第53話 戦慄の下層

 下層に降りると、空気が一段と冷えた気がした。

 俗に言う、心霊スポットに行ったらめちゃくちゃ寒い現象と似た感じだ。

 ただのプラシーボ効果。脳が勝手にヤバい所だと記憶しているせいだろう。


 この下層で、『審判の王冠ジャッジクラウン』たちは全滅した。


 中には、リーダーの染谷 平助のように、魂をダンジョンに囚われて利用されているメンバーもいるかもしれない。彼のように理性を保てているのかはいささか疑問だが、もしそうであるならば、弔いのためにも全ての魔物を倒していくべきか……なんて、愚考だな。


 そもそもが未知の領域である以上、まず一番に大切にするべきなのは自分の命。

 そう考えながら歩いていると、不意に第六感が発動した。

 何かが来る。咄嗟に跳躍すると、地面すれすれの場所を何かが通って行った。


「…‥なんだ?」


 暗がりでよく見えない。

 ランタンをかざしてみると、それ・・はいた。


 ひしゃげた鼻に、それぞれが逆の方向を向いている眼球、ところどころがはげ落ちているボサボサの髪に、大きく裂けた真っ赤な口。そしてなにより特徴的なのは──


「下半身がない」


 その不気味な外見は、日本の都市伝説でよく語られる有名な妖怪に似ていた。


「まさか、てけてけか……?」


 ;ひいいいい無理無理無理

 ;早く倒してくれ東雲

 ;ヤバすぎる見ちゃいけないもの見ちゃった

 ;びっくりしすぎてスマホぶん投げた

 ;大声で叫んじゃってお母さんに怒られた;;

 ;オバケってやっぱ実在するだな(震え声)


 まぁ、身長が低いせいで攻撃が当てずらそうなことだけがネックだが、問題ないだろう。


『足クレ足クレ足クレ足足足ィィィィ』


 まるでゴキブリのように高速でカサカサと移動するてけてけは、確かに気味が悪い。


「そんなに欲しいなら…………くれてやるよ」


 俺はてけてけが最接近するギリギリまで引き付けて、思いっきりかかと落としを決めた。てけてけは頭が爆散し、ピクピクと痙攣して、やがて動かなくなった。


 :かっこよすぎwww

 :東雲語録つくるべw

 ;なにその需要の塊

 ;それにしても怖かったなぁ……

 ;怖かったけど、東雲の倒し方がバイオレンスすぎてそっちの方が印象に残ったわw


「しかしやっぱり毛色が違うな、このダンジョンは」


 他のダンジョンで見る魔物とは違う奴らが出てくる。

 おかげさまで楽しいのなんのって、思わず顔がにやけてしまう。

 ああ、そうだ。探索者っていうのは本来こうあるべきものなんだ。


 未知との遭遇、まだ誰も見たことのないお宝、外の世界じゃ決して見れない幻想的な景色。それを求めて探求する者……それが探索者だ。


 また魔物を見つけた。まだこちらに気付いて居ないようだが……。

 山羊髭を生やした彫の深い顔立ちに、鍛えられて引き締まった上半身、下半身は山羊のそれだ。あの魔物は確か……サテュロスだったか? うん、そうに違いない。


 :サテュロスやん

 ;マジだ、レアモンスきたなぁ

 ;あんま見かけることないもんな

 ;けどあの足で走りながら弓撃ってくるからウザいんだよなぁ

 ;経験者ニキいる

 ;さて、東雲はどうするかな


「ふーむ」


 コメント欄で大体の情報は掴めた。

 要するにめっちゃ足が速くて、逃げながら遠距離攻撃してくるってことだろう?

