第21話 いつの間にか完成していました

「スーハースーハー」


 小さな寝息が研究室の中に立ちました。

 目を細め、腕の上に頭を置く姿。

 気持ちよさそうに眠っていましたが、その隣では、火を掛けた瓶があります。


 ガタン!


「はっ!?」


 私はハッとしました。

 如何やら今の今まで眠っていたらしく、鈍い瓶の倒れる音が聞こえてきて、嫌な予感がしてしまいます。


「確か、瓶はまだ火が掛けてあって……」


 何で眠ってしまったのでしょうか。

 火を使っている間は絶対に眠ってはいけないのです。


 それを私は聖水を作って行く中で身に染みる思いで分かっていました。

 それなのに私は……と、私は顔色が青白くなり、頭を抱えます。


 しかしここで私は気が付きました。

 先程から火の臭いがしないのです。

 加えれば、何も燃えていません。

 見れば瓶の火が消えている上に、瓶が半分まで傾いているだけで、中身は漏れていませんでした。


「はぁはぁはぁはぁ。危なかったですね」


 こんな奇跡が起こるとは思いませんでした。

 ですが眠ってしまったのは私の責任です。

 一歩間違えれば大変なことになっていました。私は自分のことを戒めます。


「ですが何故? いつもの私なら眠らない筈ですが……あれ?」


 研究用の机にマグカップが置かれていました。

 シュナさんが持ってきてくれたものですが、何か変な匂いがします。

 甘いような、でも眠気を誘うような匂いでした。


「コレはスヤスヤ草の匂いですね? もしかして、シュナさんが?」


 私はそう考えます。

 ですが何故こんな真似をしたのかは分からず、首を捻りました。

 その途端、急に扉が開きます。振り返ってみると、そこに居たのはメイド服を着たシュナさんでした。


「シュナさん!」

「お目覚めですか、アクアス様。よくお眠りになられていて良かったです」


 その含みを持たせたような言い回し。

 やっぱりシュナさんの仕業だったようです。


「シュナさん!」

「はい、何でしょうか?」


 私は注意をしようとしました。

 しかしシュナさんさんは私にこう言います。


「ここ最近のアクアス様は妙に張り詰めてしまっていましたよね。聖水の作成には時間も労力も精神力すらも奪ってしまいます。疲労が溜まってしまっていたアクアス様にこれ以上の心労は掛けたくないと思い、紅茶の中にスヤスヤ草を混ぜて置いたのは良かったかもしれませんね」


 シュナさんはマグカップの中を見ます。

 そこの方にスヤスヤ草の粉末が固まって残っていたのでホッと胸を撫で下ろしていました。


「シュナさん。如何してそんな……いいえ、それは分かりましたね。ありがとうございます」「いいえ、感謝されるようなことではありません。むしろ……」

「そうですね。本当は怒りたい所ですが、こちらのビーカーと火を止めておいてくださったのは?」

「はい。私がしておきました」


 如何やらシュナさんは私の教えたことをしっかり実感してくれたようです。

 私は胸を撫で下ろします。

 こうしてシュナさんに支えて貰っていることを、私は改めて実感し、怒る気になれません。


「ありがとうございます、シュナさん」

「見様見真似ですが、お役に立てて何よりです」


 シュナさんは頭を下げます。

 主人である私が本来やるべきことを代わりにやってしまい、申し訳ない気持ちがあるようです。


 その感情を吹き飛ばしてもらいます。

 私はシュナさんにお願いします。


「シュナさん、後少し、私に力を貸していただけないでしょうか?」

「アクアス様」

「後はこの聖水を冷やして、少し改良を加える程度で終わります。ここから寝ずに行きますが、付いて来てくれますか?」


 私はシュナさんに頭を下げて頼みます。

 するとシュナさんは満足そうに答えました。


「かしこまりました」


 私はシュナさんと一緒に聖水を作ります。

 とは言えここからは簡単です。

 私とシュナさんは数日の間一睡もすることができませんでした。

 しかしそのおかげで聖水は完成し、後は怜那さんに飲んでもらうだけになり、ここまで来たことを喜びました。

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