第25話 皐月の実力

皐月がパーティに加わってから、劇的に消耗度合いが軽減された。


皐月は強い。まるで自分の手足のように日本刀を使いこなし、襲い掛かってくる敵を危なげもなく蹴散らしていく。


俺はもっぱら、小鳥遊のカバー兼しんがりを務めていた。


足を止めることなく歩き続けること数十分。

ようやくボス部屋に辿り着いた。


:ついに来たかぁ

:ここまで想定外の魔物ばっかりだったからな。次は何が出るやら

:これでいつも通りのやつだったら笑う

:ああ、山姥なw

:でも実力ある探索者相手でもけっこう苦戦するからな、あいつ

:それはそう。だってここが今探索者が行ける実質ゴールだもん

:たしかに。東雲のせいで感覚麻痺ってるわw

:漏れもそうwww


コメント欄はコメント欄でリスナー同士が楽しく盛り上がっているようなのでスルーして、皐月と小鳥遊に最終確認をする。


「いいか? 陣形としては、俺が前衛。つっても主に攪乱が目的だが、それをする。で、皐月はメインアタッカーだ。俺のことは気にせずどんどん攻撃しろ。で、小鳥遊さんは事前に用意したアレ・・を使って注意を引いてくれ。何か質問は?」


数秒待っても返答が返ってくることはなかったため、俺は立ち上がる。


「よし、それじゃ手はず通りにいこうぜ!」

「了解っ!」

「あいあい、ボス」


気合いを入れて、ボス部屋の扉を開く。

そこに鎮座していたのは、馬のような外見の蛇だった。

全長にして7メートルほど……だろうか。

四足歩行をする蛇型の魔物……どこかで聞いたことがある気がするんだよな……。


:ムシュフシュだ

:ムシュフシュじゃね?

:やっば、初めて見た

:山姥じゃなかったかー

:ちっちゃい頃に世界の伝説の生き物集で読んだだけだから確証はないけど

:山姥より全然凶暴だからヤバいまである

:ムシュフシュってほんとにいるんやね


コメント欄を見て思い出す。

そうだ、ムシュフシュだ!


ムシュフシュは長い舌をチロチロと動かすと、ゆっくりと立ち上がってこちらをまっすぐ見てきた。幸いすぐに襲ってくるようには見えないが、先手必勝、こちらから先に行かせてもらおうじゃないの。


ダッシュしてムシュフシュの左後脚を切りつける。

その隙にも、皐月がやって来て顔面に斬撃を浴びせた。

しかし、鱗が硬いようだ。皐月の刀はあっけなく弾かれてしまい、体勢を崩す。


それを好機と見たムシュフシュは前脚を振り上げて皐月を踏み潰そうとするが、そうはさせない。


「うおおおおおおおっ!」


怒涛の連撃で、ムシュフシュの後ろ脚を一心不乱に切りつける。

やはり、首から上は鱗に覆われていて硬いと言えども、馬の体の部分は柔らかいんだな。


『キュロロロロロロ!?』


痛みに耐えきれず、ムシュフシュは大きく体勢を崩す。

その隙に皐月は離脱し、再び刀を構えた。


良かった。これなら簡単に倒せるだろう。


一瞬フラグを立ててしまったかと焦ったが、痛みに藻掻いているムシュフシュを見て考えを改める。大丈夫、こいつの弱点は間違いなくここだ。


「皐月! 脚だ、脚を狙え!」

「がってんしょうきち」


皐月は相変わらずの無表情のまま急接近すると、脚を切りつけようとする。

それを見たムシュフシュは迎撃しようと、脚で地面を蹴って突進しようとする。


だが、それも想定済みだ。


「小鳥遊さん、いまだ!!」

「はい! いきますよ~お馬さん!」


小鳥遊はポーチからあるものを取り出すと、火を点けてムシュフシュに向かって投げた。爆竹だ。それは見事にムシュフシュの顔の前に落下する。


パァン! パパパパァン!


