第3話

 猫嶋と星野尾の持つ情報量は全く同じだ。


 学校近くに住むお婆さんが猫を探しており、その猫の外見や特徴については一切わからない。


 これが二人に与えられている依頼解決のためのヒントであり、これ以上の情報は現在のところ皆無。


 つまり、言うまでもなく、個体の特定などしようもないということになる。


 にも関わらず、彼女はこの黒猫を、依頼人の探し猫だと断言した。自信満々に言い切った。だとすれば、そこにどんなロジックがあると言うのだろう。


「なんでそんなことが言い切れるんですか? 首輪に名前が書いてあるわけでもないし、その子に直接聞いたわけでもない。その子が探し猫かどうかなんてわからないじゃないですか!」


 俺の抱いた疑問は、口にするより先に猫嶋によって問いかけられた。


「じゃあ私からも聞くよ。この子が依頼人の探し猫ではないと思う根拠は?」

「……こ、根拠? それは……その子に聞いても、それらしい答えが返ってこなかったので……」

「動物との会話なんて、根拠として乏しすぎるよ」

「そ、そんな⁉」


 バッサリと切り捨てられ、猫嶋は膝から崩れ落ちる。


 てっきり探偵部は皆アレをやるのかと思っていたが、ちゃんと常識的なツッコミを入れるやつもいるんだな。


「そう、この子が探し猫ではないという根拠はないんだよ」

「でも、探し猫だという根拠もないじゃないですか!」

「その通り。つまり、どちらかわからないということだね。探し猫かもしれないし、そうでないかもしれない」


 極めて当然な発言に、猫嶋は首を捻る。


 さっきはこの猫がそうだと断定していたのに、今度はどちらかわからないとは随分と無責任じゃないか。話が見えてこないな。


「あの……それじゃあ、結局探し猫は見つかってないんじゃないですか?」

「どうして? この子がその猫だっていう可能性もあるんだよ?」

「それはそうですけど……確定できないじゃないですか」

「そうだね。どんな猫かわからない以上、私たちじゃ確定できない。ではね」

「……どういう意味ですか?」

「簡単な話、依頼人の前に持って行けばいいんだよ。それでこの猫が探していた猫だってことがハッキリする」


 これまた当然の意見だ。だからこそ困惑するしかない。それでは猫はまだ見つかっていないと言っているのと一緒じゃないか。


「もしかして、街中の猫を全部捕まえて、一匹ずつ全て依頼人に見せれば解決するということですか? 流石にそれは無理があるんじゃ……」

「いいや、そんな手間のかかることはしないよ。見せるのはこの一匹だけ」

「……え? つまり、その子が探し猫である確率に賭けると? 運頼みですか?」

「違う違う。だから言ってるじゃないか。探し猫は絶対にこの子なんだよ。この子で確定しているんだ。依頼人に見せさえすれば、それで解決なんだって」


 星野尾の自信は崩れない。相変わらず、猫嶋を見下すかのように得意げに踏ん反り返ったままである。


 確率に頼るわけではなく、ヤケクソになったわけでもなく、これで確実に依頼は解決するという絶対的な確信を持っているようだ。


「……ああ、そういうことか」


 ここでようやく、俺は彼女の意図を理解した。どちらかわからないと言っておきながら、絶対にそうだと断定する彼女の真意を汲み取った。


「え、何かわかったんですか?」

「まあ……多分な」


 俺は人の心が読めるわけじゃない。だから星野尾が何を考えているのかハッキリとわかるわけではない。

 しかし、彼女が浮かべているあの性格の悪そうな微笑を見る限り、恐らく俺の推理は当たっているだろう。


「助手君が気づいているのに私が気づかないなんて……悔しいです!」

「そうか」

「でも、このままエイリに勝ち誇られる方がよっぽど悔しいので、教えてください! エイリは一体何を企んでいるんですか?」


 この二人は、ひょっとして仲が悪いんだろうか。

 人手がいる仕事をわざわざバラバラになってやるぐらいだし、協調性がないことは確かのようだが。


「あくまで俺の推測だが……」


 一応保険をかけておく。俺は探偵ではないからな。関係者一同を集めて自信満々に語り出すわけではない。


「その依頼人のお婆さん、目が悪いって言ってたよな?」

「ええ、はい。言いました」

「で、受け答えもあまりハッキリしないと」

「そう……ですね。猫の特徴は結局聞けなかったので」

「だったらさ、どうせわからないんじゃないのか? 星野尾が言ってるのは、きっとそういうことだろ」


 そこまで言うと、猫嶋も察しがついたようで、みるみる内に表情が険しくなっていく。


「まさか、全く関係のない猫を、探し猫だと言い張って渡すつもりですか⁉」

「少し違うね。この猫が探し猫である可能性はちゃんと存在する。だから私たちは本人に確かめてもらうだけだよ。もちろん、余計なことは言わない。なにせ本人にしかわからないことだからね。この猫こそがそうだと断定せず、かといって否定もせずに渡せばいい。それで受け取れば、依頼は解決だ」

「見分けられないのなら、別の猫だろうが同じことだとでも? そんなの、ほとんど騙しているみたいなものじゃないですか!」

「そうかな? 本人に確認してもらうわけだし、嘘を吐くわけでもないからね。騙しているってのは言い過ぎなんじゃない? 私はちゃんと、頼まれたことを遂行するだけだよ」


 あまりにも捻くれた理屈だが、別に間違ってはいない。倫理的にはともかく、論理的には正しい。


「それに、このまま猫が見つからずに終わるよりはいいんじゃないかな。本物かどうかハッキリしない猫であっても、本人が本物だと認識しているのなら、それを偽物だと言い張ることは誰にもできない。誰も傷つくことはないし、私たちも依頼を完遂できる。オールパーフェクトじゃないか」

「それは……でも……」

「さて、もう反論はないかな?」


 猫嶋は口を引き結んで俯いた。

 気に食わないが、反論はできないらしい。彼女の強引さは、星野尾相手には通用しないようだ。


「じゃあ、そういうことだから、私は依頼人のところへ行ってくるよ」


 そう言って星野尾は勝ち誇りつつ、背を向けて去って行った。

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