第5話 今日は特別に近くにいてもいいらしい
朝、俺は1人で登校することが多い。たまに空と一緒に行くことはあるが、空には紬がいるのでほとんどない。
一緒に行こうよと2人に誘われるが、彼と彼女の登校時間は早く、俺はそんなに早くから学校に行くのは無理だ。早起き得意じゃないし。
いつもの道を歩き、そして駅の前を通り───えっ? あれ、誰か待ってる?
よく見ると駅前の広場のイスに座って誰かを待っている唯川を見かけた。
彼女はスマホを見ており、こちらには気付いていない。すると、ふと彼女はスマホから顔をあげると俺と目があった。
彼女はスマホをカバンに直し、イスから立ち上がり俺の方へ来た。
「お、おはよう……」
「……おう、おはよう」
まさか唯川から挨拶してくるなんて思ってもなかったので少し驚いた。
俺が知ってる唯川なら────
『唯川さん、おはよう』
『あなた誰? 今、何て言ったの?』
物凄い圧で唯川が男子を怯えさせるというのを一度見たことがある。
けど、俺に対してはそうじゃなかった。
「ぐ、偶然ね……」
「偶然……唯川は誰か待ってるのか?」
「え、えぇ……けど、遅れるらしいから先に行ってほしいと言われたわ」
「そうか。なら一緒に行くか? 俺、ひと──ってどんな顔してんだよ」
一緒に行こうと誘ったらあなたと?と言いたそうな顔をされた。
「嫌ならいいよ。じゃ──」
「待ってよ、私は別に嫌だなんて思ってない。橘の後ろにストーカーがいたから……」
(ストーカー?)
唯川に言われて後ろを振り返るとそこには木に隠れてコソコソしている男子がいた。制服は俺達と同じ学校。そしてネクタイの色からして同級生だ。
「唯川の知り合いか?」
「あいにくストーカーの知り合いはいないわ。橘、追い払ってくれる?」
「えっ、何で俺?」
「私が行ったら逃げるでしょ。ケーキのお礼だと思ってお願い」
えっ、ケーキのお礼ってあれは助けたお礼に奢ってくれたんじゃなかったのか?
「わかったよ。ちょっと行ってくるから待ってて」
「えぇ、お願い」
さて、どう話しかけよう。初対面でストーカーですかとは聞けないし。
「あ、あのさ、唯川さんに何か用なのかな?」
「!!」
驚いた彼は何も言わずこの場を素早く立ち去っていった。
「に、逃げられた……」
「ありがと、橘。追い払ってくれたのね」
「いや、相手が勝手に驚いて逃げていっただけだ。てか、このままじゃ学校遅れるぞ」
「え、えぇ、そうね」
俺と唯川は急ぎ歩きで学校に行くことにした。
***
「俺は見たぞ。今朝、唯川と一緒に登校してきてただろ?」
昼休み。いつも通り、教室で空と紬で食べようとすると空がそう尋ねてきた。
「えっ、そうなの!? あの唯川さんと!?」
「驚きすぎだろ。偶然会って一緒に行くことになっただけだ」
「へぇ~、偶然ねぇ~」
本当のことを言ったのだが、空と紬は全く信じていない。
「積極的なのはいいことだ。昨日の様子だと唯川さん、良太のこと嫌いって感じしなかったし」
どうやら俺が唯川のことを好きだからアタックしていると思っているようでそんなことを言ってきた。
「うんうん、いい感じだったよね。そうだ、今日、舞桜ちゃんと放課後勉強会するんだけど2人はどうする?」
そうか、もうすぐ1学期の期末考査か。テスト勉強はわりと直前になるまでやらない俺は紬に言われるまで気付かなかった。
「俺は残るよ。日比谷さんとの勉強会が終わるまで自習室で待ってるよ」
さすが彼氏。彼女を1人で帰らせないために待つのか。
「良太はどうする?」
「んー、俺も行こうかな。空と一緒に自習室で勉強するよ」
紬と日比谷は教室で勉強をするが、俺と空は放課後になると自習室へ向かった。
「おっ、1番乗り」
「おい、来てすぐに寝るな」
帰りのホームルーム後、すぐに来たのでまだ俺達以外は誰も来ていなかった。
こういう環境ほど集中できるはずなのだが、空は机に突っ伏してしまう。
「少しだけ寝るわ。もし、先生が来たら教えてくれ」
空は自習室の入り口から死角になっている席を選び本当に寝始めてしまった。
(ダメだ……もし、先生が来たときは起こさないでおこう)
俺は空の隣の席に座り、苦手な古典を勉強をしようとするとガラッとドアが開く音がした。
(先生ではないよな……?)
念のため確認すると自習室に入ってきた彼女と目があった。
「た、橘……何でいるのよ」
「いたらダメなのかよ」
「ダメとは言ってないわよ。隣、いいかしら?」
そう言って唯川は俺の隣の空いている席へ座ろうとする。
「他、空いてるところあるけど……」
「そうだけど、なぜだか知らないけどみんな自習室って友達同士で座ってやるでしょ? 1人だと気まずいの。橘は私が隣にいたら嫌かしら?」
いやいや、好きな人が隣にいることは凄い嬉しいけど勉強に集中できるだろうか。
「嫌じゃないよ。どうぞ」
イスを引いてあげ彼女を座らせた。
「あ、ありがとう……」
「どういたしまして。そう言えば唯川はいつもここで勉強してるのか?」
「いつもはしてないわ。そろそろテストも近いから勉強しに来たの。ほんとは舞桜と行くつもりだったけどあなたのお友達の神楽さんと勉強会中だから」
会話をやめて俺と唯川はそれぞれ試験勉強に取りかかる。集中してる間に自習室には何人か入ってきてほぼ席が埋まっていた。
隣を見ると空はいつの間にか起きており数学を勉強していた。空から目線を外し机に向かって勉強を再開しようとしたその時、隣からツンツンと肩をつつかれた。
「ねぇ、橘」
シーンとしている中、唯川が小さな声で俺の名前を呼んだ。
「どうした?」
小声で返すと彼女は教えてほしいところがあると言ってきた。なので俺は彼女の机の方に寄る。
「えっと、どこがわからないんだ?」
成績優秀な唯川だが、数学に関しては彼女より点がいいと俺は思っている。そう思えるほど数学は得意だ。
「ちょ……」
「ちょ?」
「ち、近い……」
「えっ……あっ、ごめん」
そう言って離れると唯川が俺の服の袖を掴んできた。
(えっ?)
「遠かったら勉強しにくいから今日は特別に近くにいてもいいわよ」
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