3

 程なくして、浩平は海水浴場にやって来た。海水浴場には多くの人が集まっている。この時期は海水浴客目的に臨時急行がやって来るぐらいだ。


「久しぶりの海だなー」


 浩平はシャツと短パンを脱ぎ、すでに着ていた海水パンツ一丁になった。これから久々に海水浴場で泳ぐ。とても楽しみだ。


「浩平くん!」


 女の声に気付き、浩平は振り向いた。磯島にいた頃に小学校の同級生だった順子だ。まさかここで再会するとは。


「あっ、順子ちゃんじゃん! 久しぶり!」

「帰ってきたんだね」


 順子は浩平が帰ってきた事を喜んでいるようだ。時々実家に帰ってきた時には一緒に遊んでいる。ハルが亡くなってどうなるだろうと思ったが、また会えてよかった。


「うん。久々に泳ごうかなと思って」


 浩平は笑みを浮かべている。これから泳ぐのが楽しみでたまらない。


「いいじゃないの!」

「さて、泳ぐぞー!」


 浩平は海に向かって走っていった。そして、泳ぎ始めた。浩平はとても楽しそうだ。まるで少年のようだ。


 浩平はどんどん沖合に向かっていく。磯島がどんどん遠くなっていく。周りでは子供たちが泳いでいる。とてもほのぼのした光景だ。


 浩平は再び泳ぎ始めた。その時、何かが浩平と並走してきた。ゴーグルをつけた浩平は何が並走してきたのがわかった。人魚だ。まさか、想像上の生き物の人魚が並走するとは。


 砂浜に戻ってきた浩平は呆然としている。人魚を見たからだ。これは果たして現実だろうか?


「あれ?」


 順子は浩平の様子が変なのに気づいた。何があったんだろうか? 泳いで楽しかったはずなのに、どうして戸惑っているんだろう。


「ど、どうしたの?」

「いや、人魚が泳いでるみたいで」


 順子は驚いた。人魚は想像上の生き物なのに。どうして見たというんだろうか? 浩平の錯覚だろうか?


「人魚? そんなバカな・・・」

「いや、ただの錯覚だと思うよ」


 浩平もそれは錯覚だと思っている。人魚なんて、この世にはいない。きっと僕が見た幻だ。


「そうだね」


 順子は苦笑いを見せた。浩平の言うとおりだ。


 順子は時計を見た。もう帰る時間だ。寂しいけれど、時間だから、もう帰ろう。


「帰ろう!」

「うん」


 浩平と順子は海水浴場を離れ、家に戻っていった。昼間は賑わっていた海水浴場は、少し人が少なくなっている。だが、明日になればまた多くの人で賑わうだろう。


 その時、2人は気づいていなかった。2人の様子を人魚が見ているのを。




 翌日、明日で東京に戻る日。今日は漁港の近くで海を見ていた。この近くには海女小屋があり、ハルはここでウェットスーツに着替えてから漁に出ていたという。


 この日も海女がやって来て、ウェットスーツに着替えて歩いている。彼女たちはもうすぐ漁に出るだろう。


「おっ、浩平、来てるのか?」


 浩平が振り向くと、そこには近くの定食屋の店主、森田がいる。森田の妻も海女で、彼女が獲るサザエが定食屋の名物だ。


「うん!」


 浩平は元気にうなずいた。森田とも仲がいいし、磯島にいた頃はここの定食をよく食べたものだ。東京にはもっと多くの定食屋があるが、ここの方がおいしいと思っている。


「そうか、今は盆休みだもんな」

「だけど、もうおばあちゃんはいないんだよなー」


 浩平は空を見上げた。おばあちゃんは天国から浩平の姿を見ているんだろうか?


「うん。いないんだ・・・」

「ハルさんの事、今でも忘れてないよ。この辺りでは一番の海女さんで、まるで人魚のように泳ぎ、獲物をしとめていたんだ」


 森田はハルの事を今でも忘れる事ができないという。ハルは磯島で一番の海女だからだ。彼女の獲った海の幸はとてもおいしくて、大人気だったという。そして、ハルはまるで人魚のように泳ぎ、海の幸を獲ったという。もうこんな海女は現れないだろうと言われるぐらいだ。



 それを聞いて、浩平は昨日の海水浴を思い出した。昨日見た人魚だ。まさか、あの人魚はハルが生まれ変わった姿だろうか? いや、そんなはずがない。天国にいるはずだ。


「人魚・・・」

「ど、どうしたの?」


 森田は人魚で反応した浩平が気になった。まさか、人魚が好きなんだろうか?


「いや、何でもないよ」


 浩平は照れている。人魚なんて、いるって言っても信じてもらえないだろうから。


「浩平、あんた、水泳が得意らしいな」

「え、ええ・・・」


 森田も浩平は水泳が得意で、水泳部の新しいキャプテンに就任したという事を知っていた。森田はそんな浩平の未来に期待していた。


「あんた、まるでハルさんのようだなーって思って」


 浩平は驚いた。ハルを意識したことがないのに。ただ、幼少期に一緒に海水浴で泳いだだけなのに。


「どこが?」

「泳ぎがうまい所だよ」


 浩平は笑みを浮かべた。泳ぎが得意だと言われると、いつも笑ってしまう。


「そうかなぁ。おばあちゃんと一緒に海水浴をしてただけなんだけどね」

「そっか」


 浩平はハルと海水浴に行った時の事を思い出した。だが、その頃は海女の事を全く知らなかった。それを知って、体育の水泳で常にクラスで一番だったのを考えると、ハルに感謝したくなる。


「今思えば、自分の今を作ったのはおばあちゃんだったなって」

「そうだな。今でもおばあちゃんには感謝してるか?」

「もちろん!」


 浩平はそんなハルに感謝したいと思っている。だが、ハルはもうこの世にはいない。ありがとうと言う前に死んでしまった。

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