第9話 一波乱終えて

 俺はぐったりとした様子で、自宅の机にだらりと突っ伏していた。

 さっきから溜息が止まらん。

 今日は色々なことが起きすぎた。小鳥遊の一件もそうだし、イレギュラーの件もそう。でも、肉体的な疲労ではない。精神的な疲れだ。


「はぁ……」


 もう何度目かも分からない溜息。

 俺は姿勢を正し、頬をペチンと叩いた。


 それからパソコンをカタカタと操作し、D-walkerダンジョンウォーカーを起動する。D-walkerとはダンジョン配信専門の動画サイトの名称で、探索者なら誰もが知っている、いわゆるWeTubeの探索者版みたいなものだ。


 タイトルは安直に【底辺ダンジョン配信者の雑談枠】。


 配信開始と同時に、数人の視聴者がやってくる。


:おいーっす

:一日に2枠も取るなんてめずらしいな

:どしたー? やっぱバズ目当てか?

:そりゃないだろw だってこいつ、大勢いると緊張して喋れないからーって俺たちに緘口令しいたくらいだぜ?w

:それもそうかw


「うっせ、とりあえず今日は、アーカイブ用に枠を開いたんだよ」


今日配信を開いた理由は二つ。


ひとつ、俺の数少ないリスナーたちに、今日起きた出来事はむやみやたらに公言しないようお願いすること。

ふたつ、もしも俺のチャンネルを探し当てて見に来た奴用に、俺のチャンネルはたいして面白くないから構わないでくれという警告のため。


「んじゃまぁ、始めるか」


 俺は背伸びをしながら、指をポキポキと鳴らす。


「まあ俺の選ばれしリスナーたる諸君なら大丈夫だと信頼してるが、今日起きたことは絶対に口外しないように。俺はお前らと楽しくプロレスしてる方が性に合ってるからな」


:ん?

:え

:はい?

:馬鹿なの? ねぇ、馬鹿なの?

:うーん、これは偏差値30!www


その煽り文句にカチンと来た俺は、こめかみに青筋を立てながら笑顔を作る。


「誰がなんだって? これは真剣なお願いなんだぞ? お前らなら分かってくれると──」


:だってあやちゃんのD-Cube、お前がデーモンのサイコロステーキとかスタンピード起こした魔物を瞬殺するとこばっちり配信に映してたじゃん


「…………あ」


ああああああああああああああっ!?


そうじゃん! バッチリ画面に映ってたじゃん!!

俺は頭を抱え、椅子から転げ落ちると地面で思いっきり転げまわる。


:wwwwwwwwwww

:アホの極みwww

:草こえて森

:主、つよくいきて

:「んじゃ、いっちょやりますか!」キリッ

:これはもう手が付けられんww


なんとか落ち着きを取り戻して、椅子に座る。


「ま、まぁ大丈夫だよな? だって一瞬顔映っただけだし、その後は背中向けてたし」


:そう思うんならそうだろう、お前の中ではな

:特定班なめないほうがいいよ

:今回は事が事だから、普段より早く特定されるはず

:てか、何で配信切らなかったのさw

:それなw 目立ちたくないなら、配信切っておくべき

:いくらでもやりようはあったはずだろ?


リスナーたちはそう言うが、別に俺だって考えなかったわけじゃない。


「で、でも、だって……」


俺は恥ずかしい気持ちを抑えるために口元を握りこぶしで覆い隠す。

多分、今の俺は完熟トマトより真っ赤な顔をしているだろう。


「お前らのコメントがなくなっちゃったら、寂しいし……」


顔を赤らめながら、チラリと画面を窺う。すると──


:いやきっつ

:きもい

:オロロロロ

:ごめんちょっとマジで真剣に無理

:おい千紘ォ! お前船降りろ!


「ひっど! お前ら言っていいことと悪いことがあるんだかんな!? 傷ついた、俺は超傷ついたぞ!」


頑丈なテーブルに台パンをかまし、唾を飛ばしながら俺はキレる。


:かわいい

:草

:おこらないで;;

:ただの冗談じゃん、なあマブダチ?

:そういやmutterみた?


