第40話 最終話

 夏休みが明けて、一週間が過ぎていた。


 放課後、宇佐美は久しぶりに、ミス研部の部室に来ている。


「飯田、復帰おめでとう!」


 事件のトラウマから、部員たちは皆、この部室に入る事ができずにいた。目の前で担任兼顧問の水木が焼身自殺を図ったのだ。その衝撃は決して小さなものではない。


 宇佐美が受けた背中の刺し傷は、右手に若干のしびれを残している。


 しかし、この日は、ずっと入院していた飯田が退院して、学校生活に復帰しためでたい日。

 部員たちも久しぶりに明るい笑顔を取り戻していた。


「ありがとうございます。こんな風に祝ってもらえるなんて、すごく嬉しいです。本当にありがとうございます」

 飯田は、頬を赤く染めて顔をほころばせた。


 机の上にはスナック菓子やチョコレート、購買で買ってきた一口唐揚げ、フライドポテト、ジュースなどで賑わっている。


「僕、急に味覚が戻ったんですよ」


 飯田はそう言って、チョコレートを一粒口に放り込んで見せた。


「うん、おいしい。カカオもナッツもちゃんと味も香りもする」


「すごい! よかったね、飯田君」

 佐倉が飯田に向かって拍手をした。


「えー、じゃあ、ゲロ飯卒業じゃん」

 零子はどこか面白くなさそうだ。不謹慎なヤツめ。


「今日は最後の部活動か。なんだか寂しいね」

 零子は、飯田に倣うようにチョコレートを口に放り込んだ。


「あんな大事件に発展してしまったんだ。学校としては、ミス研部をこのまま存続させるわけにはいかないだろう。また今日も保護者説明会って言ってたしな」


 水木の死は、学校では火事による事故と報告されたが、その後大々的にメディアで取沙汰されたため、事件は学校中が知るところとなってしまった。

 見た事もない生徒が教室にやってきて、新聞部だと名乗り、根掘り葉掘り詳細を聞かれる毎日にもうんざりしている。


 教師たちも、毎日週刊誌やテレビの報道記者、そして保護者の対応に追われていて大変そうだ。

 落ち着いた学校生活が戻るのには、もうしばらくかかるだろう。


 警視庁からは、感謝されて表彰かと思いきや……。

 きついお叱りを受ける羽目になり、それぞれの家庭もピリついている。


 なぜなら――。


 飯田の妹を殺した真犯人は、未だ捕まっていないのだから。


 相沢から零子が聞き出した情報によると、双葉は全ての罪を認める供述を始めているそうだ。

 バズに対する殺人教唆。斉賀とみーちょの殺害。宇佐美の殺人未遂。

 そして、飯田の妹、美緒の誘拐。殺害に関してだけは認めていない。

 今後の捜査に期待したいところだが、恐らく、この期に及んで双葉が嘘を吐くとは考えにくい。


 やはり、美緒を殺した犯人は他にいる。


「飯田。まだこれからも事件を追うのか?」


「それは……」

 飯田は、急に表情をこわばらせて言い淀んだ。


「警察に、任せようと思います」


「本当か?」


 そして、俯いて口をつぐんだ。


 その様子から宇佐美は察する。


 その言葉は、きっと嘘だ。

 飯田はこれ以上、みんなを巻き込みたくないと思っているに違いない。


「ミス研部は解散だけど、俺たちはずっと友達でいようぜ」


 言って、気はずしさを誤魔化すために、唐揚げを頬張りお道化てみせる。


「実は……」


 飯田は更に言い辛そうに宇佐美から目を反らした。


「実は僕、祖父母の勧めで転校する事になりました」


「え?」

 全員の動きが止まり、飯田に視線が集中する。


「どこに?」


「東京に、父がいるんですが、父の元から東京の高校に通う予定です」


「そっか。まぁ、関東圏内だ。いつでも会えるよな」


 宇佐美の言葉に、飯田は嬉しそうにうなづいた。


「寂しくなるわ。飯田君」

「学校で会えないだけよ。これからもズームで色々近況報告し合おうよ」

 零子は佐倉を慰めるように、飯田にそう声をかけた。


「はい。そうしましょう。いつでも誘ってください」


「いつ引っ越すんだ?」


「急なんですが、引っ越しは明日……。来週、編入試験を受けます」


「え? じゃあ、今日が最後なの?」


「はい。そういう事に……なります」


 宇佐美はふふっと笑った。


「ミステリアスな転校生とかって話題になりそうだな」


「それもそうですね。こんな中途半端に時期に転校なんて……」


「飯田君はそれでいいの?」


「仕方がありません。大人が決めた事に従うしか……、今は……」

 無理やり納得した顔で、飯田は佐倉に笑顔をみせた。



 完全下校の時刻はあっという間にやって来た。

 学校を後にして、元ミス研部の4人は駅に向かって歩く。

 でっかい夕陽を背に、この瞬間はもう二度と訪れない事を噛みしめながら他愛もない話に花を咲かせていた。


 宇佐美はふと立ち止まり、前を歩く3人の背中を眺めた。


「飯田!」

 宇佐美の声に飯田が振り返った。


「はい、なんですか?」

 連動するように佐倉と零子も立ち止まり振り返る。


「絶対に、死んでもいいなんて二度と考えるなよ。約束しろ」


「…………」


「どんなに卑怯でも、どんなにかっこ悪くても、どんなに辛くても、どんなに恨んでも、生きろ! とにかく生きろ! 真相解明だろうと、復讐だろうとなんでもいい。全部抱えて、必死で生きろ!」


 死の淵に飛び込む勇気を否定するつもりはない。飯田に生きて欲しいというのが宇佐美自身のエゴだと言う事もわかっている。

 それでも、宇佐美は飯田に死んでほしくなかった。生きて欲しかった


「はい!」


 力強くうなづいた飯田の顔を、夕陽が真っ赤に染めた。


 完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る