実質家族

時津彼方

1.不法侵入

「あ」


「……え?」


 リビングのドアの向こう側と目が合う。大学の講義を受けた後、そのままバイトに行って、少し疲れを覚えながら帰ってきていた。今日は風呂でも沸かそうか。そんなことを考えていた矢先だった。


「……っ!」


「え、ちょっと」


 こちらに向かってくる人影を軽々受け止めてしまう。流石に逃がすわけにはいかないだろう。


「あの、なんでいるんですか」


「……」


 黒いフード付きのパーカーに身を包んだ見知らぬ人は黙りこくったままだ。


「どうやって入ったんですか……って、あ、窓締め忘れてる」


と、尋ねると同時に、ベランダの窓が開けっ放しになっていたのに気が付く。


「不用心です」


「いや、あんたには言われたくないんだけど。ていうかここ三階だけど、まさか登ってきたの?」


「力には自信があるんで」


「あまり誇らないでほしいね。家主に鉢合わせて逃げようとしたところを、こうも簡単に捕まえられてしまうんだから」


「それはっ……その…………」


「正直、僕は警察とあんまりかかわりたくない。少し事情を聞けさえすれば、不問にしようと思うのだけれど」


「本当!?」


「そんな嬉しそうにされるとなんか複雑……」


「話が分かる人で助かります」


「でも、もし逃げようとしたり何か盗ろうとしたら問答通報するので。流石に大家さんとの関係も考えないといけないので。いい?」


「はーい」


 懲りているのか懲りていないのかわからない空き巣犯は、自ら床の、何も敷かれていないところに正座した。

 ようやくこちらに向けられた顔は少しこけていて、僕と同年代かそれ以下という印象を受ける。目鼻立ちは整っていて、正直タイプかもしれない。ただ……。


「どうして空き巣なんてしようとしたの?」


「……生活が苦しくて、つい」


「つい、でやってはいけないことだってわかってるよね」


「はい。ごめんなさい」


「なんでうちなの。もしなにか空き巣犯的に入りやすいポイントがあれば、今後にも役立つし」


「それは、ま」


「窓以外で」


 自分の過失を認めたくない気持ちが、彼女の言葉を遮った。


「窓しかないよ! 遠くから見て、明らかに人いないのに開けっ放しだったんだから」


「本当にそれだけ?」


「それだけ。下調べも何もしてない」


「そうか。じゃあ年は?」


「あんまり女性に年齢を聞くものじゃ」


「立場分かってる?」


「……二十歳です」


 少しでもこちらに対して優位を取ろうとする姿勢が鼻につく。


「じゃあ同い年か」


「え、もっと年上だと思ってました。社会人かと」


「よく言われる。大学は?」


「行ってない。お金ないし」


「家は? この近く?」


「はい。住所は」


「待って。それすると多分僕も犯罪になる」


「え、じゃあ……」


「おい」


「きゃっ」


 舐めた態度に耐えかねて、僕は彼女の肩を押す。油断していたからなのか、体感がないからなのか、あっさり後ろに倒れる。


「……ぐすっ」


 彼女はそのまま目の前に手の甲を持っていって嗚咽を漏らし始めた。流石にやりすぎたか。


「…………私にはっ、これしかなかったんだよ……家族もいないし、遠い親戚は煙たがるし、友達だって、たくさんいるわけじゃないし……」


「……ごめん」


「……本当に、ごめんなさい……私は悪い子です…………」


「……」


「…………え?」


 彼女は掠れた声で反応する。気付けば僕は、おびえたように震える彼女の頭をなでていた。もう、今の彼女にこちらをからかおうとかの野心はないように感じられた。ただ、守ってあげたい。そう思ってしまった。だから、こんなことを言ってしまったんだろう。


「つらいなら、しばらくここにいるか?」


「……なんで?」


「なんか、もう責める気持ち無くなったし、この家そこまで狭くないから」


 彼女はむくっと起き上がって、今度は膝を抱えてこちらを見上げる。


「私、本当に必要最低限のものしかないし、お金もあんまりないけどいいの?」


「バイトだったら何か見つかるだろうし、もしなかったとしても家事とかあるし。返すチャンスはいくつかあるはず」


「……下心は?」


「え? あ、確かにその問題あるか……」


「まあいいや。本当だったら今頃警察署だし、もし何か無理やり手を出してきたら、私が行けばいいもんね」


「……出さないから安心して」


「なんでちょっと溜めたの?」


「溜めてない」


 さすがに僕もそこまでは落ちぶれていない……はず。


「ふふっ。じゃあこれからよろしくね」


 この日から僕は、空き巣犯とルームシェアをすることになった。

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