012
放課後、樹が来る前に寧音の教室に向かった。しかし、すでに寧音はいなかった。周りを見渡したが、やはり見当たらない。
英子は急いで階段を降り、昇降口に向かった。その時、後ろから樹の声がした。
「高倉先輩! 外です」
樹の指さし場所に寧音はいた。寧音は小さい段ボールをもって駆け足で校庭の裏側に向かっていた。2人は靴を履き替えることも忘れて、急いで寧音を追いかけていった。
寧音がいた場所は学校のごみ捨て場だった。手近なまだ十分ゴミの入りそうな袋を開けて、その中に持ってきた段ボールの中身を捨てていた。
「何をしているんです!」
樹は声を上げて、寧音を向かった。寧音は袋を閉じるのも忘れて慌てて逃げだす。それを樹が急いで捕まえた。
「放してよ、変態!」
寧音は樹に腕を掴まれて叫んだ。しかし、樹は腕を放す様子はない。
「やましいことがないなら、逃げる必要ないでしょう、田沼さん!」
名前を呼ばれ、寧音は暴れるのを辞めた。樹も息を整える。
その間に英子が寧音の捨てたものを確かめていた。ゴミ袋の中には筆箱やノート、上履きなどが入っている。上履きには内側に『美堂』と書いてあった。
樹は寧音の腕を掴んだまま、英子に近づいて行く。そして、上履きの名前を見た。
「やっぱり、美堂先輩の私物じゃないですか! 田沼さんがなぜこれを持っているんです?」
寧音は黙っていた。悔しそうに顔を歪ませ、今にも涙が溢れそうだった。
「知らないわ」
「知らないわけないでしょう! あなたが今、捨てたんですよ!」
「だから、知らないったら、知らない!」
寧音は認めようとしなかった。樹は大きなため息をつく。
英子はそのきれいな上履きを地面において、ノートを開けてみた。それは化学のノートだった。最初の数ページしか使われていない新品だった。ノートの表にも『美堂』と書いてあった。
「沼田さんが美堂さんを突き落としたってほんとですか?」
英子は静かな声で寧音に直接聞いた。その率直な質問には樹も驚いていた。
「あんたもそんなこと言うわけ! 私じゃないわよ! 私は何もやってない!」
「何もやってないわけじゃないじゃないですか! 現にこれらはあなたが盗んだものですよね?」
樹が寧音に上履きなどを見せつけて、聞き返す。寧音はぐっと言葉を飲み込んだ。
「私じゃない…。本当よ、信じて…」
寧音は次第に泣き出した。樹はどうするべきか困り果てていた。そんな寧音に英子は近づいて行く。
「信じます。だから、本当の事を教えてください」
英子は真面目な顔で尋ねた。寧音は目を見開いて、真っすぐ英子を見た。樹も驚き、固まる。
「高倉先輩、何を言ってるんですか。現に今、沼田さんが美堂先輩の私物をゴミ袋に入れようとしたじゃないですか!」
「違う! これはいつの間にか私のロッカーに入っていたの。あの事故の日、誰かが私のロッカーにわざと入れたのよ。だから、私、そんなの知らない」
「往生際が悪いですよ。こんな事、あなた以外誰がするんですか!?」
寧音は声を上げて泣き出し、樹は更に困った顔をする。英子は樹に顔を向け、冷静に話し出した。
「最初の嫌がらせは沼田さん自身がやっていたと思う。上履きを盗んで泥だらけにしたり、大事なノートを盗んでビリビリにしたり。でも、それって盗んですぐやっていることばかりだった。どれも、恨めしさがこもってたの。けど、ここにあるものは全部きれい。盗むことだけが目的で恨みはなかったと思う」
「けど、それは単純に盗んだ後すぐに事故が起きて、怖くなって何もできなかっただけじゃぁ」
樹は反発して答える。しかし、英子は首を横に振った。
「上履き」
「上履き?」
樹は聞き返す。英子は再び上履きの中の名前を見せた。やはり、はっきりと『美堂』と書いてある。
「美堂さんは転落事故の時、何を履いてた?」
「何って、あ…」
「うん。美堂さんはちゃんと上履きを履いていた。あの日、上履きは盗まれてなかった」
「でも、これはもっと前に盗んだもので、あの時は新しい上履きを履いてたんじゃぁ」
「だから。田沼さんは盗んだものを手元に持っておけない。他の人に見つかるのが怖いのか、嫌いな人の物を持ちたくないのかはわからない。けど、盗んだならすぐに汚すなりして、わかりやすいところに捨てると思う。それに名前も気になった。ノートも筆箱にも名前がちゃんと入ってある」
英子は樹にノートと筆箱を見せる。確かに2つともわかりやすく名前が書いてあった。
「だから、それが美堂さんの物っていう証拠でしょ?」
樹は聞き返す。何が不思議なのかわからない。
「そうだね。みんなそう思うよね、名前が書いてあったら」
「どういうことですか?」
「笹山君は自分の筆箱や上履きにまでちゃんと名前を書いてる?」
樹は口ごもった。
「確かに僕は書いていないです。けど、美堂先輩は今までずっと田沼さんに嫌がらせされて、盗まれて来たんですよ。また盗まれるかもって思って名前を書いても不思議じゃないでしょ?」
「そうかもしれない。けど、私なら盗まれても名前は書かない。ましてや、筆箱に名前を書くなんて小学生みたいだもん。ノートも新品同様。しかも化学のノート」
「それがどうしたって言うんですか?」
「化学の茂田枝先生は簡単に鍵を盗めてしまうぐらい、ズボラな先生。ノートの提出なんて求められたことはないでしょ? だから、ほとんどの生徒がノートに名前が書いてないの。美堂さんは几帳面だったからもしかして書いてあったかもしれないけど、ならクラスと下のファーストネームも書いてると思う」
