第20話 苦悩

俺は耐えられなかった。酒が飲みたく手仕方がなかった。

アルコール依存症の離脱症状、いわゆる、幻覚と幻聴に悩まされた。

仕方ない、俺のいままでのツケみたいなもんだ。

そして、俺は家から逃げ出してしまった。


駄目だ、引き戻さないと。

でも、酒がほしい。

酒を少しでも飲めば楽になれる。

そうだ。

そうだよ。


(幸樹さん)

(恵子じゃないか)

(どうか、香住と健作を助けてあげてください)


あの時と同じだ。

幻覚なのか、それとも恵子がそばにいてくれているのか

でも、俺は苦しいんだ。

許してくれ、恵子。


(幸樹さん、幸樹さん‥…)

(恵子)


(自分を見失わないでください。私は幸樹さんと一緒にいられて幸せでした)

(でも、今は香住と健作が苦しんでいます。どうか、助けてあげてください)

(幸樹さんなら、きっとできるはずです)


(俺はどうすればいいんだ)


(大丈夫です、私が見守っています。必ず幸樹さんは乗り越えることができます)


(恵子、会いたい)

(恵子、会いたい)


(幸樹さん……)

(もう、それはできません)


(なら、いっその事)


(駄目です。幸樹さんらしくないじゃないですか)

(いや、お前の元へいきたいよ)

(駄目です。幸樹さんにはすべき事が残っています)


これは、夢か幻覚か想いなのか?

駄目だ、帰らないといけない。


俺は必死な思いで家までたどり着いた。


「ご主人様、心配していました」

「申し訳ない」


「もう少しです」

「もう少しで乗り越えられますよ」

「あの若かった頃のご主人様に戻ってください」

「私が憧れていたころのご主人様に……」

「なぜ、私が家政婦になったかわかりますか?」

「ごめんなさい、取り乱してしまいました」


「いや、大丈夫だよ。それより、心配をかけさせて申し訳なかった……」

「いえ、ご主人様なら、きっと乗り越えられます」

「あの頃は難しいオペを成功させていたじゃないですか」

「だから、必ず乗り越えられますよ」


「ありがとう、上田さん」


「今日はゆっくりお休みになられてください」

「ああ、ありがとう」

「でも、今日は健作さんが帰ってこないですね」

「そうか、帰ってこないのか」

「どうしたのでしょうか?」


酒をやめてから、思うように眠れなかったが、特にその夜は眠れなかった。

俺はいったい、何をすべきなのか。

もちろん、酒をやめないといけないのはわかってはいる。

しかし、恵子を失った以上、生きている意味があるのか?

それは、恵子が言うように健作と香住を守るだけか?

いや、それだけじゃないような気がする。

それは何なんだ。

今の俺にはわからないじゃないか?

いいんだ。

俺は苦しむべきだ。

恵子を殺して、健作と香住を悲しませている。

悪いのは全て俺だ。

いっその事消えてしまいたい。


(幸樹さん、幸樹さん)

(恵子‥…)

(自分を信じてください。幸樹さんなら必ず乗り越えられます)

(恵子、いや、駄目なんだよ。俺には父親である資格はないんだ)


(そんな事はありません。今からでも十分遅くはありません)

(幸樹さん、幸樹さん、お願いします。昔の幸樹さんに戻ってください)

(必ずできるはずです)


(恵子……)


駄目なんだよ、恵子

俺はもう昔の俺じゃない

何がカリスマ医師だ。

人が笑いやがるぞ。

やはり、お前の元へ今から行く。


『幸樹さん、幸樹さん』

『また、どうしたんだ?慌てた顔をして』

『実は生まれてくる子供が双子なんです』

『それはいいね。俺もうれしいよ』

『でも……』

『やっぱり出産のことを心配しているのか?』

『はい、心配で心配でたまりません』

『大丈夫だって何回言わせるんだ』


何なんだこの記憶は、俺を苦しめる気か


(幸樹さん、負けないで)

(お願いします)


俺はどうすればいい。

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