スリップ アザー ワールド

selfish

序章 日常の世界

第1話 レプリュード

 燦々と照る陽光が道路を焼き、蝉の声が五月雨のように降り注ぐ中、俺達は歩いていた。


「暑いね……」

 隣を歩く純羽いとはがそう呟く。

「そうだな……」

 俺は空返事をした。


 正直、夏はあまり好きではない。無駄に暑くてうざったいから。それに、高校生になった今年の夏は補習まである。けど……──


「夏季補習も今日で終わったし、明日からはこんな暑い日差しの中登下校しないですむね」

 嬉しそうな声の純羽の言葉に意識を引き戻される。


「……あぁ、だな」

「ん?どうしたの?」

「いや、なんでもないよ」

「ふーん、そっか!」


 考え事をしていたせいで返すのが遅れた。 

 彼女は少し不思議そうだったが、それ以上追求してくることはなかった。

 そして、俺達の間に沈黙が流れる。


「明日さ、俺の家に遊びに来ないか?」

 勇気をかき集めて沈黙を破るように言った。

「うん!行くっ!!」

 彼女の顔にぱあっと笑みが広がる。


「ありがとう、誘ってくれて。高校生になったしさ、今年は一緒に遊べないんじゃないかって、不安だったんたよね」


 彼女は笑顔のまま続ける。

「でも、こうやって誘われたら安心したよ。とっても嬉しかった。光希こうきくんは私にとって特別な存在だから」

「えっと……それはどういう意味?」

 思わず聞いてしまった。


「どういう意味って……そのままの意味だよ」

 彼女が立ち止まる。つられて俺も足を止めた。


「私はずっと前から、光希くんのことが好き」

 真っ直ぐな瞳が見上げられ、視線が合う。


「……っ!?」


 頭が真っ白になる。

 突然のことに理解が追いつかない。心臓がバクバクしてうるさいくらいに脈打っている。

 答えないと。何と言えばいい?気の利いた返しをしないと。


 ……いや、違うな

 混濁する思考が突然透き通るようにクリアになってゆく。


「俺も好きだ」

 言葉を飾らずただありのままの気持ちを伝えた。一度口を開くと、自然とあとの言葉が紡がれていく。

「ずっと純羽のことが好きだった。これから先もこの想いは変わらない。俺は純羽と一緒に居たい」

「…………」


「付き合ってください」

 

 後は彼女からの返事を待つだけだ。


「はい!喜んで!」

 その返事を聞いて心の底から安堵した。緊張が解け、身体中の力が抜けてゆくような感覚に襲われる。


「やった〜!嬉しいよぉ〜」

 喜びの声を上げる彼女に抱き着かれる。

柔らかい感触に包まれると同時に、甘い香りが鼻腔を満たす。

 幸せすぎてどうにかなりそうだ。


「明日じゃなくてさ、今日お家に行ってもいいかな?」

「もちろんいいよ」


 夏は好きじゃない。けど、純羽と一緒に過ごす夏なら悪くないと思えた。

 俺達は手を繋いで歩き出す。夏の暑さなんて全く気にならなかった。


「夏休みを満喫し──」


ガガッッガカカッッ ガガガーー


 突然スノーノイズのような煩わしい耳鳴りが頭に響き、純羽の声をかき消してしまう。同時に目が眩む程の羞明な光が降り注ぎ、視界を白に染め、目の前にいる純羽の姿が見えなくなる。あまりの眩しさに思わず目を閉じると、今度は頭が割れるような痛みに襲われる。


……ザザーー ザッ ピピーー……ピッ

 すると、急に意識が遠のいてゆき──


***

 目を覚ますと、そこは森の中だった。

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