第13話 策謀

「――それでだ。なぜあんな事になったのだ?」


 私とベリンダ先生は、執務室に呼ばれていた。

 先日の伯爵邸外壁大破事件について、私の両親から詳しい説明を求められたからだ。


「簡単に申し上げますと、サラお嬢様の魔法のお力で壁が壊れました」


(ちょ、ちょっとベリンダ先生、?)


 焦る私を尻目にベリンダ先生は話を続ける。


「はっきり申し上げて、サラ様は魔力量も精神力も常人の域を優に超えておられます」


 まさか病弱でか弱いと思っていた我が娘にそんな力があるとは思っていなかったのだろう。

 そんなベリンダ先生の言葉に、思わず顔を見合わせる父アルマンと母ソフィア。


「サラに問題はないのか?」

「問題? それはどういう――」


 その言葉の意図がわからなかったベリンダは、質問に質問で返す。


「その力がサラの体に悪い影響を与えないかということだ」

「それは大丈夫だと思います。ただ――」


 そこで、ベリンダは口籠る。


「ただ――、何だ?」

「まずサラ様は、力の加減を覚えないといけないかと。そうしなければ、いつか周囲の人間を傷つけてしまう事があるかもしれません」


 ベリンダ先生の言っていることは正しい。

 私だって周りの人達を傷つけたくはない。


 もともと前世の私は、力を加減しなければならないほどの魔力量も精神力も持ってなかった。そのため「力を加減する」というワードが、私の前世の記憶の中には存在していなかった。

 そう言うこともあって、力の加減について何も知らずにいた私は、二歳の頃から毎日気絶してしまうほど、全力で精神力を使ってきた。

 前世の私が魔法を苦手だったのは、この力の加減が出来なかった事が原因なのかもしれない。


「なら具体的にはどうすればいい。お前ならサラに力の加減とやらを教えられるのか?」

「私は――」


 ベリンダは、言いかけた言葉を途中で止めた。

 そしてほんの少しの沈黙の後、意を決したように話し始めた。


「私は魔法の専門家ではありません。一番良い方法は、魔法の専門家がいる王都の学校にサラ様を入学させる事だと思います」

「でも王都の学校に入学出来るのは、十二歳からじゃなかったかしら?」

「その通りです、ソフィア様。十二歳にならないと入学できません」


 ソフィアはベリンダの言葉にまだピンと来ないようだったが、アルマンはニヤリと笑った。


「どうやら年齢を満たしていなくても入学する方法があるようだな」

「その通りです。――魔法科にある研究生制度というのはご存知ですか?」

「知らん。話せ」


 ベリンダによると、学校の高い授業料は払えないが魔法の才能がある、という庶民の子を対象に定期的に魔法科では選抜試験が開かれているとの事だった。

 合格した子は、王都の学校で魔法を専門的に学び、その後は魔法研究員として王国に仕えることになる。

 家名に縛られている貴族と違い、何のしがらみのない庶民の子は秘密保持のために囲っても何の問題もなく、研究員としては最適で重宝されていた。

 この試験を受けられる人の条件はただ一つ、「貴族以外の王国民」という事だけだった。


「でもサラは貴族だぞ」

「貴族だと知られなければいいのです」


 ベリンダは、すました顔でそう言い切った。


「ただし―――。魔法に関して天賦の才があるサラ様です。きっと王国の人間は放っておかないでしょうね。サラ様は王国にとって何十年に一人、いいえ、何百年に一人の魔力持ちでしょうから」

「どういうことだ?」

「サラ様は旦那様や奥様の元から引き離されて、その強大な魔力を軍事利用するため、王都で一生保護されることになる――ということです」


(えっ? 嘘でしょ。私王都で監禁されちゃうの? ちょっとそれは困る!)


 私は目立ちたくないのだ。ていうかベリンダ先生、さっきから話が違うんじゃ――。

 私がベリンダ先生に抗議しようとした、その時だった。


「許さんぞ! サラは絶対に渡さん!」

「そうですわ。サラは絶対渡しません。この子を傀儡になんてさせませんわ」


 父は激怒し、母は私の所までやって来て私を抱きしめる。


「ベリンダよ。力の加減についてはお前が何とかしろ。これは命令だ。望むなら給金もさらに上乗せしてもよい」

「わかりました、善処いたします。それから―――」

「なんだ?」

「サラ様の魔法のお力については、他言無用がよろしいかと。もしもこの力の事が世間に知られでもしたら――、サラ様のお力を利用しようとする輩が現れるに違いありませんから」


