第34話 鬼の軍

 目の前から並列に巨漢の鬼たちが迫ってくる。

 その数100人。


 鬼の王は優雅にまっすぐに地面を踏みしめてヴァンロードの元へと一直線に向かってくる。

 歩き方は余裕そのものであり、地面を踏みしめる足はとても筋肉質所の話ではなかった。


「やれ」


 鬼の王オジングがそう呟くと。


 100人の鬼が半分に別れて50人と50人でアンデット王のボーン卿とグール族のブレイク目掛けて飛来した。


 そのスピードは風よりも早い。

 目で追えるレベルではない。

 次の瞬間にはボーン卿の大剣が翻り、無数のスケルトンが召喚されていた。

 スケルトンが召喚されると、ボーン卿の強さは跳ね上がった気がする。


 それはグール族のブレイクも同じで、地面から無数のゾンビを呼び出している。

 ゾンビが現れれば現れる程ブレイクは強くなっていく。


 鬼達の攻撃方法は基本的に巨大な棍棒を振り回すという感じだ。

 地面に棍棒がぶつかれば、その地面そのものが爆発して、土は霧散する。

 鬼達の敏捷さも計り知れずで、ボーン卿の高速の剣撃でも鬼達はガードし続ける事に成功している。


 ヴァンロード伯爵は眼の前から悠然とこちらに向かってくる鬼の王オジングを見て、心の底から逃げたくなった。


 レベル9000の相手をレベル100で倒せる訳がない。

 倒せたらそれは奇跡そのものだ。


 音楽家ベルベルヴァーダというヴァンパイアがいる。

 音楽は全てを破壊するが、音楽は全てを蘇らせるという意味不明な名言を残している。

 

 音楽家シルベースという女性がいる。

 音楽は楽しむものであり、芸術ではないが、人によってはそれは芸術になりえる。


 それも意味が分からなかった。


 そして、音楽家ルィンロード伯爵という父親が言う。


【なぁ、ヴァンロード、音楽は楽しめればいい、お前が楽しんでそれをもっとみんなに楽しませればいい、そうして守りたいものを楽しんで守り通せばいい、お前の後ろにはヴァンパイアワールドがありその家族がいるからだ】


 その父親もうこの世界にはいない。


 ぱんぱんとヴァンロードは埃ならぬ誇りを払い落とすと。


「なぁ、父さん母さん見ててくれよ、それと皆も、俺は今舞台に立った」


 子供の頃から夢だった。

 劇場のような舞台に乗って沢山の歌を奏でる事。

 だから、子供の頃から恥ずかしくて使えなかったスキル。


【スキル:舞台俳優:《発動条件》みんなの前で恥ずかしがる。《効果》音楽を奏でイメージ力でなりたい自分になれる】


 世界がきらめく。闇色の星々があちこちを支配するヴァンパイアワールド。


 突如として異空間から台座が出現する。

 偶然にも鬼の王オジングがその台座に乗り上げる。


「なんだ。これは?」


「君も舞台に立った! スキルが発動するよ」


【スキル:主役と適役:《発動条件》自分と敵がいる:《効果》主役が圧倒的に強くなる:《条件》舞台から降りない事】


「こんなもので鬼の王を倒せると思っているのか」


「ああ、思ってるさ、へっぴり腰の騎士様って奴を見せてやるよ」


「うるぁあああああ」


 獣のような咆哮を上げて、オジングが走り出す。

 不思議な事に舞台そのものを破壊してしまうくらいの走り方なのに、舞台は破壊される事なく微動だにしなかった。


 ヴァンロードはポーズを構える。


【スキル:成りきる:《効果》気持ちが成りきるとレベルが倍増する。倍増は連鎖的に起こる】


「MUSICSTART」


 ヴァンロードがさらなる掛け声とともにスキルを発動させた。

 世界を支配する音楽。

 鬼の王オジングは棍棒を振り上げてヴァンロードの頭上目掛けて振り落とした。

 ヴァンロードの頭に風圧がのしかかり。

 それでもヴァンロードはリズミカルにポーズを決めながら踊って見せる。


 棍棒はヴァンロードの顔面を捉え、そこを粉砕したはずだった。


 ヴァンロードの顔は無傷。

 頭とて傷1つない。

 不思議なのはとげとげの棍棒の部分がまったく刺さっていない事。


 ヴァンロードはまだまだ踊り続けている。


「おまえええええええ」


 オジングのレベル9000。

 だが現在のヴァンロードのレベル15000。鑑定しても0になる事だろう。


 音楽が連鎖反応のように発動し。

 次から次へと重なり合う。

  

