第3話 怪我は治さないとダメです。

 私は青年に助けていただきました。

 身長も高く、顔立ちも整っていました。

 しかもとんでもない魔法の使い手だと分かりますが、私はそんなことには目もくれず、右手の怪我が気になります。


「右手を怪我していますよ」

「ん? ああ、そうだね」

「ああ、そうだね? なんでそんなこと言えるんですか!」


 私はついつい怒鳴ってしまいました。

 青年は顳顬こめかみを掻きながら、少し困った様子です。

 しかし奥底から何かを引っ張り出すみたいに、頑張って説明してくれます。


「大丈夫。僕は慣れているから」

「慣れているから……むしろ危険ですよ! 怪我に慣れてしまったら、本当に大事な時に気が付かなくなってしまうんですよ!」


 私はまた怒鳴りつけてしまいました。

 青年は驚いた様子でしたが、私も驚きです。如何してこんなにも怪我に無頓着なのか。

 怪我の程は小さいですが、それでも綺麗な赤い血が滴っています。今すぐ応急処置が必要と判断し、私は焦ることはなく、手早い動作でトランクを開けます。


「今こそ役に立つ時ですね」


 私はトランクの中から聖水を取り出します。

 それから包帯。この二つがあれば、この適度な怪我はすぐに治せます。


「それは何かな?」

「これは聖水です」

「聖水……聖水!」


 青年は声を上げました。まさか聖水と言う単語ワードに反応してくれるとは思いませんでしたが、少し不安そうです。


「聖水が如何してここに?」

「私が作ったんです。安心してください。すでに実証済みですから」


 私は青年の右手を押さえます。

 まずは止血。そのためにも聖水は効果的でした。


「少しひんやりしますが動かないでくださいね」

「う、うん」


 私は聖水を掛けました。

 透明な液体が右手に降り注がれると、たちまち淡い粒子を放ちます。

 パチパチと光を上げ、電気と化合します。

 すると青年の手の怪我は良くなっていきました。


「凄い……」

「凄くはないですよ。本当は怪我をしないことが一番なんです」


 私は包帯を丁寧に巻きました。

 怪我は聖水のおかげですぐにでも治るでしょうが、包帯を巻いて一晩経てば完璧です。


「これで良し。もう大丈夫ですよ」


 私は笑みを浮かべた。相手に安心を与えること。これも一重に大事なことです。

 すると青年も何かを感じ取ったのか、頬が赤らみました。

 包帯を見つめると、手の痛みがまるでありません。


「こんな魔法医学に出会えるなんて、僕は幸運だよ」

「魔法医学? はぁ、私は聖水を作っているだけですが」


 私はピンと来ませんでした。

 正直、聖水以外のことはよく分からないのです。小難しい話をされても困ります。


「それがとても素晴らしいことなんだよ。もっと誇っても良いと思うよ、僕は」

「はぁ?」


 別に誇る気なんて全くありませんでした。

 なので聖水の素晴らしさを理解してくれているのはありがたいのですが、それ以上は何も感じません。


「ありがとうございます。それと一つ、もう怪我はしないでくださいね。聖水も……」

「万能じゃないんでしょ? 大丈夫。僕は心得ているから」


 赤茶けた髪の青年は、私そう言ってくれた。

 それが少し嬉しくて、ポッと胸が温かい気持ちになります。この人はちゃんと聖水の力を理解してくれている。それだけで嬉しさが何倍にも膨れ上がりました。


「改めてありがとうございます。あっ、私はこれで失礼しますね」


 そろそろ時間でした。

 待ち合わせ場所に向かわないといけないので歩き始めた私でしたが、ふと青年は私を止めました。


「少し待ってくれるかな?」

「はい?」


 私は足を止めました。

 すると青年は胸に手を当てます。


「僕はブレイズ・エルシェード。ここで会ったのも何かの縁と言うことでね、名乗らせてもらったよ」

「はぁ? それじゃあ私も。アクアス・シェイレンです」


 私も名乗りました。

 するとブレイズさんは「アクアス・シェイレン。覚えさせてもらったよ」と呟いていました。


 私は名乗る程の者でもないのに。なんとなく謙遜してしまいます。


「それではブレイズさん。私はこれで」


 私はそう言うと、トランクを持ってこの場を後にします。

 ガタガタとトランクの車輪が回ります。


「シェイレン家。シェイレン伯爵家と言うことだね。まさかあんな才能の原石が居たとは思わなかったよ。それに……」


 ブレイズは自分の手を見ました。

 包帯で巻かれた手は完全に止血が済んでいて、包帯を解くと血が止まっていました。


「僕の怪我のことをあんなに心配してくれるなんてね。うん、やっぱりそうだ」


 ブレイズは何かを確信しました。

 それから笑みを浮かべると、青い空を見上げていた。

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