皆で出そうよ、結論

 デリ子が不満気に、オムライスをスプーンで崩す。昨日と同じ喫茶店に訪れた俺達は、少し早めの昼食を摂っていた。


「全ッ然似てませんからね。私あんなんですか?」

「デリちゃんはもっと可愛いよ、安心して」

「わ、わかっていればいいんですけどね」


 陽向のフォローで、溜飲が下がったようだ。チョロいにもほどがある。


「そういえが、デリ子って大明神なのか?」

「厳密に言えば違います。ただ、悪い気はしませんね」


 鼻息が荒い。悪い気はしないどころか、有頂天のご様子である。今ならなんでも答えてくれるかもしれない。


「デリ子はどこの神社の神様なんだ?」

「あー、まだ決まっていないんですよね」

「……そういうものなのか」

「はい。各々の適性を見極めた上で、振り分けられますので。でも、ヘルちゃんはもう決まってましたね。御金神社(みかねじんじゃ)だったはずです」


 御金神社。読んで字の如く金運に纏わる神社であり、金色の鳥居がSNSで話題になっていた気がする。


「他のやおよろズはどこの配属なのか知りませんが……まあ、私は恋愛運の神様なので、恋愛運の御利益がある神社に配属されますよ」


 デリ子がぺたんこの胸を張りながら断言する。茶山さんは、デリ子が恋愛運以外の運勢も操っていると言っていた。飛び降りた男子生徒を助けた経緯から考えても、俺も同意見だと言わざるを得ない。しかし、本人に自覚がない以上、いくら問い詰めても真実には辿り着けないだろう。


 クリームソーダの氷が鳴る。デリ子の御利益についてはわからず仕舞いだし、茶山さんの問題解決の糸口さえ掴めていない。陽向とデリ子は食後のケーキを注文する。すっかり空気が緩みきっている。今日のところは何も進展しないかもしれない。そう諦めていると、スマートフォンに一通のメッセージが届いた。


『明日、河原町で遊ばない? 笠置も連れてさ』


 素っ気ない文章。送り主の欄には、茶山風花と表示されている。いつ連絡先を交換したのか覚えていないし、真意も不明だが、願ってもない申し出だった。とにかく今は、情報を集めなければならない。二つ返事で了承の意を送信し、みほろにもメッセージを送る。数秒後、待ち構えていたのかと思うほど早い返事が届く。明日の予定は特に無いらしい。

 俺はクリームソーダに口をつけながら、作戦を組み立てる。茶山さんはやおよろズと無関係なので、ミーさんやハートのように情報の出し渋りはしないだろう。最低でも、何かしらの取っ掛かりを掴まないとまずい。


「――お待たせいたしました」


 マスターの声で、思考はしゅわしゅわと消えていく。ともかく決戦は明日だ。俺は決意を胸にして、プリンを口に運んだ。


 待ち合わせ場所である四条河原町の百貨店前には、俺と同じように身嗜みに苦心する若者がちらほらと立っていた。ふうと息を吐き、柱にもたれながら待機していると、地下通路へ通じる階段からみほろが現れた。


「おまたせ、ちあきち」


 みほろは無表情のまま手をひらひらさせる。黒の開襟シャツに、黒のスラックス。足元のサイドゴアブーツに至るまで黒を選んだコーディネート。全身の色を統一しつつも、素材感の差で重たさを感じさせない。みほろの雰囲気と良く合っていた。


「福の神はまだ?」

「うん。連絡も来てないはず」


 時刻を確認する。待ち合わせ時間の十二時ちょうどだが、やはりメッセージは届いていない。まぁ、数分もすれば現れるだろう。


「いきなり遊ぼうだなんて、どうしたんだろうね」


 みほろが首を傾ける。はらりと滑る髪の隙間から、無数のフープピアスが覗いた。


「さぁ。何を考えてるのかわからん」

「ただ遊びたいってわけではなさそう?」

「どっちかといえば、人付き合いは苦手なタイプだと思う」


 茶山さんの印象を思い出そうとするが、どうしても輪郭がぼやけてしまう。ぼんやりとした記憶で判断すれば、あまり交流を好む性格ではなさそうな気がした。俺がみほろに「たぶん、人間に対しては冷たい神だ」と所感を伝えていると、いつの間にか左側に茶山さんが立っていた。


