使役獣 コーザティブ・パーティ

@maow

第1話 使役されるものと使役するもの

 誰かが言っていた。


 人は皆(みな)、心の内に怪物を飼っていると…………


 怪物のエサは人の欲望が満たされた瞬間に放出される謎の満足エネルギー。


 怪物は己の腹を満たすため、怪物の住処である心の奥底――深層から宿主である人間を無意識の内に操り、時には本人に潜在する力をさらに超える超力(ちょうぱわー)を与え、その欲望を満たさせる。


 人間の欲は多種多様。食欲、性欲、物欲、睡眠欲、支配欲…………etc


 人の欲望に終わりはない。


 満たされてもすぐに干上がり、欲望の赴くままに次を求める。


 たとえその悦が一瞬しか持たないものであると分かっても、怪物の思惑通り、渇望せずにはいられない。


 人が欲望を満たす度に怪物も決して満たされることのない飢えを一時的だが癒し、成長する。


 やがて成長した怪物は宿主の精神世界を飛び出し、現実世界にまで影響を与え始める。


 すべては己の底知れぬ腹を満たすために…………


 怪物は宿主である人を使い、己の腹を満たし、成長する。


 この怪物を使役獣と言う。


 人はこの怪物――使役獣に使われ己の欲望を満たし、一瞬の快楽を得る。得た快楽は砂漠に落ちた雨水一粒のようにすぐに干上がり、また新たな快楽を求め、街を彷徨う。人は怪物に食料(エサ)を与え続ける。最期が迎えに来るその時までずっと、永遠に……


 人と怪物は一蓮托生、二人三脚、運命共同体。人は怪物の魔の手から逃れることはできない。


 だが…………


 人の中にもただ怪物に使われるだけでない者がいる。自身の悲願成就のため己の心に潜む怪物を、果ては他者の使役獣さえ使い、己の内に秘めた野望を叶えようとする業の深い人間が人の中にも稀にいる。


 怪物の腹と同じく、人間の欲もまた底がない。


 この世には己の身勝手且つ自己中心的な欲望を満たすため、本来なら使う側である使役獣たちを逆に飼い慣らし、自身の願いを叶えようとする傲慢な者たちがいる。


 人は、怪物すら取り込むほど業が深く、欲望に忠実な彼らをこう呼ぶ。己に潜む怪物を使う、獣使い――テイマー、と…………



★★★



 虚狭空間(きょこうくうかん)。


 精神と現実の狭間にある、虚ろだが確かにそこに実在する、矛盾を孕む不安定な虚実の世界。


 普通の人間では干渉することはおろか認知することすらできないこの不安定で虚ろな世界を認知・干渉できる者たちがこの世には存在している。一人は当然、こんな不安定な世界を生み出した張本人――


「グギャァァァアア」


 産声と呼ぶにはあまりにも凶暴すぎる耳をつんざくほどこの世への怒りで溢れた獣の雄たけびが、緑を主体とするサイケデリックな空間に響き渡った。


「うるさっ」

「でかいな、悪魔(イビルス)か」


 ガリガリにやせ細った緑色の体。体と同じように細い枯れ枝のような手足にそこから伸びる一メートルはあるだろう体と不釣り合いな鋭い鉤爪。


「あれが今回の使役獣(ターゲット)か」


 グレムリン。それがこの虚ろなる世界――虚狭空間を創り出した使役獣(ちょうほんにん)である。


(辺りをきょろきょろ見回してるな。特に動く気配はなさそうだ)


 建物の陰からグレムリンの様子を伺う緑色の制服を着た一人の男子高校生――


(今日初めて虚狭空間を創れるようになったんでしょ。目的なんてないのよ。子供と一緒。初めて手に入れたおもちゃで遊んでみたかっただけよ)


 と男子高校生の肩近くでプカプカ空中に浮かんでいる魔法少女のコスプレをしたマスコットのような二頭身の謎生物。


(にしても、もうちょっとかわいい感じに空間生成できないのかしらね)


