第34話

 ガキンッ!


 目にも止まらぬ速さの刀が三回ほど穢れを捉えた後、阻まれる。しかしヒットアンドアウェイだった俺たちとは違って、一歩も引く気配がない。それを支えるように浄化力を注ぎ込み続ける。


 息が整わなくなってきた。もうそろそろ浄化力が底をついてしまう。最後の一滴まで絞り切ってやる、と再び表情を引き締めたそのとき。


「ギ、ェ、エ?」

 ずるりと穢れの右手が落ちた。


(見えなかった――見えないくらい速かったのか――!?)


「主、私は特別にこの場に現れたつもりだった。主が大切に思う人を救えないで、主に宿ることはできぬと思ったからだ」


 鞘は穢れを斬り飛ばして納刀し、俺をちらりと振り返って話し始めた。


「だが考えが変わった。浄化力はあとどれくらい残っている」

「あと……あとほんの少し。《爆》が撃てるか撃てないか程度しか残ってない」


 前の浄化力の量では、《爆》は最後の切り札だった。けれど今の量を知ってしまっては、《爆》くらいなんともない。


「それをすべて注いではくれぬか。その暁には、この穢れを倒して核にされている者を救い出してみせよう」


「ああ、もちろんそうするよ。頼む……鞘。あいつは――御月は、大切な人なんだ」


「承知した」


 刀の柄に手を触れた鞘に、残りの浄化力をすべて差し出した。本当にしずくすら残らないほどに。これは回復するまで時間がかかりそうだ。体に力が入らなくなって、その場にへたりと崩れ落ちる。


 目にも止まらぬ速さで抜刀された刀は、穢れの体を斬ったか斬っていないかも見えないまま振り抜かれた。後から衝撃波と音がやってきて、空気を裂いたような音に耳が持っていかれそうになる。


「キ……キ……」


 消滅寸前まで追い込まれた穢れが虚しく声を上げるも、振り上げられた刀が三度閃いた。今度は三本の軌跡を描いて穢れの表面が削ぎ落とされ、一気に薄い灰色まで回復する。


「一八がやったか――!」

「主様ー!」


 声のする方向を見ると、一八が手を振っていた。先輩も無事だ。視線を戻すとたった今、鞘が突き技の構えを取ったところだった。


「御覚悟」


 今度こそとどめの一撃が本体に入った。鋭く、かつ重く突き出された切っ先が、穢れを捉えた瞬間ふるりと震えて、そして灰となって散っていった。


 ドサリ


「みつ、きっ……」


 立ち上がって駆け寄ろうとするも、三歩踏み出した段階で膝が言うことを聞かなくなった。まぶたが落ちてくる。


(まだっ……無事を確認、するまでは……)


「主」

 鞘が目の前にしゃがんだ。腕の中には御月を抱えている。


「無事だ。脈もしっかりしている」

「よ、かっ……た……」


 隣に御月を横たえると、鞘はぽっと顔を赤くした。ぼんやりとしはじめた意識の中、先程とはトーンが数段違う声が聞こえる。


「ま、満足した、主。感謝する」


 手探りで御月の手に触れると、脈を感じたまま目を閉じた。

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