「へぇ、なかなか酷いこと言うじゃん」

「――でも、冷たさの中にも、優しさが垣間見える素敵な神様だった気がする」

「もう遅いよ」


 じとり睨まれる。首元までしっかりとボタンを留めた紺色のギンガムチェックシャツと、色の褪せたデニム。一見すると大人しそうな女の子なのに、やはり気が強い。


「まあいいや、今日は楽しませてもらうから」


 茶山さんは俺とみほろを交互に見やり、不敵な笑みを浮かべる。その表情にぞわりと肝を冷やしてしまう。なにせ、今日も俺の金運は裏返っているのだ。   


「壺とか絵画は買わんぞ」

「なんの話してんの。とりあえず何か食べるよ」

「……え?」

「だから、女子高生として普通に遊びたいんだってば」


 予想外の返答に、二の句が継げなくなる。


「なにその顔。こっちに来てから、全然羽を伸ばす暇が無かったからね。一日くらい遊んでもバチは当たらないでしょ」


 どちらかといえば、茶山さんはバチを当てるほうだろう。いや、それより。普通に遊びたいときたか。厄災を振りまく張本人として、いささか無責任な発言ではないか。粛々と生活すれば問題が解決するわけでもないが、あまり乗り気にはなれない。


「アンタが知りたいこと、なんでも答えるから。私が知ってることに限定されるけどね」


 俺の胸中を察したように、茶山さんが口角を上げる。


「……わかった。じゃあ付き合う」


 若干の後ろめたさは感じてしまうが、ここで機嫌を損ねてしまうと情報が引き出せない可能性もある。


「よし、決まり。笠置は何が食べたい?」


 みほろの視線は空へと向き、数秒後に降りてきた。


「炭水化物」

「括りがデカいね」

「オススメあるよ」


 みほろがそう言い残し、先陣を切って歩き出す。ずいずいと交差点を渡り、人波をかき分けて三条の方向へ進む。そのまま新京極商店街と寺町商店街を横切りながら、裏へ裏へと入っていく。車が通れないほど狭い道には、古着屋や怪しげな飲食店が乱立している。


「みほろ、今どこに向かってるんだ」

「美味しいのか美味しくないのか、何回食べてもわかんない店があってさ」

「……うん」

「皆で出そうよ、結論」


 そんな前衛芸術みたいな料理を薦めないでほしいのだが、茶山さんは「おもしろそうじゃん」と乗り気である。どうやら止められそうにない。諦めて二人の背を追う。みほろは古びた雑居ビルの二階に上がり、蛍光灯が明滅する通路を闊歩する。一人では絶対に入らない場所だなと思っていると、みほろが立ち止まった。


「着いた」


 指差した看板には、でかでかとした文字で『イタリアンカレーまるしげ』と書かれていた。


「店名からすでに大喧嘩してるな」

「でも、和風イタリアンカレーのお店だから」

「完全に初対面なんだよ」


 半ば三国志と化した屋号の下には、ターバンを巻いた人物がカレーを煮込むイラストが添えられている。絵心が壊滅的だ。頭に包帯を巻いて嘔吐する宇宙人にしか見えない。『おいしーヨ』の文言も不安を加速させる。俺だけでなく、茶山さんまでもが口を閉ざしている。


 別の店を探さないか。そう提案しようとした瞬間、ドアの明かり窓の奥で微笑む店主とばっちり目があう。しまったと後悔したが、もう遅い。みほろがハミングしながら入店してしまう。


