第9話 閉じ込められる

「ということは、つまり言うと、犯人は僕らを本当に地獄に落とす意志とか勇気とかは持ってないってこと……?」


 僕はさっき笛乃さんが偽死体というのを発見したことからそう推測した。


「断定はできないけど、たぶんそうなるね」


「そうだね」


「うん」


 3人がそれぞれうなずく。確かに今までを振り返ると、別に僕らは特に手を縛られてるわけでもなく、自由に動ける。もし、本当に地獄に落とそうとするのならそれぐらいはあってもいいと思う。だって自由に動けるならあの声から犯人は男だけどそこまで若い人ではなさそうだから、仮に凶器とかを持っていたとしても僕らの足を使ったらこの広い学校でなんとか巻いたりして逃げられそうだし。


 だから犯人は昇降口にスマホを置くように要求したのか。地獄に落とす意志や勇気がないと悟られたときのために、誰かに電話とかをされないように。


 断定はできないけど、たぶん犯人に僕らを本当の地獄に落とす気はない。


 ――そうなれば形勢逆転だ。


「よし、流希、逢望さん、笛乃さん、逃げるぞ!」


 3人がうなずく。今、ここ、地学室はB棟の2階。だからここからまず渡り廊下でA棟に行き、そこから1階に駆け抜ける。まだ犯人が何をするか、またどこにいるかは不明だから一応気をつけながら慎重に行かなきゃいけないけど、ようやくその先にある光が見えてきた。


 僕は何か犯人からの連絡があったときの為に、一応ガラケーだけを持ってまず僕らはA棟に走って向かう。

 

 A棟に着くと、そこから階段で1階まで一気にかけ降りる。素早く息を吸ったり吐いたりしながら出口を目指す。


 今のところは、特に何もない。


 ――いや、さっきまではなかったの過去形に変わってしまった。


「あれ、どうした?」


 僕はゆっくりと減速する。僕の後ろにいる流希が不思議そうに僕に向かって問いかけてきた。


「閉まってる、やばい、たぶん気づかれた」

 

 1階までの階段の途中で道が封鎖されている光景が目に入った。たぶん犯人が僕らが犯人は地獄に落とす意志とか勇気なんてなかったというのに気づいたとことを悟ったんだろう。地獄に落とされないのはいいけれど、これはこれで逃げられない。流石にこの厚い壁みたいなのをぶち破くなんて僕らの力では無理そうだし、2階の窓から飛び降りるのもかなり危険だ。


「もしかしたらB棟かC棟の1階から回り道する方法ならまだ希望あるかも」


 そうか、逢望さんが今言ってくれたように、多少遠回りにはなるが、B棟かC棟の1階から昇降口に向かう方法もまだ残されている。


 早速僕らはB棟の1階、C棟の1階それぞれ行ったがすでに時遅しのようだった。もう犯人は僕らがそうすることも想定済みだったみたいだ。なにか、あるような……。


「いや、まじか……」


「しょうがないよ、流希、一旦地学教室に戻ろう」


 もう昇降口に行く方法は全部なくなってしまったので、一旦地学室の僕らは戻ることにした。地学室の窓は幸い開いていたが、やはりここから飛び降りるのは最終手段になりそうだ。


「明日から運悪く3日間学校閉庁日なんだよな。でも、まあ今日の深夜ぐらいには親から警察に通報は行くだろうし、日本の警察は優秀だから防犯カメラの映像とかで1日弱経てば僕らがこの学校にいるってのは特定されるだろうから。最悪今日ここで過ごせばなんとかなるかもな」


「でもさ、流希、ちょっと怖くない? 仮に地獄に行かなくても、犯罪者がいるかもしれない学校にいるのは……」


「まあ、そうだけど」


 笛乃さんの言う通り、地獄には行かないと大体分かっていても、助けが明日か明後日ぐらいに来るだろうと分かっていても、犯罪者がいるかもしれない学校にいるというのは普通に考えれば森に遭難してしまったかのようにかなり怖い。


「じゃあ、少しだけ捜索、してみる……?」


「逢望さん、そうだね。少し休んだら……というかお腹すいたなー」


 今頃気付いたが、今日の夜ご飯、何も食べていなかったな。食べたのはあの教室で流希と食べた少量のお菓子のみ。それだけじゃ育ちばかりの僕には全然足りない。


「2人はもう食べたの……?」


「私はまだ。笛乃ちゃんは?」


「私もまだだな……。あっ! 今日の昼食べようとしてお腹いっぱいで食べなかったおにぎりなら1つ残ってるかも!」


 ピカン! と笛乃さんの頭あたりがライトみたいに光る。それから笛乃さんは持っていた手提げバッグからラップに丁寧に包まれたコンビニとかに置かれているぐらいの大きさの、のりの巻かれていないおにぎりを取り出した。


