魚澄クールネール

 めっちゃ、気が狂ったみたい。あー、じゃなくて。これは俺の話じゃないし、俺に限った話じゃない。

 唯我統って奴がいてさ。そう、様子が、どうかしてる。

 

 一日目。いつもとは少し変わった、一日。眠い。いつもと変わりない、眠さ。バスガイドの静かな声に包まれて、魚澄うおずみ智紀ともきはあくびを噛んで体内に捕獲して隠した。最後列の方を振り返ると、やはり、唯我の様子がおかしい。昨日にホテルでは相部屋の俺とごく普通に話していた。が、バスに乗り、周りが寝ている今はやはり、瀕死の目で、何か呟いていた。

 何を言っているのか。聞こうとし、近づいても無駄だ。唯我はいつも通り振る舞おうとしてしまう。ここは一度、相談しよう。隣に座る黎明れいめい諒太りょうたが暇そうに窓を眺めているのを確認してから、話しかける。

「そう言えば、唯我の様子、どこかおかしくない?」

 もちろん小声だ。諒太は勢いよく振り返ると、魅入るように見続けた。

「ね、違和感あるでしょ」

「いや今、首ゴキっていって、動かせない」

「ああ」

 少し待つことにする。

「ああ、たしかに。具合悪そうな気がするわ」

「だから、どうしたんだろうなって」

 彼は考え込む。バスガイドの眠気を誘う声をなんとか退けて、彼の答えを待った。

「何か、大事なものでも無くしたんじゃない?」

「ああ、新幹線で落としたとかはあるかも」

「『研修』旅行だし、浮かれてるのかもね」

 智紀たちは修学旅行、ではなく、研修旅行を企画された。なぜなら、智紀たちは意識が高い。嘘だ。学校の校長と、副校長が、意識が高い。

「まあ、決まったことは後でじっくりと愚痴ろう」

「うーん。暇だし、ガチャでもしようか」

 彼は目を閉じ、手を皿のように広げる。彼には特別な能力が備わっていて、彼のそれは『近くにいる人間の能力をコピーする能力』らしい。まず、彼に特殊な能力があることに驚いたが、周囲に特殊な能力を持っている人がいることに驚いた。

 ぽん、と言う音と共に、彼の手の上に釘と紙が現れた。諒太が紙をこちらに寄せ、智紀も読んだ。

 『固定。物を固定することができる。コピー版では、釘を刺した物を固定できる。』

「ふうん。面白いじゃん」

 彼はそう言いながら、智紀に釘を刺す。

「動けないんだが?試しに俺を使うのやめなよ」

 智紀は諒太に釘を刺した。

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