「ま、まあ……お腹も空いてるし」


 茶山さんが俺の腕を鷲掴みにしながら、みほろに続くように足を踏み出した。爪がめり込むほどの握力からは、死なば諸共の精神が滲んでいる。どうやら拒否権は無いらしい。


「いらっしゃいませ!」


 店主の笑顔が炸裂する。伸びた髪や民族衣装のような服装から察する限り、自分探しの旅に出ていたタイプだろう。みほろは慣れた様子で奥のテーブル席に鞄を置き、セルフサービスの水をグラスに注いでいる。俺達も同じテーブルに座り、みほろと同じ和風イタリアンカレーを注文する。ようやく一息つけたところで、俺は茶山さんに本題を切り出した。


「いくつか質問しても良いか?」

「気が早いね。何が聞きたいの」

「ミーさんは何者なんだ」

「……ミーさん?」

「茶山さんの父親」


 俺がそう答えると、茶山さんは「あぁ」と納得したような表情を見せる。光を帯びた双眸が俺を捉えた。


「そんな呼び方するなんて、仲がいいんだ」

「……へ?」

「まあいいや。お父さんについては、私もあんまり知らない。小さい頃から仕事ばっかりで、年に一回くらいしか会えなかったから。お母さんが死んだときも、顔すら見せないような男だよ」


 放たれる言葉は、びっしりと棘で覆われている。


「だから私は、人間でいうところの孤児院みたいな施設に引き取られた。それからも年に数回は会ってたけど……近況報告ばっかりで、父親らしい振る舞いをされた記憶がない。そんな神が、なんでアンタ達と行動してるのかは私も知らない。他に聞きたいことは?」


 ミーさんの現状を知らないのであれば、やおよろズについて問いただしても無駄だろう。別の質問をしてみよう。


「強制送還以外の解決方法、知ってたりする?」

「うん、知ってる。たぶん、神なら全員思いつくはず」


 まさかの回答に、思わず身を乗り出す。そんな方法があるのなら、なぜ誰も試さないのか。俺の反応を目にした茶山さんは、呆れるように笑う。


「でもこれは、私の御利益と張り合えるくらい、御利益の強い神を用意しなきゃいけない。それこそ、アンタと契約している神みたいなね」


 茶山さんは水で喉を潤してから、言葉を続けた。 


「方法は至ってシンプル。人間に近い存在になった私と契約して、体内に残存する裏返った御利益に、同じ量の御利益をぶつければいい。授けるんじゃなくて、放出して直撃させるの。各地に災いや祟りとして残ったものは、土地と根付いちゃうから消せないけど、薄めるのは可能だと思う」


 やはり試さない手はない。俺がさっそく提案すると、茶山さんは「問題があるのよ」と天井を見上げた。埃っぽい換気扇が、くるくると旋回している。


「――まず一つ目、アンタと契約している神が私と契約した瞬間、天罰が下る」


 ごくりと、唾を飲む音が聞こえた。これは、喫茶店でデリ子からも教わった通りである。


「じゃあ、ちあきちと契約していない神なら……」

「自分で言うのもなんだけど、私に匹敵する御利益を持つ神ってあんまりいないんだよね。有力な神は、各地の神社に御利益を分散させている状態だし。そして二つ目。これは神去病の治療じゃなくて、退治にあたる行為。間違いなく私は死ぬ」


 相変わらずの早口で、淡々と告げられた内容は重かった。


「つまり、契約した神は天罰で死ぬし、私は体内で相殺された御利益の影響で死ぬ。こんな方法、誰も提案しないし実行に移さないと思う。まあ――天界に封印されるくらいなら、一瞬で殺してくれる方が私は楽だけど」


 茶山さんは自虐的な笑みを見せた。この方法は、どう考えても現実的ではない。役目を担えるのは、消去法でデリ子しか残らない。俺とみほろが押し黙っていると、さきほどの店主が場違いな明るさで和風イタリアンカレーを運んできた。味については、特に言及するつもりはない。


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