 ベリンダ先生の話を聞いていた父は意を決したようだ。


「わかった。ソフィアもいいな」


 あの王都の薄汚い連中に可愛いサラを渡してなるものか。

 アルマンは娘サラを守るためなら何でもするつもりだった。



◇◆



 執務室から自分の部屋へと戻ってきた私は、人払いをしてベリンダと二人きりになっていた。


「いかがだったでしょう? サラ様」

「いきなり私の魔法の事をバラした時はびっくりしたわ」


 実は、両親から呼び出しを受けた時に、私はベリンダ先生と事前に話し合っていた。

 そこで私は、できれば魔法を使って壁を壊してしまった事は父に黙っていて欲しいとベリンダ先生にお願いしていたのだ。

 一方ベリンダ先生も、弟の学費分を稼ぐためにこの仕事を辞めるわけにはいかなかった。

 今回の件が大事になってクビになるわけにはいかないとの事で、利害が一致していたはずだった。


「申し訳ありません。ただこの件が世間に知られると大変なことになると、伯爵様と奥様に印象付けるためには、サラ様のお力の事をあえて話す必要があったのです。それにいざという時のためにも、サラ様のお力について、お二人には前もって知っておいていただいた方が良いと思いまして」


(ベリンダ先生って、本当に頭が良いのね)


 私は心の底から感心していた。


 それから私達は今後について話し合った。

 ベリンダ先生が言うには、まず力の制御を覚えることが当面の課題になるそうだ。

 先生は力の制御方法の参考になりそうな資料を集めてくれることになった。


「とにかく直近の問題は、訓練するの確保ですね」


 そういうとベリンダ先生は何か良い案がないか考え始めた。


 もしも勉強部屋で私が魔法を使ったら、また壁を壊しかねない。だから私が気兼ねなく魔法が使える場所が必要になったのだ。

 しかしこの屋敷にそんな場所なんてあっただろうか。

 私も先生も使えそうな場所に心当たりはなかった。


「どうやらサラ様が心置きなく魔法が使えるような広い場所に行くために、屋敷から外出する事を許してもらうしかなさそうですね」


 それを聞いた私は、そんな事が出来るのだろうか?と思った。

 だって私は外出どころか、庭で遊ぶことすら許されない箱入り娘なのだ。


「そんな事をお父様とお母様は許してくれるかしら?」

「私が何とかしてみせますので、それについてはもうちょっと待って頂いてもよろしいですか」


 確かにこれだけ有能なベリンダ先生なら、両親を説得出来るかもしれない。

 だったら――。


「ついでにもう一つお父様とお母様にお願いしてもらってもいいですか?」

「まあ、なんでしょう?」

「剣術を習いたいのです。私が言っても、きっと学ぶなら剣術以外にしろと反対されると思うので、ベリンダ先生に説得していただきたいのです」


 突然剣術を習う事を説得して認めさせて欲しいと頼まれたベリンダ先生。


「たしかハイラート家は武術が嗜みだと聞いたことがありますが、どうして剣術を?」

「ここは何も聞かずに説得していただけませんか?」


 死にたくないから強くなりたい……、なんてベリンダ先生には言えなかった。


 それにベリンダ先生に魔法の事を細かく教わるようになって気づいた魔法の弱点――。

 それは魔法を発動させている間、どうしても無防備になる時間が出来てしまうこと。

 遠方からの攻撃なら防御魔法で防げる事も出来るのだが、近接距離で直接攻撃を受けるとさすがに防御魔法だけでは防ぎようがないのだ。

 だが剣術を学んでおけば、近接攻撃に関しても剣を使って対処が出来るようになる。

 ただし剣術には筋力が必要だ。武術の心得がある父が、女性の私に剣術を学ばせてくれるとは思えなかった。

 一時期は筋力のない女性でも扱いやすい弓術を学ぼうかと思ったが、弓術では近距離の攻撃に弱い事に変わりがない。


 ちなみに前世の私も弓術を教わっていた。まあみなさんの予想通り、途中で挫折したのだが――。


「わかりました。なんとか説得してみましょう。ただし――、こちらも条件を出しても良いですか?」


(そりゃ当然よね。今のままだと、私にだけ都合が良すぎるもの)


「ええもちろん。説得してくれるなら。でも私に出来ないことを頼んできても駄目ですよ」

「わかっています」


 ベリンダ先生が条件に出してきたのは意外な事だった。


 それは「弟が学校を卒業したら、ハイラート家に家臣として雇ってもらえるよう口添えして欲しい」という事だった。

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