第6話 二度目の洗礼の試練

――数日後……


――ドン!


 俺は赤い全長2メートル程の蟻の頭部を蹴り飛ばした。

 頭部を破壊すれば大体倒せる魔物ばかりである。

 たとえ虫型だとしても頭部弱点の場合が大半のようだ。


「一輪、サーチ」


 敵を倒した後は、すぐにサーチを行う。


「この魔物の名前は……レッドアントか。そのままだな」


 進化したサーチは、一度倒した魔物の名前がレーダーに表記されるようになった。

 死体になると、数分後にはレーダーから表示が消える。その前に名前だけは確認しているのだ。

 この間エンハンス無しというのが毎回緊張する。


「巨大ムカデにレッドアント、虫っぽい魔物ばっかりだな。スケルトンウルフ(骨の狼)だけは違うか」


 しかし、虫系は動きが速いし、読みずらい。正直嫌いだ……。

 スケルトンウルフは群れていたけど、一番単調で楽だったな。


「今のところ、体感的にデッドマンティスが一番強い……」


 動きの速さ、機動力、そして鎌による攻撃の破壊力……

 どれをとってもデッドマンティスが一番強かった。


 もしかしてこの森で一番強いのはあのカマキリだったのか?

 だとすればこれ以上のレベル上げは一体どうすれば……。


「日が暮れたな……そろそろ戻るか」


――神輪の祭壇前


「……」


 風で木々が揺れる音とかすかに川の流れる音がする。

 祭壇付近は魔物の鳴き声も殆どなく、静寂な場所だ。


 焚火のパチパチと不規則に木がはじける音を聞きながら、俺は次の洗礼の試練の事を考えた。


 あと8ヶ月で次の試練が始まる。

 現状できる事は、探索と魔物狩りで周囲の状況と魔物の種類を把握する。

 そして、子供達が多少なりとも生活できる拠点をここに築き上げる……。

 俺は一人しかいない。エンハンスで常人よりははるかに動けるが出来ることは限られる。

 まずは思いついた事をしっかりとやって行こう。


「……よし」


 焚火を消し、俺はまた眠りについた……。


・・・

・・


――約8ヵ月後 洗礼の試練 当日 11の時間 (ここへ来て丁度1年)


 あれから8カ月が経過していた。今日は遂に洗礼の試練の日……1時間後には多くの子供たちがここへ転送されてくる。

 俺は自身のレベルを確かめるべくまた台座に腕を突っ込んでいる。

 もちろんこれまでも何度も突っ込んでいるが……。


――

経験値確認……


レベル4.8相当の経験値を習得しています。


……以上


――


「……間に合わなかったか」


 毎日のように多くの魔物を倒してきたが、結果的に経験値の上昇量は微々たるものだった。

 そりゃそうだよな……ゲームでも一撃で倒せるモンスターを沢山倒したところで、経験値なんか入らないもんな……。


 祭壇を出て、入り口すぐ横に作った梯子で切り株を登る。

 20メートルの梯子で登るのは少し大変だが、その分安全性も高い場所だと思う。

 ここは中々の高さなで、万が一魔物が寄ってきたとしても多分上まで登る事は出来ないだろう。


 俺はこの切り株の上に8カ月間かけて簡単な拠点を作成していた。

 設備としては非常に簡素で、屋根とテーブルのみの休憩場所、石をくみ上げただけの暖炉、雨水を貯める為のデッドマンティス製の器装置等々……。

 ずっと住むには厳しい環境だが、その辺で寝るよりは遥かに良い場所だと思う。


「さて……」


 簡単に食事を済ませ、俺は切り株から東に5km程離れそこで待機をする。

 祭壇の近くに居た所で、この辺には魔物は現れない。

 そこに子供達が出現した場合は、まだ安全だから後回しに出来る。


 レーダーに映るのは危険な場所だけでいい。


・・・


「もうすぐだ……」


 木の上に立ち空を見上げる。

 間もなく12の時間となる。

 俺は少し前からサーチを何度も使用している。


 多用したおかげなのか、俺の魔力が増えたのか……範囲を制御しなくとも10km円状に確認できる。


 人は丸マークというのは理解しているが、他人の形はまだ見た事は無い。自分と同じなら分かりやすいんだが。

 とにかく、突然増えたマークを注視して見た方が良いな。


 そして……時刻は12の時間を指した。


――ゴォーン……ゴォーン……

――Activate system to sort


「何処からか鐘の音がする……空からか? いや、ていうか英語? みたいなのが聞こえなかったか!?」


 上空から低い鐘の音が鳴り響く……。

 軽く振動を感じるほどだ。

 そして、その音に紛れて無機質な英語のナレーションが聞こえた気がする……アクティベートシステムトゥ……ソート?

