第2話 洗礼の試練開始

――10歳 洗礼の試練まであと1週間


 剣をぐっと握り真っ直ぐに振り下ろす。そして、地面に当たるギリギリで止める……!


「……1000!」


 父はじっと俺を見ている。


(汗一つかかずに1000本……見違えたな。ロフル……)


「よし、今日もよくやった! 少し休憩だ!」

「はい!」


 9歳になったあの日……

 俺は洗礼の試練について詳しく聞く事が出来た。


 父が言ったこの世界のルールは残酷……本当にその通りだった。


 洗礼の試練の日……これは毎年決まった日にある。

 10歳になる年の洗礼の試練の日……

 12の時間に突然魔力に目覚め、転送魔法が発動し飛ばされてしまう。

 そして、子供たちは試練の中で魔法を習得していくという。

 いつからこの現象があるのか? 何故こうなるのか? それは誰一人として分からない。

 自然現象だったり、神の試練だったり人によって言う事は違う状況である。


 飛ばされる先は最下層(第四層)と呼ばれる、今いる下層(第三層)のさらに下の世界だそうだ。

 そこには人は住んでおらず、凶悪な魔物のみが住んでいる。

 

 魔物達は魔力に惹かれる性質を持ち、魔力を秘める人類を見つけるとすぐに捕食する。

 そんな魔物が多くいる最下層で、1カ月程生き抜かなければならない。


 それを聞いた時、何だこの世界は……って思った。

 10歳なんてまだまだ子供だ。俺は受け入れる事が出来たが、他の子はどうだ?

 とても……非情な世界だ。


「1000回くらいなら疲れずに振れるようになったな」

「うん。筋肉もかなりついた気がするよ」


 俺は袋に入れた水を飲みながら少しだけ休憩した。


「魔力に目覚めるか……」


 季節は寒い時期……

 森の木々は葉を落とし、草木は枯れている。


 座って休憩していると冷たい風で身体はすぐに冷却された。


「ロフル、こっちで暖まるんだ」


 父は枯木を集め火にくべた。


 その近くで座り、温かいスープをゆっくりと飲んだ。

 そして俺は、9歳の頃に聞いた魔法について、また思い出していた。


・・・

・・


――ロフル 9歳になったばかりの頃


「ロフル、今日は魔法について詳しく説明しておく。お前は理解できるといいが……」

「頑張ります」


 そう言って俺と父はテーブルに向かい合って座った。

 そして飲み物をそっと置いてくれた。


「まずはこれをみろ」


 父はそう言いながら、おもむろに右手の袖を捲り上げた。


「これは……?」


 一瞬、腕輪を二つ付けているようにも見えたが、実際は腕に模様が入っていた。


「これは[魔法輪]という模様だ。そしてこの手の甲の模様は……」


 父は該当箇所を指しながら話し続ける。

 手の甲にはただの白い正円の輪っか模様が入っている。


「10歳になる年、12時の時間になった時……突然この輪っかだけが右手に浮かび上がる」


 そう言いながら父は輪っかに触れた。

 するとその輪は浮かび上がり、手の甲の少し上で留まった。


「すごい! これが魔法?」


 怖い反面、魔法という存在に心が躍った。

 魔法があれば魔物も倒せるんじゃないか?


「ついでだ、一回発動しよう。見ているんだぞ」


 そういって父は輪っかが浮かび上がった状態で、左手の指で右腕の模様にそっと触れた。

 すると模様は光始め、そのまま輪っかの方に流し込まれるように入った。そして、輪っかはみるみる魔法陣のような模様に変わっていった。


「これが魔法を発動できる状態だ。輪っかとこの腕の模様があって初めて魔法が発動できる。発動時には魔法を口で言うんだ」

「へー! どんな魔法なの! 見せて見せて!」


 炎が飛び出すのか? 氷が飛び出すのか!? そんな攻撃的な魔法ばかりを想像してしまう。


「落ち着け。今からやる。一輪、サーチ」


 父は魔法名を呟いて、魔法陣のような模様になった輪っかに再度触れた。

 だが、何か起きた様な感じはない。


「ん……? 今発動しているの?」

「まぁ待て」


 それから数秒待った後、輪っかの魔法陣模様が消え、複数の点模様が現れた。

 父はそれを俺に見せつけた。


「……これは?」

「一輪[サーチ]という魔法だ。人と魔物の大まかな所在地がわかるようになる」


 正直、それだけ? って思ったが、魔物の位置も把握できるのなら最下層では重宝しそうだ。


「母さんも同じ魔法は使えるわよ!」


 そういって母も腕をまくり、輪と腕の模様を俺に見せつけた。

 輪と腕の模様の姿形は、両親ともに全く同じだ。


「なら、最下層に飛ばされたらすぐにそれを使って魔物に近づかないようにしなきゃだね!」


 俺がそう言うと、父は少し難しい顔になった。母もだんまりだ。


「これは、初めから使えないんだ。最下層で長く生き残ると突然現れる……」

「そんな……」

「だから少しでも生き残るために、剣を教えたんだ。体力も必要になってくるだろう」


 つまり、最初は何も分からないまま息を潜めるしかない。

 何日くらい生き残れば使えるようになるんだろう?

