死神たちのカルテット

秋雨みぞれ

再訪、そして解放

1 電車に揺られて

From: akimotoyuiha

To :鏡宮慎かがみやまこと

件名  本当にありがとう

 そしてごめんなさいね。

 言くんのこともあるのに、こんなことお願いしちゃって。本当なら私が残るべきだったんだけど、従姉妹そろって迷惑かけてごめんなさい。

 あの子には色々言ってあるけど、何せめんどくさがりな子だから。新しい学校でちゃんとやっていけるか、監視お願いします。あきちゃんが帰ってきたら、根性叩き直してもらわなきゃ。料理だけは教えてあるからこき使って。

 くれぐれも、息子をよろしくお願いします。



From:鏡宮慎

To :akimotoyuiha

件名  そんなことないですよ

 秋葉さんにはいつも元気をもらってます。迷惑だなんてとんでもない。

 それに、僕の方こそ人手が欲しくて風君を受け入れた部分もありますから。さっきメッセージを受け取りましたけど、丁寧な言葉遣いで、誠実さを感じましたよ。料理ができるとは……僕も見習いたいです(笑)。

 もうすぐ飛行機の出発時間のようなのでこれくらいにしておきます。お仕事頑張ってくださいね。地球の裏側から応援してます。

 あと、もし秋葉さんに会ったら、体調に気を付けてって伝えてください。



 足の裏で、車輪がレールを滑っていく振動を感じる。拍子に膝の上のリュックサックが大きく跳ねた。

 少し強めに両腕で抑え込むと、ペットボトルの硬い感触がする。口の渇きを覚えてようやく、自分が列車に乗ってから一度も、水分を取っていないことに気が付いた。

 ……緊張してる。

 どこか他人事のように、少年――明元風あきもとふうは考えて、ファスナーを開ける。

 参考書やノート、革製の筆箱が覗いた。奥の方に入っていたボトルを引っ張り出すと、ズボンのポケットがブルブルと震える。

 キャップをひねり喉を潤すと、風はポケットからスマートフォンを取り出した。

【もうすぐ着くから、駅の東口で待ってて。】

【わかりました。ありがとうございます】

 返信すると、ポンという音と共に、パンダのキャラクターが『OK』と書かれた旗をひらひらと振った。



「次は、西坂にしざか、西坂~。お出口は左側ぁ。お足もとに気を付けてご降車くださぁい」

 間延びした車掌の声がして顔を上げると、向かい側の出入口にランプが付いた。そこから降りるらしい。

 風は列車のスピードが落ち始めたのを感じ、校則を確認していた生徒手帳を閉じる。側面には飾り文字で『N・H』と印刷されていた。

(西坂高校ハイスクールで『N・H』かな)

 手に持った切符――西坂駅、と書かれている――を確認しながら、風はそんなことを思う。

 プシュ~

 ドアが開くと同時に、暖かな空気が流れ込んでくる。ずり落ちたメガネをかけ直して、風は灰色の床のホームに降り立った。



 母から引っ越しのお願い――というより通告だ――をされた時は、さすがの風も驚きを隠せなかった。

 どこか下宿に入れてくれても問題はなかったのだが、母親曰く「アンタはまだ青いから駄目」らしい。

 当事者不在で話し合いはトントン拍子に進められ、年が変わる頃にようやく通告おねがいされた。

 ――別にいいでしょう? ちっさい頃は毎年行ってた町だし。文句ある?

 父親に助けを求めようとも、出張中で音信不通。風は首を縦に振るしかなかった。そして今に至る。

 階段を上って改札口を抜け、線路の上を通っている橋の上を歩く。名前はたしか、跨線橋こせんきょうと言ったはずだ。壁をガラスで覆われたここは、町中の景色がよく見える。

 ただいま。

 そんな言葉がふと漏れて、この町並みを憶えている自分に驚いた。

(さてと……)

 居候先の主は、東口で待っていたはずだ。風は景色から目を離し、東口に向かう。

 向かおうとした。


「迷ってるのかい?」

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