青紫の巫女舞

第6話 別居中でも変わらない

「うーん」


 私は暗い部屋の中で、一人作業を続けていました。

 明日灯りだけが机を照らし、そこでビーカーと試験管を並べます。


 中には液体が入っていました。

 透明な液体で、まるで水のようですが、少し違います。


 もちろん毒性の強いものではありません。

 人体が摂取しても大丈夫なものでした。


「まだ色が付きませんね」


 私はビーカーの中の液体と睨めっこしています。

 一枚の花弁が入っていて、薄いピンク色をしています。


 この辺り一帯の山から採取した花の花弁です。

 とても綺麗な色をしていますが、実はとある病気に効果的な成分を含んでいました。


 それを知ったのはつい三ヶ月前。

 それから他の聖水と一緒にじっくり研究して作っていたのですが、なかなか聖水化には苦戦しています。


「まさかこんなに時間が掛かるなんて……」


 正直、いつもならこんなには掛かりません。

 しかしこの花が新種だったこともあり、何な手をつけたらいいのか分からなくなってしまっていたのです。


 そんな八方塞がりの中、私はブレイズさんのおかげもあって、ようやくここまで漕ぎ着けることができました。

 この聖水が実用化されれば、多くの人の命を救うことに繋がる。私にはその確信があったので、一生懸命頑張っていました。


「おっ!」


 私は声を上げてしまいました。

 ふとビーカーの中を見ると、花弁のピンク色が若干滲んでいたからです。

 もしかしたらようやく? と思った私は、盛大に大きな欠伸をしてしまいました。


「ふはぁー。少し眠りましょうか」


 私はウトウトしてしまいます。

 今にもおでこを机に叩きつけてしまいそうになり、少しだけ眠ることにしました。


 三日ぶりの睡眠です。

 流石に三徹は体に堪えますと、脳が活動限界を迎えてしまいました。




 気が付けば朝になっていました。

 閉め切ったカーテンの隙間から、薄らと光が差し込みます。


 私は頬を焼かれました。

 直射日光が私を夢の世界から覚まします。


「ん? あっ、もう朝ですか」


 目の下には深い隈ができていました。

 顔を上げて目の前のビーカーを見てみると、ピンク色に染まっています。私は感動して声を上げました。


「つ、ついに完成しました!」


 こんなに嬉しいことは久々です。頑張った成果が出ました。

 心の底からの叫びは、部屋の中だけでは止まらず、外にも響いていたようです。


「如何なさいましたか、アクアス様」


 扉が開きました。

 そこに居たのは一人の女性。

 綺麗な黒い髪に黒い瞳、細身の体にはそれなりに筋肉が付いていて健康的。にもかかわらず、肌の色はやや白く表情の起伏も薄い。

 一見すると話しにくそうですが、とってもいい人です。


「シュナさん、もしかして騒がしくしてしまいましたか?」

「多少ですが。それで、何が完成したのでしょうか?」


 シュナさんは私に尋ねます。

 私は嬉しくてついつい話し出してしまいます。


「コレができたんです」

「アクアス様、失礼ですがそちらは?」

「コレはですね、皮膚病に効く飲み薬です」

「皮膚病ですか?」

「はい。この辺りではあまり聞きませんが、火山地帯では炎系の魔力によって生じる、灰化性皮膚炎症がありますよね。アレに効くんです」

「なるほど。かなり限定的ですが、これは便利ですね」


 シュナさんもそう言ってくれます。

 この世界には普通の水素や酸素以外にも魔素と呼ばれる元素が存在していて、それらが何らかの形で電磁波を受けると魔力と呼ばれるエネルギーに変わります。


 その化合物は人体に影響を及ぼす可能性もあり、灰化性皮膚炎症は、火山灰から生まれる病気です。その病気に苦しめられている人も大勢いて、私が作っていた薬がたまたま効果をもたらしてくれました。


「後はこの薬の認可を貰って、王都から運んで貰えば良いのですが」

「きっと上手くいきます。アクアス様の作る聖水は天下一品ではありませんか」


 シュナさんは褒めてくれます。

 私は率直に受け取ります。


「ありがとうございます、シュナさん」

「こちらこそ、おめでとうございますアクアス様」


 私とシュナさんは聖水の完成を共に喜び合いました。

 これが私の日常。事実上の結婚を迎えた後、私は日夜聖水を作ることに奔走しているのです。

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