樹はさすがに言い返せなかった。樹の方が茂田枝や沙羅のことをよく知っているからだ。
「たぶんこれ、美堂さんの文字と比べたら、違うってすぐわかると思う。けど、そこまでこだわる必要はないよね。これは、沼田さんを貶めるために作ったものだから。誰の物かわかれば十分」
英子はノートを手に取って見せた。確かに名前の字が沙羅の書く文字とは違う気がした。
そして、英子は泣きじゃくる寧音の前に立った。
「だから私は、田沼さんの言葉を信じます。これらはきっとあなたをいじめるためにわざと作ったものだ思います。でも、事故のせいで持っていられなくなった。だから、見つからないようあなたのロッカーに急いで入れた。それに、あなたはもうすでに、周りに警戒されています。他クラスの人間が一度した嫌がらせを、そう何度も繰り返すことは難しかったと思います」
寧音はやっと顔を上げた。警戒心はまだとけてなかったが、樹の腕を振り払って、英子の目を見た。もう、逃げるつもりはないらしい。
「あんたが信じるなら、私もあんたを信じてあげる」
寧音は涙を拭いて英子に言った。英子も黙って頷いた。
「私が美堂に嫌がらせをしていたのはほんと。それに、本当はわかってたのよ。伸隆が私と別れるために美堂を好きだって言った事。わかってたけど、悔しくて、あてつける
「おま――」
樹が何か言いだそうとしたが、英子は樹の肩を掴んで首を振った。
「でも、状況が変わると人間ってすぐに裏切るの。悪口が美堂派の男子にばれて、すぐに私はクラスでいじめられるようになった。私だけが目の敵にされた。私が男を取られて、一番妬ましく思っているからだろうっていちゃもんつけられて」
寧音は悔しそうな表情を見せていた。寧音自身わかっていたのだ。本当は誰を恨むべきだったのか。
「私は、私がされたことと同じことを美堂にしてやっただけよ。上履きを汚されてゴミ箱に捨てられたことも、ノートに散々悪口書かれて捨てられてたことも、あいつに全部返してやっただけ。だって不公平じゃない。私だけがこんな目に合うの!」
寧音のイメージは噂とは違った。寧音もまた被害者だったのだ。
「でもね、あいつ、美堂は全部知ったうえで私に言ったの。「ごめんね」って…」
寧音の目から涙が再び溢れた。
「わかる!? 嫌がらせしてる相手に謝られる気分。侮辱でしかなかった。あいつは私の嫌がらせなんて、全然気にしてなかったのよ。金持ちで、誰からも同情してもらえて、私とは違うから。もう、伸隆の事なんてどうでもよかった。フラれたって聞いた時は、ざまあみろって思ったわよ」
泣きながら微かに笑う寧音。彼女はもう限界がだった。
「なのに、なんで! なんであいつは死んだのよ。事故でも自殺でも関係ないわ。あいつが死んだから、私が殺したってまたいじめられて。どこまで私を苦しませればいいのよ!」
彼女の声が校舎裏に響く。
樹もそれ以上、言い返すことはなかった。当たり前だ。樹の拾ってきた情報はどれも加害者側の言葉だ。寧音にとってはどれも都合の悪い話だ。だから樹も寧音の悪行を何も疑っていなかった。それどころか、周りのいじめていた奴らと同じように、心のどこかでいじめられても仕方がないと思っていた。
「沼田さん。あの事故の日、なぜ4階に行ってたんですか? 沼田さんは、美堂さんが化学室に行っていることを知ってたんですか?」
英子の質問に寧音を首を横に振った。
「そんなの知るわけないじゃない」
「なら、なんで昼休みに特別教室なんかにいったんですか!? 僕は、あなたが4階から降りてくるのを見たんですよ!!」
樹も強気で加わる。これが樹が寧音を疑う最大の理由だからだ。寧音は歯切れが悪そうに少しの間黙っていたが、ゆっくりと話し始めた。
「伸隆に悪い噂が流れてたでしょ? あいつが休憩時間に4階に行ってるって。私も偶然に見たのよ。だから、気になって追いかけてみたの。けど、すぐに見失って、仕方がないから諦めて教室に戻ったわよ」
「馬嶋君を?」
「伸隆が美堂と密会してるって噂? 私は正直信じてないけど、実際4階には行ってたんだし、あいつが殺してたっておかしくないわよ」
寧音はもういい?とその場から立ち去ろうとした。それを英子が呼び止める。
「最後に教えて。美堂さんの机にカッターの刃を仕込んだのは沼田さん?」
意味が分からないという顔を見せる寧音。英子はすっかりあれは寧音がやったものだと思っていた。
「何それ? 知らないわよ、そんなの」
そう言って、寧音は校舎に向かって歩き出した。そしてふいに立ち止まり、英子たちの方に振り向いた。
「そういえば、私一度、美堂にノート盗むとこ見つかって、すごい勢いで奪い返されたことあった。いつも冷静なあいつが、すごい形相で向かってくるんだもん。意外と美堂にも人間らしいところもあるのね」
彼女はそう言って鼻で笑った。そのまま、校舎の中へと入っていく。
英子には寧音の最後の言葉が引っかかっていた。英子は沙羅の怒るところを見たこともそう言った話も聞いたことがないからだ。自分の物を盗まれそうになっているのだから当然の反応ともいえたが、英子には何か違和感がしていた。
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