甲高い音を激しく鳴らす爆竹に意識を持っていかれたのが過ちだった。

皐月はスッと刀を入れると、勢いよく右前脚を切り落とした。


『キュロロロロォォォォッ!!』


 ついで、もう片方の前脚も切り落とすことに成功する。

これでムシュフシュは、もう立ち上がることができないだろう。


「よくやった、皐月!」

「ぶい」


ここからは俺と小鳥遊の番だ。

俺はひたすらに、ムシュフシュの体を刺す。刺す。刺す。

痛みに気を取られて、接近する小鳥遊に気付けないようにするためだ。


そして、小鳥遊は棍を天高く振り上げると、それをムシュフシュの脳天目掛けて叩き下ろした。よほど効いたのだろう。ムシュフシュは鳴き声を上げることもなく、沈黙して地に横たわった。


「ナイスコンビネーションだったな」

「うんうん、良い感じにハマりましたねっ!」

「私のおかげ。ふたりはもっと、私に感謝するべき」


不満げに頬を膨らませる皐月の頭を、小鳥遊が撫でる。

そうすると皐月は、「むふー」と言って笑顔になった。


さて、皐月の相手は小鳥遊に任せるとして、今はこいつの収納が先だな。


地面に横たわるムシュフシュを見る。

前脚には鋭い鉤爪が付いており、きっとこれを使って攻撃されていたら病院送りじゃ済まなかっただろう。勿論、後ろ足の攻撃だって危険だ。馬に蹴られた調教師が死亡する事件だってあったんだからな。もしこいつにそれをされたらと思うと、中々に危険な橋を渡っていたんだなと思い知らされる。


そういえば、ブレスは吐くのだろうか。


いいや、それは流石にないな。

こいつは竜種の中でも亜種に分類される存在だ。真似事は出来るかもしれないが、それ以上でも以下でもないだろう。


死体の検分を済ませた俺は、マジックポーチの中にムシュフシュの死体を収納する。


:相変わらずの異次元ポーチ君

:流石にもう驚かないわw

:こないだ倒した奴らの素材はもう売ったん?

:気になる


「あー、いや。結局まだまだいい店が見つかんなくてね。いい加減装備も新調したいんだけど、みんな現物見せるとウチでは無理ですって言って断られちゃうんだよ」


:残当

:しゃーない

:切り替えていけ

:おすすめの工房があったら教えてやれるんだけどな……

:力になれなくてごめんな;;


「いいよいいよ、謝らないで。どうせ地道にやってくつもりだし」


二人の元に戻ると、ちょうど話も一区切りついたところだったらしく、こちらへ歩いてやってきた。


「これで残すはあと二層だけになりましたね」

「だな。とはいえ、油断はするなよ。深層からの魔物は危険度が何倍にも跳ね上がるから」

「私とこの刀があれば、よゆー」


頷く二人を見て、俺たちは深層へと歩き出した。


深層の空気は、暗く冷え切っている。

光る鉱石のおかげで幻想的な雰囲気を漂わせているが、実態は全くの別物だ。


ここは、たった一匹で10人程のベテラン探索者を葬れるほどの奴がワラワラいる。だから、今回の陣形は入れ替えることにした。

小鳥遊が中衛なのは変わらないが、先頭には俺、しんがりは皐月だ。


理由は、俺がもっともこの場所を把握しており、かつ魔物との戦闘経験も多いからだ。


皐月には戦闘の練習に丁度いいかも、なんて思ったりもしたが、あいにくここはゲームの世界じゃない。現実だ。死ねば生き返れないし、手足を失えば再生は不可能。


だから、現実的に見てこれが最高の陣形。


『キシャアアアアアアィ!』


蛇のような声を上げて襲い掛かってくる、上半身は女、下半身は蛇の異形、ナーガ。

前に暴走スタンピードが起きたときに倒したやつだな。それが現れた。


「はいはい邪魔ですよ」


ナーガに裏拳をかます。

ドパァン! という破裂音を響かせて、ナーガは頭部を失って息絶えた。


それからも、サラマンダー、チュパカブラ、ウェンディゴなどが襲い掛かってくるが、難なく撃退する。


「あのー、東雲さん?」

「どうした?」

「私たち、まだ全然活躍してないんですけど……」


小鳥遊の背後で、皐月もコクコクと頷いている。


「あー」


まぁ、出てくる魔物は全部俺が倒しちゃってるもんな。

彼女たちはただ、死体の山が左右に積まれた通路をお散歩しているだけのような感覚になっているのだろう。本当は危険な目に遭ってほしくないし、体力を温存してもらいたかったのだが、これ以上彼女らに不満を溜めさせるのはよろしくない。


