なぜ彼女は立っているのか②

 根本こころはいい子だ。榛菜も彼女を嫌ってはいない。しかし、彼女は大変おしゃべりで噂好きだった。


 朝礼後から1時間目の授業が始まるまでには5分ほどの隙間時間がある。この時間はいつも近くの席にいる根本と桜庭の2人のおしゃべりが耳に入ってくる。普段なら他愛のない話ばかりなのだが、今回は違った。例の幽霊の噂だ。思わず耳をそばだてた。


「……と、いうわけなの! ほんと! ほんとなんだから! 階段で、幽霊が出たの!」


「見間違いじゃないの? 吹奏楽部だけじゃなくて、美術部も結構遅くまで残ってるじゃん」


「そうだけど、あのときは私だけだったんだって! 美術室も真っ暗だったし、間違いなく私が最後! だからあれは幽霊だよ、間違いない!」


「でもさぁ、こわいこわいと思ってたら何でもそういうふうに見えちゃうっていうじゃん」


 そうだそうだ、もっと言ってやれ、と榛菜は根本の相方の桜庭を応援する。


 榛菜としては幽霊騒動はあんまり嬉しくない。家斉先生が過労で倒れるきっかけにもなったのだ。わざわざ言いにくいことまで教えてくれて自分を気遣ってくれた先生なので、これ以上『となりに立つ少女』に暴れてもらっては榛菜としても腹立たしい。


 しかも、もしまた先生が過労で倒れようものなら副担のご都合テストが行われるかもしれない。


「外の木とかがたまたまそう見えたんじゃない?」


「私もそう思って、今日の朝、もう一回同じ場所で確認したんだよ!」


 普段はわりと宿題も忘れるし体操服も持って帰らないのになぜそういうときだけちゃんとしてるのか、と榛菜はツッコミを入れる。


「そしたら全然! 電柱さえも見えない! 見間違えの可能性一切なし! 幽霊確定!」


「うーん……」


 桜庭が劣勢れっせいだ。このままだと幽霊がいることになってしまう。かと言って榛菜も反論が思いつくわけでもない。ここに晶がいてくれれば何か言ってくれるかもしれないのだが。


「家斉先生はなんて言ってたの? 一緒に確認したんでしょ」


「いたずらか見間違いでしょって。一緒に踊り場をみたけど誰もいなかったんだよね」


「じゃ、そうなんじゃない?」


「だから、見間違いじゃないって! それに家斉先生は前に幽霊見たから、信じたくないんだよきっと」


 榛菜は頭を抱えた。職員室に飛び込んで助けを求めるのは仕方ないが、よりによって家斉先生でなくてもいいではないか。しかも現場の確認まで。あの人はただでさえ幽霊騒動がきっかけになって過労で倒れているのに、追い打ちをかけるようにまた彼女の近くで問題が発生したのだ。これじゃまるで家斉先生を狙い撃ちにしているみたいだ。


「……あれ?」思わず声を出した。


 これはちょっと、偶然にしては出来すぎではないだろうか。榛菜はもちろん、家斉先生のクラスだ。次に幽霊を見たのは先生本人。今回は同級生の根本さん。全員が同じクラスである。一学年8組あるので、これが3学年で都合24組。特別養護クラスも含めたら26組。榛菜はまだ確率の計算を学校で習っていないが、非常に不自然な気がした。中学受験のときに何かそんな公式だか問題だかを見たような気がする。


「ええと……26組の中の私達のクラスが幽霊を見る。26分の一。追加で同じクラスの人が目撃する。26かける26分の一。さらにどういうわけか同じクラスの人が幽霊に会う。26かける26かける26分の一。えーと……17576分の一!?」


 実際には特別養護クラスの人数はずっと少ないし、必ずしも榛菜のクラスが狙われているとも決めつけられない。それに知らないだけで他のクラスでも幽霊の目撃例はあるのかもしれない。しかし、榛菜には自分たちのクラスが狙われているということに心当たりがあった。


 そう、晶が言っていたではないか。


 —— 状況から考えると家斉先生個人を狙ったのかも知れない。


 あのあと何度か塾で晶と話す機会があったが、すっかり忘れていた。パパが鬼電してこなければ忘れずに最後まで話を聞けたかもしれないのに、まったくあの心配性親父は!


 過ぎたことを悔やんでも仕方ない。家斉先生は元気がない様子ながらもちゃんと朝礼には出ていたし、このあとの5時間目の国語の授業も予定通りだろう。前回と違ってダメージが少なそうなのは良かった。でもこんなことが繰り返されれば、いかに出来る大人の女性でも精神的に参ってしまうかもしれない。これ以上のイタズラは何としても阻止しなければ。副担のテストを避け、家斉先生を守るために。


 気が進まないが晶に詳しい話を聞かなければならない。もしかしたら今回の件が犯人の特定にも繋がるかもしれない。


 そうとなれば、なるべく早く解決したいし言われる前に聞き込みもやってしまおう。


 ……でも、何を聞くべきなんだろう?


 前回はさくらが聞くべき内容をまとめておいてくれた。流石に推理小説好きと言うだけあって手際が良かった。


 しかし今回は彼女の手をわずらわせるわけにはいかない。特に今は吹奏楽部は夏の大会に向けて遅くまで練習しているらしいし、再び彼女を一日拘束こうそくすることになってしまう。本人は「そもそもレギュラーじゃないし先輩たちのお手伝いをしてるだけだから」と言っていたが、塾通いもしているさくらの、貴重な週二回の練習日を奪うことはできなかった。


 自分ももっと推理小説を読んでおけばよかった、と後悔したが仕方ない。自分に出来る範囲で聞き込みや調査をしてみることにした。

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