほんだら、それ持って近所の習字教室に行ってき」

「……え?」



 ――こうして、俺は近所の習字教室に行くことになった。



 

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