第5話 3万vs1

「本艦前方1万キロメートルに高エネルギー反応多数! これは……艦隊です! 巨大な要塞を中心に、連邦宇宙軍主力戦艦を上回る出力反応が最低でも200……その他、中型、小型艦合わせて……3万隻以上!」

「はぁ!? 嘘だろう!?」

「残念ながら……」

「いや、ごめん」

「私もバグかと思いましたから……」


 成層圏を抜けて宇宙に出たハツヒメ。だが、そこで待っていたのは同期達の乗った艦ではなく、地球外の文明による未曽有の大艦隊。彩晴が思わずハツに聞き返してしまうのも無理はなかった。


「ねえ、あや……」


 涼穂が震えるような声で彩晴を呼ぶ。涼穂がそんな声を出すのは珍しい。彩晴の知る限り子供の頃一緒にホラー映画を見た日の夜くらいだ。


「なんだ? 今は手を繋いで一緒に寝てやるわけにはいかないぞ?」

「違うの……後ろ見て、ここは……私達の暮らしていた地球じゃない!」

「なんだって!?」


 彩晴は言葉を失った。


 背後に見える青い星。地球によく似ているが、大陸の形が全く異なる。それは地球ではない。間違いなく別の星だった。


「こちらでも確認しました! 星図が全く一致しません。現在我々がいる星系は、人類が未だ観測したことのない、完全に未知の星系です!」

「はぁ!?」

「そんな!?」

「もし、銀河系内だとしても、地球から最短でも1万光年は離れていることが予想されます」


 地球から1000光年。半世紀ほど前に地球を出た外宇宙探査艦が、20年かけて作り上げた、地球人類が到達した最長距離である。現在の最新技術を用いれば更なる記録更新が望めるだろうが、人類が既に外宇宙進出に関心を無くしている今となっては、その記録が塗り替えられる事は無いだろうと言われている。


 最短でその10倍の距離。実際は全く分らず、別の銀河にいる可能性すらある。


「いつの間にかスタードライブしていたとかはないか?」

「いえ、そんなはずは……もし、誤作動したとしても本艦が一度にスタードライブできる距離は3光年です。それ以上の距離を一瞬でだなんて本艦には不可能です」

「だよな……」


 地球人が生み出した恒星間航行技術。通称タードライブは、点と点を一瞬で移動する、なんとかドアやテレポートとは違う。ハツヒメは3光年進むのに12時間かけて航行する必要がある。


 もしかしてVRか? 現実では不可能な事でもVRでなら可能だ。気付かないうちに、そういったゲームにログインしてしまったのかもしれない。そう思って、彩晴はこめかみのスマートギアを叩いてみる。VRならこれでシステム画面が表示されるはずだが、何も反応はない。


「ステータスオープン」


 ダメもとで言ってみたが当然何も起こらない。


「もう、あやってば、古典ファンタジーじゃないんだよ?」

「だよなぁ……ゲームの世界ってわけでもないみたいだ」

「もう!」


 夢じゃない。VRでもない……


「やっぱり現実か?」

「うん。私だってまだ信じられ無いけど」


 自分達は地球から遠く離れた未知の星系にいる。


 目の前には3万隻の大艦隊。


 受け入れるしかなかった。受け入れて行動を起こさなければ、何もわからないまま死ぬことになりかねない。


「あー、だったら俺、さっきめっちゃ恥ずかしい事言ったぞ!?」

「地球へようこそエイリアン?」

「やめろぉぉぉぉ!!」


 エイリアンは自分達の方だった。この星の住人にとって不審船はハツヒメの方であり、さっき撃退した武装船は、アンノウンであるハツヒメを臨検に来た警備艇だったのではないか?


「どうしよう……私、この星の船撃っちゃったんだよね?」

「ああ、やっちまったな」


 事情がわからなかったとはいえ、最悪のファーストコンタクトをやらかしてしまった事に、彩晴と涼穂は頭を抱える。


「ねえ、あや。ここの人達ごめんで許してくれるかな?」

「流石に、壊した船の弁償は避けられないんじゃないか?」

「だよねぇ……支払いは地球連邦軍にってわけにもいかないし……」


 この星の物価はわからないが、例えば、巨大なコロニーをぽこぽこ浮かべられるくらいの生産力を持ち、工業製品が価格崩壊を起こしているような地球でも、武器は高い。大きさが同じ宇宙船でも、民間用と軍用だと桁がふたつくらい違うのだ。


「大丈夫。すずが借金漬けになっても、俺がちゃんと面倒見てやるよ」

「あや……それって……うん? ちょっと待って。攻撃を指示したのあやだよね! なんで私が借金全部背負わないといけないの!? 私も自分で撃つって言ったし、10:0であやが悪いとは言わないよ? でも8:2くらいであやの責任なんじゃないかな!?」