 選別? いや空耳かも知れないし全然知らない言語なのかもしれない。というかその方が現実的だ。

 だってここは異世界だぞ……? 英語が聞こえてくる訳ないだろう……。


 そんな事を考えている内に俺は我に返った。


「って上を見ている場合じゃない。一輪、サーチ!」


 疑問が増えて気になる所ではあるが、今はそんな事を考えている場合では無い。


「点がかなり増えてる。俺と同じ形……人に違いない」


 点はすぐに動き始めたり、その場で静止していたり様々な動きだ。

 思っていた以上に人数が多い……

 全員助けたいが、一気には助ける事が出来ない。


 とにかく、急いで一番近い所から助けよう。


 サーチのインターバル終了後、エンハンスを発動しそのマークまで最速でダッシュした。

 距離で言うと3km程先である。


「すぐに行くからな!!」


 俺はすぐさま木のてっぺんに飛び乗り、真っ直ぐマークの場所へと走った。

 木を避けながら行くよりこっちの方が遥かに早い。


――バリバリ……ドンッ!


 マークの場所に着くと、枝葉関係なしに垂直に落下し地上に降りた。


「おい! 大丈夫か!」


 時間にして10分もかからず、到着する事が出来た。

 マークの場所には、紫髪の少年がうずくまって震えていた。


「ひいい! やめて! 助けてお願い!」


 その光景を見て、大半が死ぬ理由を察した。

 こんな開けた場所でうずくまってたら、デッドマンティスがきたら終わりだ……。


「大丈夫だ。助けに来た……安全な場所があるんだ」

「え! 本当?」


 男の子は絶望的な表情だったが、少し明るい顔になった。


「ああ、だから立て。俺と一緒に走ってそこまでいけるか?」

「わかった!」


 少年は立ち上がり、持ってきたカバンを背負った。


「君、カバンは俺が持つ。とにかく急ぐぞ」

「ありがとうお兄ちゃん!」


 お兄ちゃん……そうか。一年経ってるし年上って事は分かるか……。


――20分後


「もう走れない……」


 少年は大量の汗を書きながら息が上がっている。


 祭壇までまだ半分ちょいしか進んでいない。

 この少年に合わして移動していたら、時間がいくらあっても足りない……。

 

 だが、この年齢にしては良く走った方だろう……。


「一輪、サーチ」


 休憩中、周囲の警戒為、サーチを行った。

 すると……


「おいおい、まじか……点が5個に減ってる……!」


 15個あった丸いマークがなんとこの1時間以内程でこの子含め、5個に減っていた。

 サーチ外に出た可能性もあるが……皆この子のような調子なら……!!


「時間がない……少年! 俺の背中に乗れ!」

「え……? でも……」

「大丈夫だ」


 俺はその子を背に乗せ、振り落とされない速度で駆け抜けた。


・・・

・・


 祭壇に到着した俺は、少年に状況だけ説明した。


「ここは安全だ。この梯子で上に登れば水や食料がある。そこで待ってるんだ」

「でも高いよこれ……お兄ちゃん一緒に……」

「そんな時間は無い! さっきの君みたいにうずくまって、助けを求めている人がいるかもしれない。その位は自分でやるんだ!」


 焦りからか、少し怒鳴るように声を出してしまった。

 だが、少年はハッとした顔をして……


「わかった! お兄ちゃん頑張ってね!」


 と答えてくれた。


「いい子だ。じゃぁ行ってくる」


 俺は頭を軽く撫で、すぐに次の場所へと向かった。

 そうして俺は次のマークの場所へと向かった。


・・・


「まずいな……」


 目指すマークの周囲には2体のデッドマンティスがいる。


「三輪、エンハンス」


 サーチのインターバルを終え、すぐにエンハンスを纏いなおし走り出す。

 エンハンスを纏ってるかどうかで、走る速度は体感5倍くらい違う。

 この詠唱のやり直しが本当に面倒だ……。


 そんな事を考えている内に、現場はもう目の前だ。


――ヂヂヂ!


「いや! 来ないで……!」


 デッドマンティスに今にも食べられそうな少女は黄色でも紫色でもない…… 

 ウルフショートの赤髪の子だった。


「もう大丈夫だ!!」


 すぐさま状況を確認した俺はデッドマンティスの頭上に飛び出し。

 思いっきり右手で頭部を粉砕した。


「もう一匹……!」


 すぐさま方向転換し、まずは足を蹴り壊す。

 いつもの流れだ。

 だが……


――ガン!


