急がば回れ、そして王道の意味を知る。

西之園上実

第1話 紹介 ~1~

人生=時間。

時間=命。

命=自分。

自分=ホンモノ…?


まあ、こんなところだと、この男は今、自分の置かれている状況にも関わらずそんな風に決めつけて人生に取り掛かっている。


いつもの風景に沿うように流れる同じ時間。

いつからか止まってしまった時間が、この男に無感な痛みとなって、しっかりと認識させる。


37歳、独身、仕事は実家の家業である建築関係の手伝いをしている。

とは言っても、家族経営の極小企業。決まった給料も無く、普通に働いている同年代の年収とは桁が違うくらいの収入しかない。

祖父の代には大変繁盛していたため、実家の土地は広大で、家も同様である。

けれど今となっては、ただの無駄。そこに存在するというだけ。

この世界にあってもなくても、居ても居なくてもという存在に落ち着いてしまっている。

そんな時間を長く過ごしてしまっているせいか、無駄という概念をと捉えて、時にはプラスだと思ってしまうほどだ。


だからなのか。

とにかくなにもしない。

タバコも吸わない。酒も飲まない。


どう考えたって、なにかすれば、動くことさえすれば多少なりにも、プラスにしろマイナスにしろ、人生に何かしらの動きがあり、働きかけれるというのに、それをしない。

したがらない。

それどころか、今が当たり前で普通で、自分自身そのものだと、いい歳した大人の考えとは程遠い、言ってみれば無邪気な子供の思考回路すら発達していない考え方を筋通して思っている。


だからといって、仕事ができれば、どんなに苦しい内容だったとしても、その責任を全うするし、他の同業者よりも丁寧に作業をしようと心がける。

時間に制限を持たないし、四六時中仕事の事を考えてしまっている状況に、一切ストレスを感じたこともない。


こんなふうに述べると、まるで仕事が好きで、楽しくてたまらないように聞こえるが、本人は至ってそんなことはない。

もちろん仕事をすればそれに見合った金が手に入る。

好きなものを買ったり、行きたいところへ行ったり、食べたいものを食べることもできる。

それらによって気持ちに余裕ができる。


けれどこの男は、そのどれもを一瞬のものだと捉えてしまう。

金、仕事、時間、そのどれもを僥倖だと受け入れ、素直に当たり前なことだとは思えないような人間なのだ。

この男をよく知る人間には、そのことが酷く嗜虐的に見えてしまうほどに。

先を見ない。

人生設計なんてものは皆無。

けれど、それで良いと思っている。


どう思う? 考えてほしい。この男は就活中の学生でも、ましてや、自分の夢に向かって生きている希望に充ちた若者でもない。

しいていうのならば、運動場で何の考えもなしに大声で何かを叫びボールを追いかけているガキ。

それが現実世界では中年の男。醜くも、大声を出してボールを追いかけているガキと重なってしまう大人なのだ。

間違っても、がむしゃらというわけではない。

なぜならこの男の名前は、


『新木余裕』という名なのである。

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