 空間を生成した者以外、干渉はおろか、認知することさえできない虚狭空間の中で男子高校生と謎のマスコット生物は平然と会話をしていた。


(ちゃっちゃっとアイツやっつけて早くこのキモイ空間から抜け出しましょ。あんまり長居してると、こっちの頭がおかしくなっちゃう)

(だな、今のところそれほどの脅威じゃなさそうだが、悪魔(イビルス)は他の使役獣に比べて成長スピードが速いからな。叩けるうちにうちに叩いておくのがベストだな――)


 二人は何の合図もなしに、息ぴったりに、全く同時にグレムリンの前へ飛び出た。


「ギャッ」


 空間を生成した者以外何人の存在も許さないはずの虚狭空間(自分だけの世界)。そこへ現れた謎の二人組(侵入者)にグレムリンは驚き、間の抜けた声を上げた。


(行け、ウィズ)

(はいよっ)


 この空間においては異分子、異邦人(ストレンジャー)である男子高校生はこの空間の創造主であるグレムリンに向かい、腕を突き出した。


 それに合わせて、ウィズと呼ばれた二頭身魔法少女は手に持った先に水晶の埋め込まれた杖――俗にいうロッドをグレムリンに向かい勢いよく振り下ろした。


「グギャッ」


 瞬間、巨大な何かに突き飛ばされたかのようにグレムリンは後方へ勢いよく吹き飛ばされ、近くに停めてあった軽自動車に激突した。ウィズのこの一撃で大ダメージを受けたグレムリンはあっさり意識を失い、気絶。そして――


 バゴォォォンン


「ギャアアアアアアアアアアアアア」


 あっという間に爆散した。


「もうちょっと穏便にできないのかよ。巻き込まれたらケガどころじゃすまないぞ」

「仕方ないでしょ。あんなところに停めてる方が悪いのよ。だいたいあそこ駐禁よ、ちゅ・う・き・ん」


 車諸共、グレムリンの体は粉々に砕け散り、最後にはグレムリンの体の色と同じ緑色の火の玉だけが燃える軽自動車の残骸の前で浮遊していた。


「ユウトこれ、いる」


 ウィズの指さす緑色の火の玉こそ使役獣の源(みなもと)――根源(こんげん)である。空中に浮かぶ緑色の火の玉を、涎をジュルリと垂らしながら見るウィズに向かって、男子高校生――絆優人(きずなゆうと)は首を横に振った。


「じゃあ、食べていい」


 先ほどとは打って変わって瞳をキラキラさせながらユウトを見るウィズに向かって、今度はユウトは首を前に倒した。


「わあい」


 パアッと顔を明るくしたウィズはグレムリンの根源を手に取ると、口を目いっぱいまで広げて、一口でそれを頬張った。


「おいひい」


 幸せそうにグレムリンの根源を堪能するウィズを微笑ましく見ているとグレムリンの創った虚狭空間が静かに、いくつもの細かな粒子となって霧散した。


 空間が消失した後、突然――厳密に言うとしばらく時間が経った後なのだが、交差点で軽自動車が爆発したせいでちょっとした騒ぎになったのだが、幸い、というか一応周囲にも気を付かっていたのが功を奏し、特に大怪我をしたという人はいなかった…………


 ある程度成長した使役獣は虚狭空間と呼ばれる精神世界と現実世界の狭間の世界、空間を創り出した使役獣だけの世界を創り出せるようになる。


 本来、使役獣と人間の関係は人間が使役される者。


 普通の人間は使役獣の創り出す虚狭空間に干渉することはおろか、認知することさえできない。


 だが何事にも例外は存在する。


 本来使役獣に使役される側であるはずの人間だが中には自身の、果ては他者の使役獣すらその根源を自らに取り込むことで使役する者がいる。


 獣使い――テイマー。


 彼、彼女らは他者が創り出した虚狭空間にも我が物顔で入り込み、空間を創り出した者に甚大な被害を与えることで不安定な虚狭空間を維持できなくさせ虚破壊することもできるが、使役獣と同様、自身の虚狭空間を創り出すこともできる……


 これは獣使い絆優人とその相棒――彼の使役獣である空白の魔女ウィズの波乱万丈な日常の物語である。

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