「――ッ! 硬いタイプか……!!」


 いつもの威力の蹴りでは、その足はまったくの無傷だった。


「ちっ! だが今の俺なら……!」


 一瞬不意をつかれたが問題ない。いつもの様に流す攻撃では無く……渾身の一撃を当てれば破壊できるはずだ……!

 俺はエンハンスの出力を右手だけ2に上げた。


「行くぞ!」


 地面を蹴り最速で頭部へ接近、そのまま真っ直ぐに拳を突きだした。


――ボンッ! ガシャンッ!!



 デッドマンティスの頭部はもちろん、胴体の半分程までぐちゃぐちゃに粉砕された……そしてその破壊された姿をみて、違和感を覚えた。


「なんだこれ……機械で出来てるのか……?」


 ネジのような部品、レンズ、配線のような残骸……。

 生物というよりかはロボットを彷彿させた。


「お兄ちゃん危ない!」


「はっ!」


――チュドン!!!


 デッドマンティスはあろう事か突然火花が上がり、大爆発してしまった。


 咄嗟に少女を庇い、後方へ移動した。

 デッドマンティスの爆発した場所はクレーターのような穴が出来ていた。


 下がらなかったら俺はともかくこの子はどうなっていたのか……。

 そう考えると少し怖くなった。


「大丈夫? もう安心だ! 安全な場所があるんだ」

「お兄ちゃん……ありがとう!」


 少女は安心した表情を俺に見せた。


「一輪……サーチ」


 周囲は静かだが、この爆発音で魔物が引き寄せられている可能性もある。

 念の為にサーチはした方が良い。


「え、なんだこれ!!」


 俺の周りには何もいないはず……なのにデッドマンティスのマークが3匹すぐ近くで光っている。

 30秒はエンハンスを貼れない。今来られるとまずい……!


 そう思った瞬間……


――シュン。


「は……?」


 デッドマンティスは殆ど音も無く、静かにその場で出現した。

 今まで見えないような特殊な状態だったのか、その場に転送されてきたのかは分からない……。

 あまりにも不自然な出現で一瞬思考が停止してしまった。

 そして揃いもそろって表皮に光沢感がある……。


――ヂヂ……


 それらは、すぐに動き出し、少女に迫ってきた。


「あぶないッ!!」


 俺は何とか反応して、自身の身体で少女を覆った。

 その瞬間、ギャリンッガンッ! と、大きな金属の音が何度も響き渡った。


「なんだ……?」


 恐る恐る振り返ると、バラバラに破壊され金属片と化したデッドマンティスがあった。

 そしてその上には少女が立っていた。

 その姿を見て、俺はその少女が誰だかすぐに理解できた。


「マグ……!」


 少女はゆっくりと振り返り、少し不思議そうな表情をした。


「君は……なんでまだここにいる?」


 マグの問いかけに返答しようとした瞬間、

 突如デッドマンディスが1体出現し、そのままマグに向かって鎌を真っ直ぐに振り下ろした。


「マグ! 危ない!!」


 ダメだ。あんな不意打ちの様な攻撃、避けられない!

 そう思い、思わず目を伏せそうになったが、状況は予想と大きく異なっていた。


「え……?」


 何と、鎌はマグの身体を沿うように避け、そのまま地面に突き刺さったのだ。

 マグは一切動いておらず、鎌が勝手に避けて行ったように見えた。


「硬い奴の攻撃は、一切効かないの」


 そう言いながらデッドマンティスの鎌、根本部分を破壊し奪った。

 そして、その鎌をデッドマンティスへ向けた。


「返すよ」


 マグがそう言うと、鎌は一瞬で手を離れ、真っ直ぐにデッドマンティスまで飛び、そのまま深く突き刺さった。

 それはまるで鎌がデッドマンティスに吸い寄せられたような感じだった。


「すげえ……どうなってるんだ……?」


 思わず声が漏れた。

 だが、どうやったのか皆目見当もつかない……。

 

