なぜほどくのか ただしヘンタイは除く②

「で、さっきの話の続きなんだけど」


 授業の合間に、凛太郎が話しかけて来た。


「元ネタの事件があるって言ってたけど、どんな話なのか知ってる?」


「えっとね」さくらが答える。「あんまり詳しくは知らないんだけど。10年くらい前の事件で、中学2年生のお姉さんが階段から落ちて亡くなっちゃったんだって」


「どこで聞いたのそれ?」思わず榛菜が反応する。


 クラスこそ違えど同じ中学で同じ期間過ごしているのに、そんな話は聞いたことがない。


「先輩に聞いたよ。吹奏楽部の」


「あ、もう部活決めたんだ? 学級委員やらされてるから、タイミング合わないんだよね〜。まだ見学もしてないや」


 榛菜はまだ部活には入っていない。二人の中学校では4月は体験入部や見学の期間で、本格的に部活を始めるのは5月からだ。早々に吹奏楽部に入部を決めたさくらは、もう先輩たちと仲良くしているらしい。


「で、その幽霊の女の子が夜の校舎を歩き回ってるらしいの。遅くまで残ってたら、寂しくなったその女の子がいつの間にか隣に立っているって。気付いて欲しいから耳元で名前をささやいたりとか、今回みたいに靴紐が緩くなったりとか、ちょっとだけ跡を残しちゃうんだって」


「迷惑すぎる」榛菜は素直な感想を言う。


「へ〜。俺たちの中学にもそういうのあればよかったのにな」


 凛太郎は隣の晶に話を振った。


「幽霊なんていない」


 晶もぼんやりと3人の話を聞いていたようで、即答する。


 こちらは凛太郎とは対照的に愛想がない。ストレートで無造作に伸ばしている黒い前髪、その隙間から見える眼は神経質そうで、細く、鋭い。今のところ表情に変化が見えないので、何を考えているのか読み取れない。


 声の抑揚も少ないように感じるが、先程の名前云々のやりとりは楽しげな様子だった。淡白な見た目と違い人見知りで、榛菜やさくらを意識してるだけかも知れない。凛太郎に比べると背は低いようだが、榛菜より少し高いくらいで痩せている。細肉中背とでもいった感じか。


 仕草や物言いから、なんとなく賢そうだなと思った。そういえば彼とはまだ挨拶もしたことがない。


「いたら楽しいとは思わないのか?」


 凛太郎が反論とも文句ともつかないことを聞いた。


「もしいるのなら見てみたいとは思う。観測できない奇妙な存在なのに、重力に縛られて地球から離れられないってことは質量はあるのか、それとも別の理屈で地球にしがみついているのか。可視光だけでなく放射線なんかでも拾えないのなら宇宙観測よりも難易度が高いが」


 凛太郎に話しているつもりなのだろうかと思ったが、ちゃんと榛菜やさくらの顔も見ている。女子二人には明らかについていけなさそうな話題なのだが、そこは気にならないらしい。


 こっちはこっちで今まで会ったことがない、新しいタイプかも知れない。いわゆるオタク……とでも言うのか。


「現実的な線として考えれば、何かの気体に近いのかも知れない。とすると、常温常圧だから今まで発見できなかったとして、そうだな、死体を低温高圧下に置けば何か見れるかも知れないな」