「悪かった! 悪かったって! 俺が全部まとめて責任取るから。安心しろ。な?」

「絶対だよ?」

「ああ、絶対だ」

「あの……盛り上がってるところに水を差して申し訳ないのですが、前方の艦隊に動きが……映像出します」


 艦隊の方でもハツヒメに気付いたのだろう。艦隊の一部が分離して向かって来る様子が、スクリーンに映し出される。


「これってやっぱり?」

「はい。本艦に向かってきています。超大型の空母らしき艦から小型艦が次々発進しているようです。どんどん増えます」

「練習艦一隻に随分と大仰だな」


 全体から見れば、ほんの一部。その内訳は地球ではみられないような、全長10キロを超える超大型空母を中心とした100隻を超える艦隊だ。


「紳士的にエスコートしてくれるといいんですけどね」

「だとしたら王子様が随分と多いな。あの空母はかぼちゃの馬車か?」

「なんか蚊取り豚みたい」

「言うてやるなや」


 蚊取り線香は24世紀なっても趣きアイテムとして愛されている。20世紀の街並みを残す彩晴や涼穂の実家では、夏には縁側で風鈴と西瓜。そして蚊取り豚が欠かせない。


 漆黒に塗られた楕円形の巨大空母。ずんぐりしたフォルムに小型艦を吐き出す中心の大穴。涼穂は蚊取りぶたと称したが、実は彩晴も密かに同じように思っていた。


「救難要請をだしますか?」

「まあ、それが筋だしな。伝わるといいけど」


 他国の領土に不法に侵入してしまった以上捕縛されるのも仕方ない。大人しく掴まって、事情を説明し謝罪するのが筋である。


 とはいえ、それも伝わればの話だ。


 次の瞬間、閃光が瞬き、視界が激しくスパークした。小型艦の一隻から高出力のレーザーが放たれたのである。なんとかビームバリアで防げたが、先ほどの武装船が撃ってきたレーザーとは桁違いの威力だ。


「問答無用かよ!?」

「第二波来ます!」

「きゃっ!」


 続けざまに攻撃が来て涼穂が悲鳴を上げる。。


「歓迎の祝砲じゃないよな」

「だったら手荒すぎるよ」


 彼等が何処まで本気かわからない。次の瞬間には耐えられない程の攻撃が来て、ハツヒメごと蒸発しているかもしれないのだ。


 この星の艦のサイズは地球連邦宇宙軍の基準よりも遥かに大きい。小型艦でも200メートルクラス。そして全長10キロを超える巨大な蚊取りぶた……もとい、超大型空母。そして空母を護るように1000メートルクラスの戦艦が3隻控えている。


 本体には、とてつもなく巨大な要塞と、3万隻の大艦隊。


「どうするあや!?」

「決まってるだろ?」


 普通なら詰んでる。だが、彩晴には諦められない理由がある。


(ここで沈められるわけにはいかない。すずが乗ってるんだぞ!)


 彩晴はスクリーンに映る艦隊を挑むように睨みつける。


「ハツ、全武装の使用と、生命体への殺傷を許可する。だが、俺が許可するまでは絶対に撃つな」


 彩晴は艦長席から、AIによる武装の行使と殺傷行為を認めるコードを撃ち込む。AIによる殺傷行為の承認。地球連邦宇宙軍の艦艇に乗る人の仕事は、実はこれだけと言っても過言ではない。戦闘の判断は人間が行い人間が責任を負う。それこそが戦闘艦にとって足手まといにしかならないはずの人間が、絶対に乗らなければならない理由である。


「どうやら話が通じない連中らしい。包囲される前に離脱する!」

「アイサー」


 囲みの薄い方向へ舵を切るハツヒメ。だが、逃げ道を塞ぐように小型艦が回り込んでくる。ハツヒメより大型だが、動きは悪くない。


「なんだ? こいつら、俺達をいたぶってるつもりなのか? すげぇ嫌な感じだ」


 小型艦は濃緑色に塗られた葉巻型の船体に、大型の単装のレーザー砲を上下左右に備えている。4門を一斉に射撃すれば、かなりの火力になるだろう。だが、今は単発に撃ってくるのみで、明らかに手加減していることが伺える。