「お姉ちゃん!!」


 少女は俺から飛び出しマグに抱きついた。


「アミナ、よかった無事で」


 マグは優しくアミナを撫でた。

 この少女の名はアミナのようだ。

 というか知り合いだったんだな二人は……。


「お姉ちゃん怖かったよ……この人がいなかったらアミナ死んでた……」

「そう、えっと……」


 マグは俺の方を少し困り顔で見た。

 俺はまだ名乗った事は無い。それは向こうも同じだが彼女は一人称が自分の名前だから知っているだけだ。


「俺の名前はロフル。君はマグだよね?」


 何から話せば……という雰囲気が出ていたので、俺はとりあえず名乗った。


「マグはマグノリアって名前。ロフル……有難う妹を救ってくれて」


 軽く会釈をしながら感謝を述べた。

 マグはニックネームだったようだ。

 もう俺の中ではマグで定着してしまっているが……


「妹……」


 そうか。この子達もこうやって飛ばされてくるのか。


「アミナ、ここに来たって事は……」


 マグは辛そうな表情を浮かべ質問した。


「うん……"ユニークリング"って奴だったよ」

「……そう」


 俺には少し意味が分からない内容だったが……

 とにかく、ここに留まるのは危険だ。


「二人とも! とりあえず、安全な所へ移動しよう。俺が生活している場所がある。そこならここよりは安全だ」


 そういって立ち上がろうとしたが……


「いで……!」


 体勢を変えた瞬間、背中から激痛が走った。

 どうやらアミナを守った時に少し切られていたようだ……


「ひどい怪我……ロフル、四輪でしょ? エンハンスを纏って」

「いてて、分かった。三輪、エンハンス」


 言われるがままにエンハンスを纏うと、背中の痛みが治まってきた。

 出血も止まっているようだ。


「エンハンスは自身の強化はもちろん、魔力を覆う事で多少の回復効果もある」

「へぇー……」


 俺が一人で感心していると、マグは俺に手を差し伸べた。


「で、その安全場所はどこ?」


 俺は差し出された手を取り立ち上がった。


「ごめん、サーチ出せる……?」

「サーチね」


 そう言うとマグは、エンハンスを纏ったままサーチを行った。

 やはり五輪で二つ同時使用が出来るようになるみたいだな……!


「俺もエンハンスしながら魔法使いたいよ……あ、ここ。ここが安全だ」

「五輪になれば出来る。さぁ行こ」


 マグはそのまま俺に肩を貸そうとしたがやんわりと断った。

 既に痛みは引いているし、多少なら走れるくらいだ。


 俺はその場で軽く屈伸運動などを行い、歩きはじめた。

 マグとアミナは俺の後を歩いた。


「なぁ、マグ……質問いいか?」

「何?」


 不愛想な返事が返ってきたが、そのまま質問をした。

 直感だが、悪い子では無さそうだ。


「マグもユニークリングだよな。どんな効果が?」

「……」


 マグは黙って俺の事をじっと見た。


「普通なら他人に言わない。けど恩人だから知りたいなら教える」


 それを言われて俺はハッとなった。

 手の内を明かすのは危険な行為でもあるな……。


「確かにそうだ。今の質問は忘れてくれ」


 そう言った瞬間、少し沈黙になったが、マグは話し始めた。


「私は硬いデッドマンティスに対してすごく強いって効果なの」


 結局言ってくれるのか!

 でも凄いピンポイントな効果だな……。


「確かに鎌を振り下ろされた時、鎌の方が勝手に避けてたよね」

「普通のデッドマンティスはダメだけど、あいつらだけはそうなるの」


「へー……」

「硬い奴だったら超高速で寄れるし、逆に反発もできる」


 特定の魔物に強くなるユニークリング……なのかな?


「でも、あいつらに対して無敵って羨ましいね。俺は硬すぎて苦労したよ」

「四輪で倒したの……?」


 マグは驚いた表情だった。


「ああ。右手にエンハンスで力を貯めて思いっきり殴った!」


「すごい……! ブラスト無しで倒すなんて」


 ブラスト、五輪で覚えられる魔法か。


「マグだってブラスト……使ってないんじゃないか? 凄いじゃないか」


 マグは少しだけ自慢げな表情になった。


「マグは特別。フーチェはエンハンスで叩いても絶対倒せない。根本的に威力が足りないから……」

「って事はブラストは相当な威力を持っているのか」


 フーチェ……知らない名前が出てきたな。


「単純に、エンハンスでの打撃力にブラストの威力が上乗せされるイメージ」

「なるほど……それは絶対に強くなるな」


 ますます習得したくなった。

 出力2で殴ればブラストより強いんじゃないか?

 と思っていたが上乗せなら話は別だ。

 その状態でブラストを撃てば威力がさらに上がるかもしれないな。


「あそこだ。あの大きな切り株」


 俺は指を差しながら言った。

 もっと沢山の子供を助けたかった……。

 でももう遅い。それはマグのサーチですでに理解している。


・・・

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