学校で一番可愛い女の子が、わたしの胸をもみたくて土下座する話。

最宮みはや

修学旅行

前編

 わたしはマカデミアナッツクッキーが大好きで、小学生くらいの頃なんてないと泣いて暴れたと母さんによく言われる。

 うっすら記憶にはあるし、今もマカデミアナッツクッキーは大好きだけど泣いてはいなかったと思うし、まして土下座なんて――。


「ど、土下座って、白戸しろとさん、やめてよっ! 顔上げて!」


 学校で一番可愛い子って有名だったから、白戸夕里ゆうりのことは前から知っていた。

 でもクラスが違ったし、別にそこまで興味がなかったからちゃんと顔を見るのは初めてだった。


 深々と下げられた頭は、そのまま額が床にぴったりとついているようだった。

 学校一の可愛い顔は、わたしの切実な要求をやっと聞き入れて、面を上げてくれる。――ああ、やっぱりあの白戸さんだ。すごく、可愛い。


「つまり、私のお願いを聞いてくれるってことですか!?」

「えとね、白戸さん」

千冬ちふゆさんっ、いいんですか!?」

「……あの、ね」


 わたしの名前が呼ばれて、最後通告のように確認される。けれどその前に状況を整理したい。

 修学旅行で来たそこそこ綺麗なホテルのよくわからない部屋――ベッドのシーツや、カバーの替えがたくさん置かれているから多分リネン室ってやつかな?――で、わたしは学校で一番可愛い子に土下座されて、


「わたしに千冬さんの胸を揉ませてくれるんですよね!?」


 胸をもませてほしいと懇願されている。

 なんでこんなことになったのかは、全くわからない。夢かな? それとも、ドッキリ?


「冗談じゃないんだよね?」

「本気ですっ!! なんでもしますっ、財布ですか!? 保険証のコピーがあればいいですか!?」

「……ごめん、どっちもいらない」

「お願いします。どうしても千冬さんの胸を揉みたいんですっ」


 クラスメイトと比べても確かに大きい自分の胸を眺めて、なんでって、呆気に取られる。いや、本当になんで。


 思い出すとこうだ。

 つい小一時間前、友達数名と大浴場へ行ってきたのだが、「うわっ、ちーの胸ほっんと大きいし、形もいいなぁ。うらやましい」と褒められて、つい「揉む? ほらほら、修学旅行中はサービスするよー」なんてふざけていって、そのまま軽くじゃれていた。


 入浴時間はいくつかのクラス事に分かれていたけれど、どうやら白戸さんのクラスも同じ時間帯だったみたいだ。

 多分、彼女もあの時その場にいたのだろう。


 それから部屋に戻って、みんなとトランプして、負けたわたしは全員分のお菓子と飲み物を買ってくる『おつかい係』になった。


 それでホテルの一階に併設されているコンビニへ向かっている最中、突然白戸さんに声をかけられて、「すみません、ちょっと廊下だと……」と流されるままこの部屋へ連れ込まれたのだ。

 

 白戸さんは風呂上がりで化粧気はなく、まだ少しだけ頬が赤らんでいる気がした。わたしと同じように、学校指定のジャージを着ている。


 二人きりになると直ぐ、「私にも千冬さんの胸を揉ませてください」と土下座された。わたしが何か言う隙もなく、一瞬で床にはいつくばる学校一可愛い白戸さんに、言いようのない恐怖を覚えた。友達ともじゃれていたし、別に同性相手なら胸を触られるくらいどうってことでもないんだけど。


「なんで、そんなに揉みたいの?」


 あまりにも真に迫った彼女の様子に、わたしは「はい、どうぞ」とは言いにくかった。


「好きだからです」

「胸が?」

「千冬さんが好きなんですっ!!」

「え?」


 唐突に出て来た言葉に、口が自然と開く。


「もちろん、胸も嫌いじゃないんですが……ですが、胸ではなく、千冬さんへの好意からです。私は千冬さんが好きだから、千冬さんの胸を揉みたいんですっ!」

「ちょっ、ちょっと待って」


 白戸さんが、わたしを好き? どういう意味の好きなんだ、それは。


「……えっと、整理すると白戸さんがわたしを好きで、胸をもみたいってのは私が好きだからってことなんだよね? だったら胸じゃなくて、肩とか脚でもよくない?」


 昼間は特に興味もない観光地をうろうろして、お風呂に入ったくらいでは疲れが抜けきっていなかったから――ではないけれど、純粋に思ったことを聞いてみた。


「すみませんっ!! 千冬さんによく見られたくて、濁して言いましたが……正直に言うと、胸は好きです。だいぶ好きです。千冬さんの大きい胸にひかれて、千冬さんを好きになったという可能性を完全には否定できませんっ」

「そ、そっか」


 可愛い子が考えていることってよくわからないな。

 わたしは、おつかいの最中で友達を待たせている。胸が好きなだけなら、さっさと満足してもらって解放してもらいたいけれど。


「あのさ、わたしのこと好きってのは……えっと、わたしはどうしたらいいの?」

「胸をもませていただければ」

「……返事とかは、いいんだ」


 少なくとも今は胸のことしか頭にないようだ。だったら胸くらい触らせても――。


「お願いします、千冬さん。好きですっ大好きなんですっ」


 大きな瞳がうるうるとわたしを見つめている。

 風呂上がりで化粧だってしていないみたいなのに、長い睫毛と綺麗な桃色の口紅で、同性のわたしも思わず胸を押さえたくなるくらい可愛い。


 なんでこんな可愛い子がわたしの胸をもみたがっているのかわからない。しかも好きって。いや、その好きはわたしのことなのか、胸のことなのかわからないけど。


「お友達には、揉ませていましたよね? その、だからっていうのは大変失礼なことかと思いますが、どうか私にもそのご寵愛を」

「ご寵愛って……友達には、そういうので触らせてたわけじゃないんだけど」


 顔と言い回しで、妙に意識してしまう。単なるじゃれ合い、冗談の延長戦、友達同士のスキンシップ。そう割り切っていいんだろうか。


「えっと、胸、揉むくらいなら……いいけど」

「ほ、本当ですかっ!?」


 ぱぁっと音が聞こえてきそうなくらいに、正座したままの白戸さんが満面の笑みを浮かべた。

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