 変なことを言いだした。新しいタイプというよりやばいタイプのようだ。


「面白そうだが、中学では死体なんて実験に使えないしちょっとハードルが高い」


「いやいや大人でもそんな実験は出来ないでしょ」


 まだ挨拶もしたことはないのだが、突っ込みはしてしまった。


 榛菜には彼が言ってることが正しいのか適当なのかもわからない。ただ、興味の優先度が低いことは理解できた。


「あたま良いんだね」


 さくらは素直に感心する。


「確かに頭は良い」凛太郎は頷いた。

「こいつ、小学校では名探偵だったんだぜ」


「名探偵?」


 さくらはやっぱり素直に驚く。


「図書室の本を盗んだ犯人とか、飼育小屋の鍵壊したやつとか当てたんだよ。さすが、図書室の本を全部読んでるだけある」


「それ、バカにしてるだろ」


「してないって。本当、頭は良いんだけどなぁ」


 残念なものを見るような目だ。


「やっぱりバカにしてるな。ちょっと喋りすぎたみたいだ」


 晶がねてしまったところへ、「はーい授業始めるよ〜」と、講師が教室に入ってきた。



 ————



 今日の最後の授業が終わった。30分程度の自習時間を使って閉館まで残る生徒もいるし、すぐに帰る生徒もいる。


 榛菜とさくらは自宅が遠いので普段はすぐに帰っているのだが、今日はさくらが後ろの晶と凛太郎に話しかけた。さくらが積極的に自分から話しかけるということも珍しい。


「灰野くん」晶の苗字だ。座席表で調べたのだろう。

「名探偵なら幽霊に興味ある? さっきの靴紐をほどいた話、『となりの少女』だと思う?」


「……なんで名探偵が幽霊に興味持つの?」晶ではなく榛菜が反応した。


「え、その。そういうの気にならないのかなぁって……探偵ってそういうことする人って感じじゃないのかな?」


「さくらちゃん、探偵を勘違いしてるよ。浮気調査とかする人たちのことだよ」


「それも間違ってないけど、物語の中の探偵のことだろ」今度は凛太郎がツッコんだ。

「シャーロック・ホームズとか金田一耕助みたいな、不可解な事件の謎を解く、ね。小学校の少年探偵が浮気調査なんてしてたら世知辛すぎるだろ。榛菜ちゃんは天然系か?」


「白崎です。初対面で名前呼ばれたくないです」


「それは失礼、白崎さん。せっかくだから自己紹介もさせていただくと、俺は黒川凛太郎で、こっちは灰野晶、二人とも天神中学だ」わざとらしく壁の座席表を見て、「山岸さくらちゃんは、えー、さくらちゃんて呼んでいい?」


「恥ずかしいから山岸で……」


 おや、あんまり距離を詰めるのはやっぱりダメなのか。榛菜は少し安心した。


「それは残念。じゃあ山岸さんの質問に答えようじゃないか。少年探偵の晶くんは、この上靴の紐をほどくという奇妙な幽霊に、全く興味がないのか?」


「勝手に探偵にしないでほしいんだが」晶はちょっとだけ眉を寄せる。

「でも、幽霊の話は思ってたより面白いかも知れない」


 思いのほか好意的な反応にさくらが笑顔になった。


「じゃあ、灰野くんも幽霊の仕業って思う?」


 そう聞いておきながら、晶の答えを待たずに榛菜に言う。


「探偵も気になる謎の事件なら、きっと話題になるよ。榛菜ちゃん、クラスでも盛り上がるんじゃない?」


「いやいや、別に話題に困ってないし盛り上げる気もないよ!」


「でもきっと、こういうの好きな人多いと思うけどなぁ。例えば……」


「悪いけど」


 さくらを遮って晶が割って入った。


「確かに面白い話だと思うけど、上靴の紐をほどいた犯人は人間だし、幽霊じゃない。大まかにならもだいぶ絞れる」


「……え!?」


 榛菜とさくらは一緒に声を出した。


 ……犯人候補を絞れる?


「ほらな」凛太郎は笑った。

「お前、ほんとは興味津々だったんだろ? さぁ言えよ、名探偵」


「……まぁ、分かったふうな事を言っといて悪いけど、犯人は中学生好きのどこかの変態だと思う、十中八九。残りの一割なら、理屈で犯人を絞り込める」


「うえ、変態は嫌だ……上靴、洗濯しとこうかな」榛菜は眉間にしわを寄せた。


「灰野くんは、犯人は誰だと思うの? わたしは幽霊以外に思いつかない。上靴を借りたなら普通は一言ひとこと言いそうだし、借りたとしても汚れたりもしてないよ。勝手に靴紐がほどけることってないと思う」


 さくらは無邪気に食い下がった。


「……じゃあ、変質者が関わってないという前提で、説明しよう」


「待ってました!」


「茶化すなよ……」

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