 ヴァンロードの意識は外に向かうのではなく内側に向かった。

 心の中でひたすら踊り、歌を聴くように耳を傾ける。


「き、きさま、レベル0が勝てると思ってるのかあああ」


 鬼の王オジングが叫び声を上げ、屈強な肉体をみせびらかしながら、何度も何度も何度も棍棒を振りぬいて振り落とした。


 ヴァンパイア族の伯爵。

 へっぴり腰で騎士を目指し。

 アンデット王に崇敬なる気持ちを抱き。

 父親と母親の思いを受け継ぎ。

 舞台俳優は目を覚ます。


「やぁ、君が魔王だね」


「意味が分からないんだが」


「魔王、この騎士が成敗してくれるわ」


「そんなおままごとで」


「この光の剣を見よ」


「そ、そ、あ、あああ、ありえないいいいい」


 光の剣。その大きさ太陽の如くであった。


「あああああああ」


 なんにでもなれる舞台俳優スキル。


 ヴァンロード伯爵はヴァンパイアにもかかわらず、太陽そのものの幻を作り出す。


 その大きさは太陽そのもの、しかし実際は小さい光の剣。


「魔王め、この1億連撃をくらえええええ」


「このはったりが」


 鬼の王オジングの敗北理由は侮ったこと。

 なぜなら本当に1億連撃になるから。


 最初の1撃を食らい、次の一撃を高速で食らい。

 また次の一撃。一撃食らうたんびに体が動かない。

 無限の時間を連撃されている。

 頑丈な肉体でも同じところ、心臓ばかり狙われては。


「がはがは」


 口から吐血しても、まだまだ終わらない、一億連撃は無限に重なり。

 激痛は終わる事がなかった。


「や、やめてくれ、わかったから、たのむ」


「何を言うか、姫を誘拐した事、忘れたかあああ」


「そんなの知らないんだってえええ」


「この騎士、姫を守れず悔しい、隣の村長がお前に妻を殺されたそうだあああ」


「しるかよ」


「王様はな悲しんでおったよお前が反逆したことを」


「しらねーよ」


「神はお前の為に祝福の種を授けたはずだ」


「しらねーよ、だからしらねーんだよおお」


 鬼の王オジングは心臓に巨大な穴を開き事切れていた。


 ヴァンロード伯爵の舞台は終わる。

 舞台がなくなりしまわれていく。

 異空間へと寂しそうになくなっていく。


 そうして1人の黒いマントを身に着けて白いシャツを着た。

 口から犬歯が突き出ているヴァンパイア族の伯爵。

 ヴァンパイアワールドを守る為戦った。


「光の戦士がいるんだ」


「もう終わったぞ小僧、いつまで舞台俳優しているんじゃ」


「凄い力だなあれ」


 ボーン卿とブレイクが後片付けのように鬼族の兵士100名を片付けていた。  

 死体は躯のように寂しそうだった。


「何を言うか、我は光の戦士として姫を姫を守れず」


「いい加減目を覚ませ」


 ブレイクが小さな手でヴァンロード伯爵の頭をぶん殴った。

 10メートルくらい吹き飛び、岩に激突した。


「やべ、死んだか」


「やばい、逃げないと死ぬぞ、あの鬼があの鬼が」


「どうやら正気だな」


 ボーン卿がヴァンロード伯爵の所に手を差し伸べる。


「我らが団長は君の入団を歓迎するそうだ」


「は?」


「だから」


「ぜひ入れさせてくださいい」


「それは良かった。ヴァンパイアワールドの世界にいる住民を保護したい。そこで待機していれば、団長がくるじゃろう」


「は、はい」


「ブレイク、死体を使って偵察してくれ、またくるやもしれん」


「ボーン卿、それよりそいつの力が意味不明なんだが」


「ああ、それは後でじっくりと話をしようかのう」


 ボーン卿はヴァンロード伯爵を絶たせると。

 ブレイクを残して2人で暗闇が支配するヴァンパイアワールドへと向かった。



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