 そんな事を考えていると、答えは父の口から出てきた。


「この一輪の魔法を使えるようになるまで俺は2週間かかった。そして、その二週間の間で何百人もの死ぬ姿を見た……」

「何百人……」


 父は感情を殺し淡々と説明する。


「更にこの魔法を覚えるだけでは帰る事が出来ない。この次に覚える二輪[リターン]を習得し、この魔法で帰ってこないとダメなんだ。これを覚えるのに父さんは1カ月かかった」

「……」


 俺は言葉が出なかった。父はその様子を見ながらも話を続けた。


「洗礼の試練は毎年、他の村の人など含め何千人と参加者がいる。しかし、その[リターン]を習得し、無事に生き残り帰ってくるのは数名だ……」

「数名……」


 生還率は1パーセントにも満たない。

 これを聞いた瞬間、兄は出稼ぎに行ったのではなく、本当の意味で遠い所へ行ってしまったんだと理解した。


「そんな……そんな中で生き残れるかな……!」


 思わず声が震える。

 具体的な数字を聞くまではまぁ何とかなるだろうと思っていた。

 でも現実はそんなに甘いものでは無かった。


「お前ならきっと大丈夫だ。沢山訓練をしたんだからな」


 もちろん、訓練はしっかりやってきたつもりだ。でもその事実を聞いていればもっと必死にやっていたかもしれない……。


「剣を……剣を貰った時にその話を聞きたかったよ」


 俺は少し怒り気味に言った。

 いい歳してガキっぽい事をしてしまったな……。


「そうしたいのは山々だが、9歳になる前に真実を伝えるとこの世から消滅するんだ……」

「なんで……?」

「分からない。ルールなんだこの世界の……」


 またルールか……この世界のルールとは一体……。


「皆この話を聞いてから必死に特訓するが、既に1年しか猶予が無い。お前はこれを聞く前からしっかりと2年も多く訓練に励んだんだ。きっと……きっと大丈夫だ……!」


 父は少し涙ぐんでいた。

 そうだよな。実の子をそんな地獄へ送り出すなんて嫌に決まっている。

 その姿をみて、怒りの感情は何処かへと消えていた。

 そして、生きて帰ってくる。必ず戻ろうと心に決めた。


「父さん、大丈夫。俺も父さんみたいに生き残って帰ってくるから」


 俺は立ち上がり、拳を父に向けた。


「ああ。父さんも精一杯情報を伝える」


 父はそれに応え拳を合わせた。


 とにかく1ヵ月! 魔物に会わずになんとか生き残ればいいんだ。

 

