語り部佐竹のうそばなし

笠井 野里

一話・佐竹のまくら

 悠々ゆうゆうたる哉天壌かなてんじょう遼々りょうりょうたる哉古今かなここん。五尺の小躯しょうくもっ此大このだいをはからむとす。ホレーショの哲学竟てつがくつい何等なんらのオーソリチーをあたいするものぞ。万有の真相はただ一言にしてつくす。曰く「不可解」。我このうらみを懐いて煩悶終はんもんついに死を決するに至る。既に巌頭がんとうに立つに及んで、胸中何等きょうちゅうなんらの不安あるなし。始めて知る、大なる悲観は大なる楽観に一致するを。 ――藤村操ふじむらみさお巌頭之感がんとうのかん』より


――――

〈笠井、お前小説のネタがないんだろ。俺と通話しろ、ネタをくれてやる〉

 メッセージを送って来たのはS氏、いや佐竹という、私と同い年のとにかくふざけたヤツだった。趣味は大方合うのだが、彼の悪癖にとんでもないお喋りというのがあって、私は毎度辟易まいどへきえきするのだ。話そうと思えば一時間は中身のない話を出来ると豪語ごうごし、嘘をつけとヤジを飛ばしたら一時間半ほどロックバンドの略称のおかしさについて語ったという伝説を残している。

 佐竹の寄越よこす「ネタ」というものが、私にはどうも信用が出来なかったが、実際書いている小説は行き詰って二週間も手つかずではあるし、わらにもすがる思いで、彼と通話することにした。深夜も深夜、かの有名な丑三うしみつ時の金曜日、我々のような二十歳はたちにとっては、結構元気な時間帯である。


「底辺作家の笠井くん、ごきげんよう」

「やあ」

 まともに相手をすると気が狂うので、適当にあしらう。佐竹は私が寝ていてもお構いなしにずっと喋るので、殆どの応答を必要としない。高校時代も彼の喋りは「一人漫才」と皮肉られるぐらいのものだった。もっとも、佐竹はこれを自慢にしていて、このエピソードだけでまた三十分もペラペラ喋るので困りものだが。

 挨拶以降もなにやら喋っていたが、どうでもいいので爪を切りながら彼の話を聞いていると、ついに本題に入ったようだ。以下の文章は、基本一人漫才師が喋り、かっこ内で私が細かな心情を述べるというなにやら読みにくい方式となっている。私はこれ以上に適切な文体を思い付けなかった。


――――

「俺が今回お前に持ってきたのは怪談だ、怪談。これはもう、どんなヘタクソでも書けるだろう?(そんなことはない。怪談は読者の想像力を駆り立てる表現と、メリハリのあるストーリーが求められる)お前向きだよ、なあ。

 どうも最近流行りみたいじゃねえか。ネット小説なんざ無駄に怪談が並んでいるね。どうも、面白いじゃないか。実話調で一つの心霊スポットについて語るやつとかは凄かったね。(愚作者、読んでいないのである)

 昔のオカルト板を思い出すね、2chのやつ。(我々はどうも世代ではないので、まとめサイトでしか知らない)きさらぎ駅やら、巨頭ォやらなんやら。俺が好きだったのは明晰夢めいせきむやりすぎて謎の世界に行った話だな。まあ、今じゃオカ板なんて廃墟じゃないか。嫌いな人の名前を書くと呪い殺せるスレぐらいしか勢いがないね。

 フリーホラーゲームだって流行ったなあ。青鬼や魔女の家、Ibだとか。フリーホラーノベルもあった。頽廃たいはいノスタルジアだ、隣の異界だ…… お前も見たことや、やったことぐらいあるだろ?」

「ああ、ゲームのいくつかは実際やったよ、懐かしいね」

「そりゃあ懐かしいさ、ホラーの大切な要素はノスタルジーだろ?(雑談ばかりなのに主要素がどうと言われても困る)……流石に笠井でもいくつかはやったんだな、そうだよなあ、まあ当然だろうね。(?)さっき挙げたのなんて、君の大好きだったゲーム実況文化が花開いた頃には耳タコってくらい皆やっていたしね。そういう、文化のメインストリートじゃないとこでさえ、ホラーってのはとっつきやすいものなんだ。

 いわんやメインストリートをや。(妙な表現、彼にはどうも衒学げんがく趣味があるようだ)映画じゃあ…… 映画なんてのはあいつらはエログロナンセンス一点張りの芸がないのばかりだから、ホラーは重用されるわけだ。(酷い偏見へんけんである。彼は映画をゴジラ以外見ることがない、妙な食わず嫌いで映画アンチの性質を持っている)ホラー映画自体は、ホラー好きの俺でも見ない(まず彼は映画を見ないのだから)しね。ブサイクな人形がギャアギャアわめくなんて下品じゃないか。

 ホラー小説もあるんだろ。俺はどうもキングぐらいしか知らんのだけど、君はなにか知ってるかい?(愚作者、本棚さえ持っていないぐらいだ、小説を読むなんてことはしないのである。)え、読んだことがないのか、つまらんやつ。(ひとこと余計)

 あとはテレビも昔は心霊モノはこの時期(今は七月初旬)になるとやるもんだった。稲川淳二いながわじゅんじなんかを呼んできてね。今じゃ心霊特番やオカルト話なんてどこもやらないけども。(彼は一時期月刊ムーを狂ったように読んでいた、火星の人面岩は今でも信じている)君なんか、好んで心霊特番を見ていただろう? それどころかゲオかなんかで借りて見ていただろうね」

「俺はホラーが苦手だからねえ、どうにも……」

「君がホラー苦手とは、嘘をつくなよ。ひぐらし、うみねこやドキドキ文芸部なんかのホラーノベルゲーを君は好んでやっていたじゃないか」

 あれはホラーじゃないと否定しようとしたが、ややこしくなり、彼と夜明けまで議論することになりそうなので黙る。

「とにかく、君に恰好かっこうの材料だろう。ホラー、怪談。夏だしね。時期もいい。ある話をしてやる(こっちはその話をさっきからずっと待っている)」

 ウホンと嘘くさい咳払いをすると、何をしくじったのか、本当にゴホゴホと咳き込む。ぜえぜえ言いながら、彼はようやくついに語りはじめた。

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