第18話 切なき偽り

父さんは必死で病気と向き合っていた。

僕は僕で、香住さんが妹だということを知り複雑な気持ちだった。

生きていく意味が、何となく分かってきたような気がしただけに、僕にはどうしても、香住さんへの想いの整理ができなくて、苦しんでいた。


気がつくと、僕は香住さんと語り合った海を歩いていた。

なぜ、香住さんに惹かれたのだろうか?

美しかっただけだろうか?

それとも、兄妹だったからだろうか?

僕は香住さんとは結ばれない。

どうすればいいのだろうか?


やはり、僕にはまだ生きている意味がわからないのだろう。

ずっと、父親の酒に溺れてきた姿を見てきたからそう思うのだろうか。

それとも、僕自身の心が弱いのだろうか?


僕は浜辺をひたすら歩いていた。

すると、なんと香住さんが浜辺に座っているではないか。


「香住さん……」

「健作さんでしたね。私のお兄さん」

「そうだよ……」

「私はどこから来たのですか?」

「大丈夫だよ。ゆっくり思い出せばいいよ。ここへは先生の許可をもらってきたのかな?」

「はい。お兄さん」


僕は「お兄さん」と呼ばれて何とも言えない気持ちになった。

そうだよ、僕は香住さんのお兄さんなんだ。

そうあらためて、想うのだった。

でも、やはり、僕は香住とは呼ぶことはできなかった。

どうして、香住さんへの想いが断ち切れないのだろうか?

どうして、香住さんは妹だったのだろうか‥…

ペンダントが落ちなかったらと思うと、僕は気持ちを隠すことが出来ないような気がした。


浜辺から道路へ行くのには岩場の段差があった。

気がつくと僕は香住さんの手を取っていた。


「健作さん‥…」

「健作さん……どうして?私のお兄さんなのですか……」

「健作さん……」


「え……」


「どうして、私のお兄さんなのですか……」


「香住さん、記憶が戻ったの?」


「いえ、記憶を消していました」

「私には健作さんがお兄さんであるという事を、受け入れる事が出来ませんでした」「騙したようでごめんなさい‥…」

「ごめんなさい……もう、これ以上は言えないです」


「そうだったんだ……僕も複雑だよ」

「お父さんに申し訳ない事をしました」

「そうだったんだ。記憶はあったんだね」

「はい……」

「大丈夫だよ。父さんには僕からいいように言っておくから」

「ごめんなさい」


僕は父さんには黙っていることにした。

せっかく、断酒しているからだ。

そして、家に帰ってからも父さんには、浜辺の出来事は言えなかった。

父さんの辛さが手に取るようにわかり、僕は辛かった。


兄妹であった事が僕と父にとって良かったのだろうか?

もし、他人だったらどうなっていたのだろうか?

僕は幸せだったかもしれないけど、父さんは相変わらず酒を飲み続けていただろう。


そう思うと、浜辺での出来事について父さんに言えないじゃないか。

兄妹で良かったんだ。

そう思う事にした。

辛いけど……


「健作、そろそろ、香住に会いにいってみようか」

「ああ、そうだね……」


そして、診療所を訪れた。


「香住、父さんだよ。無理して思い出さなくていいからな」

「どうして、涙を浮かべている、香住」

「父さん、実は……」

「ごめんなさい、やっぱり思い出せなくて……」

「それでいいんだよ、香住。ゆっくりでいいんだよ」

「はい……」


香住さんも察していてくれたのだった。


「健作、父さんは先生と話に行ってくるから」

「ああ、わかった」

「健作さん……」

「ごめんね、実は父さんに言えなかったんだ」

「必死に断酒しているからね、ごめんね」

「いえ、私が嘘をついたのがいけないのですから」

「でも、断酒のきっかけになれたから良かったんだよ。父さんには記憶をなくしたように演じてくれないかな」

「はい」


そうしているうちに父さんが病室へ戻ってきた。


「健作、主治医と話してきたぞ」

「俺も専門は脳外科の方だったからな、意見を聞いてきた」

「香住、ゆっくりでいいんだ。焦って思い出そうとしなくてもいいからな」


「はい……」

「何も泣くことはないじゃないか?」

「父さん、そろそろ帰ろう。あまり、長居すると香住さんにも負担がかかるだろう」

「健作、香住さんじゃないぞ。香住でいいんだ。お前の妹なんだから」

「そうだね……」

「じゃあ、香住、また健作と一緒にくるからな」

「はい」


それぞれの想いは複雑だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る