 それだけなら簡単じゃないか。石弾で倒しても皆見飽きただろうし、ここはいっちょ新しいことに試してみますか。


「こんにちは!」

『ヌワッ!?』


 いきなりサテュロスの前に躍り出てみた。

 案の定良いリアクションで驚いてくれるサテュロスくん。

 だが次の瞬間には俺に背後を見せて思いっきりダッシュして逃げていった。

 ふむ、確かに足はなかなか速いじゃないか。だが、それくらいなら俺にもできる。


「サテュロスくううううううううん! 鬼ごっこしようよおおおおおおおお!」

『ヒイイイイイイッ!? 』


 ;wwwwwwwww

 ;こwれwはwww

 ;サテュロス君逃げて超逃げてwww

 ;逆トラウマ作っててわらう

 ;主足はっっっやwww

 ;もうだめだ……あいつはたすからない


 あ、弓捨てちゃった。馬鹿だねぇ、まぁ少しでも身軽になりたかったんだろうけど。


「つぅぅぅうううかまぁぁぁえたぁぁぁ」

『ギャアアアアアアアッ!?』


 うんうん、良い悲鳴だ。よし、飽きたからもういいかな。


「よし、それじゃ逝ってこい!」


 サテゥロスの顔面を掴んで、天井に思いっきりぶん投げる。

 サテュロスは頭だけ天井にぶっ刺さて、その状態のまま絶命した。

 何とも不格好なオブジェクトだ。まぁ、俺のせいなんだけどな!


 ;ひどすぎるwwwwww

 ;日本最強のパーティが壊滅した場所と同じとは思えんwww

 ;とんでもねえ奴と同じ時代に生まれちまったぜ……

 ;サテュロス君かわいそうすぎる;;

 ;ダンジョンに吸収されるまであのままって考えると涙……いや、笑いが出ますよ

 :ひらめいた

 ;通報した ↑


「うんうん、皆も盛り上がってるようで何より!」


 :お前の奇行のせいじゃwwwww

 :誰がそんな倒し方考え付くんだよwww

 :ってか余裕でサテュロスに追いつくとか、東雲どんだけ足早いんだ……

 :多分そこらのスーパーカーより速いと思う

 ;ヒュッ

 ;主には絶対喧嘩売らない方がいいぞ

 ;うん

 ;もちろん

 ;せやな


 コメント欄が一致妥結しているのを見てほくほくした俺は、再び下層の探索を再開する。が、中々魔物とエンカウントしない。気配はそこそこ感じるんだけどな……。


 なんて思いながら歩いていると、赤いトカゲのような人型の魔物が三匹現れた。


「お?」


 察するに、リザードマンの亜種的な存在だろうか。

 左から順に、マチェット、斧、槍を持っている。どれも歪なデザインをしており、自作したのであろうことが伺える。つまり、道具を作れるほどの知能はある、と。


少しだけ警戒レベルを上げて、ニライカナイを構える。


:主! 調べてきたけどそいつらレッド・リザード っていうらしい!

:有能

:しかし安直な名前だなw

;名前つける人たちも色々大変なんやろなって……

:炎吐くらしいから気を付けて!


「なるほどね。オーケー、ありがとう。けど大丈夫、だって──」


次の瞬間、俺はレッド・リザードの背後に立っていた・・・・・・・・


「──もう終わったから」


鞘にニライカナイを戻した瞬間、レッド・リザードたちの首が滑り落ち、ぐらりと体を揺らして倒れていく。


:は?

;え?

;え

;なに?

:何が起きた?

;多分超高速で移動して一瞬で三匹の首切った

;それしか説明つかんもんな

;え、じゃあ今までの戦い全部本気じゃなかったってこと?

;多分あえて抑えてたんだと思う、映りばえ気にして


「おっ、大正解。あんまり一瞬でやっちゃうとね……。あ、もちろん平助さんの時は全力だったよ。じゃないと相手に失礼だし、そもそも手を抜いて戦える相手じゃないしね」


俺はレッドリザードの死体を回収しながら、コメントに返事する。

どうやら皆、今まで俺が本気で戦っていると考えてたみたいで少し驚いた。


「さて、そんじゃ迷宮探索、再開しますか」


死体の回収を終えて立ち上がったときだった。

前方から強大なプレッシャーと共に、カチカチという音が聞こえてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る