仕方なくガシガシと後頭部を掻いて、俺は言った。


「じゃあ、戦ってみるか?」


それからの戦闘は、小鳥遊や皐月も加わることになった。


皐月は心配など杞憂だったと言わんばかりにバッサバッサと敵を切り払っているが、意外だったのは小鳥遊のほうだ。初めて出会ったときは、デーモンと相対して恐怖で動けなくなっていた。だというのに、今ではどうだ。


「ふっ! やぁっ!」


 デーモン相手にも臆せず立ち向かい、次々と有効打を与えている。


 少し前に特訓の稽古を頼まれてから何度か付き合っていたのだが、見違えるほどに成長している。きっと、これが彼女の努力と才能なのだろう。


「これで……終わりっ!」


 棍の先でデーモンの喉を思いっきり突くと、棍は貫通してデーモンの喉の奥、ちょうどうなじのあたりから先端が出てきた。


 俺は気付いたら、拍手をしていた。


「どうでしたか、東雲さんっ!?」

「凄い、凄いよ小鳥遊さん。まさかたった一人でデーモンを倒せるくらいまで成長できるなんて。頑張ったね」

「えへへ、嬉しいです……」


頬を赤らめてもじもじする小鳥遊。

もし俺が鬼教官だったら「こんなところでふざけている場合か! 次ィ!」とか言ってるんだろうが、これは小鳥遊にとっての初戦だ。良い気分として思い出に残してほしい。


そんなことを考えていると、皐月が俺の腕をちょんちょんとつついていた。


「どうした?」

「彩矢ばっかりずるい。私も、お褒めの言葉を所望する」

「ああ、そうだな。皐月も凄いよ。何せ深層の魔物をあんな簡単に両断するんだからな。きっと、相当な鍛錬を積んできたんだろう。尊敬するよ」


だが、皐月はなにやら満足いかない様子でふるふると首を横に振る。


「……足りない」

「なにが?」

「頭、なでて」


いーやいやいやいや、ちょっと待て!?

俺みたいないい歳こいた奴が、仮にもJK、あるいはJCの頭を撫でるだと?

そんなのハードル高すぎて無理だろ!!


救いを求めるように、縋る目でコメント欄を見る。

するとそこには、地獄が広がっていた。


:やってやれ

:俺たちが許可する

:いけ

:押し倒せ!

:エッッッな配信になってBANされても俺はお前のことを愛し続けるぞ!

:いけええええええ!

:なでなでくらいなんだというのかね。我々、変態紳士協会の掟を忘れたのか?

:女子は愛でるもの! 女子は甘やかすもの! 女子の言うことは絶対聞くもの!

:女子は愛でるもの! 女子は甘やかすもの! 女子の言うことは絶対聞くもの!

:女子は愛でるもの! 女子は甘やかすもの! 女子の言うことは絶対聞くもの!


駄目だこいつら救いようがねぇ……。

だが、皐月は期待するような目でこちらを見ている。


「チッ……はー、もう知らねえからな。後で文句とか絶対言うなよ?」

「約束する」


そして恐る恐る皐月の頭に手を近づけ──


俺は遂に、女子の頭を撫でることに成功した。

ラノベ読者の皆さーん!? 見てますかー!?

今、数多の作品でヒロインキラーと称された頭なでなでを実行しちゃってますよー!!


皐月の髪の毛は、サラサラで触り心地がよかった。

毎日ちゃんと手入れをしている証拠だ。

痛くないように、優しく丁寧に撫でてやっていると、皐月は「ふにゃあ」と言って顔を蕩けさせる。さっき出会ったばかりだからまだ知らなくて当たり前だが、普段無表情な皐月がこんな顔をするとはな。良いものを見れた。


だが、いい加減恥ずかしさが勝ってきたのでここでストップ。

名残惜しいが、俺は皐月の頭から手を離した。


「あっ……」


皐月は一瞬寂しそうな顔をするが、すぐにまた「えへへ」と顔をにやけさせた。


「さて、そんじゃ探索再開すっか」


そう言って歩き出そうとしたところで、ガシッと腕を掴まれる。

か、固い。全く抜け出せん。


「あ、あのー、小鳥遊さん? 何をされていらっしゃるので?」


小鳥遊は顔を真っ赤にしながら、ぷくーっと頬を膨らませていた。


「皐月ちゃんばっかり、ずるいです」

「へ?」

「私もなでなでを所望しますっ!」


小鳥遊は他のモンスターを呼び寄せないよう最小限で、しかし、この場にいる者の中では最大限の声量で、そう言うのであった。

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