 圧倒的優位な状況で、弱者をいたぶるのを楽しむかのような攻撃。気分を害したのは涼穂も同じだった。


「まるで狩りを楽しんでるみたい」

「ああ、俺達を獲物に遊んでるな。悪趣味この上ないぜ」


 空母や戦艦は悠然と構えるだけで動きを見せない。涼穂の言う通り。まるで、猟犬に追い立てられる兎を眺めるかのように静観している。


「ハツ、スタードライブで離脱できないか?」

「艦隊が邪魔でスターウェイを展開できません」

「だよなぁ……」


 スタードライブを行うには、目標となる観測点までの間を直線で結ぶ、超空間航行路を開く必要がある。その最、進路上に自艦より質量の大きな物体があると、超空間航行路が途切れて、通常空間に戻ってしまう。そこで回避出来なければ衝突だ。ハツヒメがスタードライブするには、どうしても目の前の艦隊を回避する必要がある。


「よし! この星の連中に地球人の意地を見せてやろう! イナーシャルジャイロドライバーフル稼働! 高機動モードで包囲網を突破する! 進路はそのまま! 直進して奴らの本体に飛び込む!」

「艦隊の中を突っ切るってこと!?」

「ああ! 正面から突っ切ってスタードライブで離脱する!」


 3万隻の中を突っ切る。彩晴自身、無茶を言ってる自覚がある。だが、反対する者はいなかった。


「あやらしいね。良いと思う」

「私もそのプランで異論有りません。本艦の性能を異星人の皆さんに見せつけてやりますよ!」

「よし! やれ! ハツ!」

「アイサー! イナーシャルジャイロドライバーフル稼働! 高機動モードに移行します。ベルト装着よし! イグニッション!」


 急加速したハツヒメ。包囲しようとせまっていた小型艦にあわや衝突すると思いきや、ぎりぎりのところで起動を変えた。


 イナーシャルジャイロドライバーは旋回起点を作り出す船の舵となる装置である。ハツヒメはX状に広がる4枚のスタピライザーと、艦本体に合わせて5基のイナーシャルジャイロドライバーを装備している。通常は本体のみを稼働させているが、スタピライザーの4基を稼働させることで、戦闘機にも劣らない大胆で機敏な機動を取ることが可能となる。この状態を高機動モードという。


 ハツヒメは機動力にものを言わせて、小型艦の群れをすり抜け、空母と戦艦の脇を通過していく。


「よし! やつらハツヒメの動きに付いてこれない! このシステム最初聞いた時は考えた奴馬鹿だろって思ったけど、結構使えるな!」


 本気の機動を見せたハツヒメに、向うも焦りを感じたようだ。反転した戦艦が巨大な砲塔を旋回させる。そして発砲。しかし強力なビームはハツヒメに当たることなく、追撃してくる小型艦を宇宙の塵に変えた。


「あいつ味方ごと撃ちやがった!?」

「普通当たる? 戦術リンクしてないの?」

「ないみたいだな……まるで小型艦は使い潰しても構わないって感じだ」


 接近戦を仕掛ける小型艦の後方から大型の戦艦が砲撃するのは、別におかしなことではない。地球の艦艇ならば、20世紀後半に開発され、時代が進むにつれて改良されてきたていた戦術リンクシステムによって、味方を誤射することなどありえないからだ。


「小型艦に人権無いんですかね? 私この星に生まれなくて良かったです」

「しかし、ハツはよく避けれたな。まるで後ろにも目が付いてるみたいじゃないか」

「ついてるんですよ。観測機器で敵艦の動きを監視してますからね。あれだけ大きな砲なら、射線を読むのなんて朝飯前です!」


 幾度かの砲撃が続いたがハツはそれを全て躱して見せる。武装は全て格納式の地球連邦宇宙軍の艦艇とは違い、この星の艦艇は威圧するかのように武装を見せつけている。ハツはレーダーや観測機器でそれらの動きを全て把握し、回避行動をとっているのだ。


「威圧的な設計が仇になったな。それにしてもすごいな。人間の操舵士が要らなくなるわけだ」


 イナーシャルジャイロドライバーによる超絶変態機動。そして、レーダーなどの観測機器から得た全ての情報を統合ししての操艦。到底人間に出来る事ではない。


 包囲を振り切ったハツヒメが艦隊本体に突っ込んでいく。すると、戦艦からの砲撃はぴたりと止んだ。どうやら本体の方には流れ弾を当てたくないらしい。


 変わりに本体側から砲撃が来た。外れたレーザーやビームが、ハツヒメを追っていた大型の戦艦や空母に着弾する。空母の盾になった一隻の戦艦が火を噴いて爆散、轟沈する。


「戦艦にも人権が無いようです……」

「どうなってるんだこいつら!? 無人じゃないんだろ?」

「はい。各艦は通信でやり取りしています。有人なのは間違いありません」

「人権って概念がそもそも無いのかもしれないな」


 小型艦の追撃を振り切り、砲撃をかいくぐり、ハツヒメは3万隻の中へと飛び込んでいった。

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