・・・

・・


――洗礼の試練 前夜


 相変わらず寒い日々が続いている。

 寒い夜の空気の匂いはいつもどこか寂しい雰囲気がある。


 今日は一段と風が強い。

 舞いながら徐々に千切れ行く枯葉を見て、不意に自身と重ねていた。

 俺もあの枯葉の様に最下層で死にゆくのだろうか……。


 明日には試練が始まると言うのに、大きな寂しさがこみあげてくる。


「ハナ、サンク。久しぶりに3人で寝よう!」


 家に戻るや否や俺は妹弟に思わず提案した。


「やったあ! 兄ちゃんと一緒に寝る!」

「えー! やだよ狭いし!」


 妹のハナは8歳、サンクは7歳となっていた。

 二人ともいい子で元気だ。


 ハナは少し俺に冷たくなったが……。


「そんな事言わずにさ! 一緒に寝よう!」


 俺は二人を抱き上げた。

 訓練のおかげか筋肉は結構ついていた。そのおかげで軽々と持ち上げられる。


 重かった剣も、今は身体の一部のみたいな物だ。


「ロフル兄……出稼ぎじゃなくてちゃんと帰ってくるなら一緒に寝てあげてもいいよ?」


 寂しそうで泣きそうな声だった。

 俺は即答できず、少しだけ間を開けてしまったが……


「大丈夫。兄ちゃんは家が大好きだから何とかして帰ってくるよ」


 と優しくハナを撫でながら言った。


「えへへ、約束ね! 一緒に寝てあげる!」

「姉ちゃん! ロフル兄の隣は僕だよ!」

「あはは。サンクはこっちな! 兄ちゃんが真ん中だ」


 そうして、洗礼の試練前夜は3人で寝床についた。

 両親はその様子を寂しそうな、微笑ましそうな……そんな表情で見ていた。


 さっきまで胸にあった寂しさは、いつの間にか消えていた。

・・・

・・


――洗礼の試練 当日


 出発の日だと言うのに、今日は冷たい雨がぽつぽつと降っている。

 傘を刺す程でもないのが救いだろう。

 天井の時計も雲がかかっていて少し見ずらい状況だ。


「母さん、行ってくるよ」


 支度を終え、俺は母さんを強く抱きしめた後広場へと向かった。


「……来たかロフル」


 険しい表情の父が広場で待っていた。


「うん。忘れ物も無いよ」


 周囲を見渡すと、相変わらず大勢の同じ年の子供が居る。

 この年なら沢山友達が出来そうなもんだが、この世界ではそうではない。

 皆この試練の為に必死で訓練する。友人を作る時間などないのだ。


 そもそも友達同士で生き残るなんて事は殆どない。

 友達はこの洗礼に生き残ってから作るのが基本なのだ……。


「さて、もうすぐ集合時間だ。ロフル!」


 お父さんは俺の肩を持って小さな声で話した。


「黄色い髪と瞳の人間には気を付けろ……」

「え?」

「詳しくは言えない……だが見かけたら逃げていい」


 またルールか何かで詳しく言えないのだろうか……。

 俺は静かに頷き、そのまま集合場所へと向かった。


「ついにこの日が来た。子供達よ、どうか神の祝福を……」


 司祭のような恰好をしたおじいさんが、俺達の試練の無事を祈った。


 正直、殆ど耳に入らなかった。

 自分の鼓動が高鳴っているのが分かる。

 もうすぐ未知の場所へ飛ばされる……不安と恐怖しかない。


「さぁもうすぐ12の時間となります。帰還する為の魔法、リターンを覚えたら今立っている所に戻ってきます。他の人と重ならない様に離れなさい」


 そう言われ密集していた俺達は少し散り散りとなった。

 皆不安な表情をしている。

 まるで注射を待つ小学生たちの集団の様だ。

 待っているのは注射どころでは無いが……。


「どうか……無事を祈る。子供達よ……」


 その言葉が聞こえた瞬間、俺と周囲の子供たちは光始め、足元から粒子と化していった。

 不思議な感覚だ……足を動かす感覚はあるが、足はそこに無い。どうなっているんだろう。


「いやだ! 行きたくない! お母さん!!」


 そんな事を考えていると、大声で泣き叫ぶ声がいろんな場所から聞こえた。

 あまりにも悲痛な声で思わず手を差し伸べた。

 だが、既に腕も粒子となっていた。


 この悲痛な叫びを聞き俺は改めて思う……。

 本当に……なんて残酷な世界なんだ……。


・・・

・・


「う……」


 目を開けると、見知らぬ森の中に居た。

 木々の種類自体は、村のはずれにある森とあまり変わりないように思える。

 だが、木々の大きさ、高さは倍近くあるように思える。

 葉の量も多いのか、空からの光が届きずらくなっている。

 まだ午前中だと言うのにかなり薄暗い。


「地面が湿っている……」


 さっきまで雨が降っていたのだろうか。

 地面は柔らかくなっており、草木もまだ濡れているようだ。


「手の甲に輪の模様がある……てか……」


 俺は自身の輪の形に少し違和感を感じていた。

 両親は綺麗な輪だったのに対し、俺の輪は何というか……スチール缶のリサイクルマークみたいな輪になっているのだ。


「魔法を覚えたら綺麗な輪になるのかな……」


 そんな疑問を残しつつも、すぐさま切り替え周囲の安全を確認した。

 そしてその場で静かに腰を下ろし、目を閉じ瞑想を始めた。


「……」


 すると、何かがまとわりつく感覚と、心臓辺りに感じる蒸気のような熱さを感じる。

 その感覚に俺は思わず目を開いた。


「……これが魔力か」


 再び目を瞑り瞑想を続ける。そして、父との訓練を思い出していた。


・・・

・・


――ある日 父との訓練の時


「瞑想……お父さん、それって何の役に立つの? ぼーっとしてたら魔物に食べられるよね……」


 突然、瞑想の訓練を始めるといった父……俺は当然の疑問を投げかけた。


「逆だロフル。魔物は人の持つ魔力に吸い寄せられるんだ。漏れ出す魔力を抑える事が出来れば、見つかる可能性もぐっと下がる」


 父はそう言いながら、瞑想の構えをとった。


「ロフルはまだ魔力に目覚めてはいないが、この瞑想は毎日行う。肌の感覚、血液の流れを感じるんだ。そしてその感覚を記憶しろ」

「記憶……?」

「ああ、魔力に目覚めた時、同じように瞑想を行ってみろ。必ず気がつく事があるだろう」


・・・

・・



「確かに毎日瞑想をしていなければ、この別の感覚には気がつかなかっただろうな……」


 今までの瞑想には無かった別の感覚……これが魔力の感覚なのだろう。

 この魔力の流れを抑えなければ……。

 俺は全神経をこの魔力であろう感覚に集中した。


 流れをゆっくりにし、静かにさせるようなイメージ……


「……この感じだ」


 最初の状態よりは遥かに魔力を抑えられている……気がする。

 俺はその場からゆっくりと立ち上がり、その状態を維持しながら移動を始めた。

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