「とりあえず、4人で分けようか」


 笛乃さんはたった1つしかないおにぎりをうまくほとんど均等に4等分したあとにラップを開く。どうやらおにぎりの具は天かすや青のりなどのいわゆる悪魔のおにぎりと言われるやつだった。たしかに、食べてなくても悪魔級にお腹がそのおにぎりを食べたいと求めている。


「じゃあ、いただきます」


「いただきます」


「いただきまーす」


「まーす」


 4人がそれぞれおにぎりを手に取る。4人で分けるとさっきまでは普通の大きさだったおにぎりも一口サイズになってしまう。ちょこちょこ食べても余計にお腹が空くだけだなんて思って、そのおにぎりを一気に口の中に入れた。


 やっぱ味も悪魔級だ。もっと食べたい悪魔級の美味しさだが、もうないので我慢するしかない。でも、本当に美味しい。


「じゃあ、ちょっと休憩してから手がかりを探すか」


 流希は立ち上がり、天井に届かせるかのように大きく背伸びした。確かにさっきから地面に座っているから自分もそろそろ伸びがしたい。


「そういえば、私たちってどういう要求で呼ばれたの? なんかどうしてなのかなって。別に……もうしょうがないことだから、怒ってるとかじゃないけど、少し気になって……」


 笛乃さんが少し暑かったのか、まだ開いていない地学室の後ろの窓を開け、こっちに戻ってきながら疑問に思っていたようなことを僕と流希の目を見て言う。


「えっと笛乃さんはなんか、好きな花がゼラニウムのやつっていう要求で、流希が笛乃さんがそうだって教えてくれて……」


「なにそれ、絶対私をピンポイントにその犯人、要求してきてるじゃん。というか、要求の条件独特すぎ」


 それはたぶんこの世の人、全員が思っていることだろう。ゼラニウムの花が好きな人なんて僕が思うにこのクラスのは笛乃さんしかいないと思う。犯人もだったらピンポイントで名前を言えばいいんじゃないか。たまたまゼラニウムが好きな人を流希が知ってたからこうやって笛乃さんをここに呼び込めたけど、もし、知ってなかったら……。


「ちなみに、私は……!?」


 逢望さんが最近あった面白いことを聞いてくるような少しワクワクした表情で僕に目で少し訴えかけながら来てくる。たぶん、この人は笛乃さんがかなり独特な条件で要求されたからきっと私もそうなんだろうなという期待をしているんだろうけど、逢望さんの場合は至って単純でお前の片思いしている人っていう条件だった。


 しかし、そんなことを言えるわけない。もし、それを言ったら事実上の告白をしてることになる。別に告白をするつもりなんてないけど、するとしたらもっとちゃんとした形で行いたい。


「えっと、何だったっけなー」


「なに? 想之也くん、変な条件で言えない感じ……?」


 この状況を乗り越えられる秘訣とか書いてある本があったらすぐにでも購入したいぐらいだ。というか、変な条件ってどういう条件のことを考えてるんだろう。まさか――あまり考えるのはよろしくないので、僕の心の奥深くでとどめておこう。


「あ、あれじゃない? クラスで一番かわいい人とか……?」


「いや、違います」


 笛乃さんが何か思いついた顔をした後に、そう言う。少しためらう時間があると確実に怪しまれると思い、僕は即興で首を振った。でも、笛乃さん鋭い。路線としてはあっている気がする。


「まあ、そうだよねー。適当に言っただけだもん。でも、なんかあれでしょ――」


 適当に言っただけという言葉を聞き、少し安堵してしまったが、直後に逆説の接続しが僕を攻撃する。唾を飲み込む。ゴクリと。


「――コロッケには味噌派の人とか」


「えっ……逢望さんってコロッケに味噌付けるんだ。珍しい……。いや、そうでした。その条件でした!」


 僕は基本コロッケにはオイスターソースか醤油をかける。僕の知り合いで味噌をかける人は愛知から引っ越してきた中学の友達でいたかもしれないけど、それ以外には聞いたことがない。でも、これは使えるかも! と思い、条件ということにしたが、そのおかげか意味不明な文になってしまった。


「……想之也くん、絶対嘘でしょ」

 

 逢望さんが目を細めながら、僕を少し睨むようにして見る。はい、そう、嘘です。でも、そう言ったとしても厄介なことになるのは回避できない。


「あの――」



 




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