「あ? mutter?」


mutterとは、大手のSNSアプリである。

利用者は多く、世界の大半がその存在を知っている。

何故その話題が出てきたのか分からず、俺はコメントに首を傾げる。


:知らなくて草

:今お前の名前トレンド1位だよ

:自分で調べたほうが早い


「はぁ? そんな質の悪い冗談……」


なんとなくmutterを開く。

するとその検索欄には──


トレンド:東雲千紘

    :底辺ダンジョン配信者

    :東雲 最強


などなどなど、大部分が俺の名前で埋め尽くされていた。


「……ほわっつ」


 人間、驚いたときは声が出なくなるもんなんだな。

 俺はカタカタと震える手をなんとか抑えながら、コトリとスマホを机の上に置いた。


 そして、涙目になりながらリスナーたちに助けを求める。


「ね、ねぇ皆……俺、この先どうしたらいいかな?」


:知らん

:好きに汁

:せっかく注目されてるんだから、この期に乗じてバズれ

:主も有名人の仲間いりかぁ……w

:今のこのチャンスを手放すのもったいないぞ


リスナーたちは口を揃えて流行りに乗れと言ってくる。

しかし、俺にとって大人数というのは脅威のほかない。

人が沢山いればいるほど、何を喋ったらいいのか、何をしていいのか分からなくなるのだ。結果、他の人たちの会話を聞き流しつつ邪魔にならない位置で立っているだけ。それが俺のスタイルだ。


思えば、高校生の頃もずっとそうだったなぁ……。


昼休みのある日、知らないクラスの男子生徒に昼飯を誘われたことがあった。

俺は喜んで飛びついたのだが、そこは俺の予想をはるかに超える地獄だったのだ。

グループでの食事、皆が楽しそうに話している中、俺はただ黙って弁当を口に運ぶことしかできなかった。その時だけは、どうしても飯の味が分からなかったことを覚えている。


いや、まぁ別にイジメられてたわけではないからいいんだけれども。

いいんだけれどもこう……。


ハッと気付いて画面を見ると、そこには同時視聴数、いわゆる同接が1万を超えていた。


「ほわぁっつ!?」


あまりに驚いた俺は、ついぞ椅子ごと地面に転んでしまった。

あまりの衝撃に、後頭部がガンガンと痛む。

どいうことだ? 目の錯覚か!?


何とか椅子を立て直し、もう一度座って画面を凝視する。


:あ、東雲さん起きた

:こんばんは~初見です~!

:同じく初見

:いきなり椅子ごとひっくり返るとかwww

:かわいいにもほどがある

:よかったな主、特定されたみたいだぞ!

:チャンネル登録しました!


嘘じゃない……みたいだ。


「あばばえーっと、こん、こんぬつ、こんばんは」


思いっきり噛んだ。


:こんぬつwww

:落ち着けwww

:ダンジョン配信時の凛々しい感じはどこへwww

:さっきの戦い凄かったです! どうすれば東雲さんみたいに強くなれますか!?

:俺も知りたい

:上に同じく

:わたしも!

:双剣って手数多い分リーチ短いはずなのに、どうやってあんなデカいモンスター真っ二つにしたんだ?


 目がぐるぐる回る。

 クッソ、コミュ障の真価をここで発揮しちゃダメだ!

 俺は再びパンパンと両方の頬を叩き、自分に喝を入れた。


「え、えーっと、皆さん、まずは来てくれてありがとうございます」


 よし、掴みはOK……なはずだ。

 後は、伝えるべきことを伝えなくては!


「あの、皆さんに一個謝罪がありまして」


:なんだろ

:どうしたんですか?

:何かやらかしちゃった系?

:あやちゃんと付き合うことになったら血の涙を流して喜ぶぞ!

:思いっきり嫉妬してて草


決心した俺はバッと頭をパソコンに下げると、言った。


「俺、小鳥遊さんみたいにトーク力もないし魅せプもできません! 今までだってつまんない配信しかしてこなかったんです! それでもリスナーさんたちがいてくれたことには感謝してますけど、そういうことなので、小鳥遊さんの放送に帰ってあげてください!」


言い切った。

人の好意を無碍にするのは自分の良心が痛むが、それでも今ここで伝えておかないと絶対に後悔する。散々期待させて後でがっかりされるより、幾分かはマシだろう。


そう思って顔を上げると、そこには恐ろしいスピードでコメントが流れているのが目に入った。


:全然そんなことないけど

:謙虚すぎてかわいい

:アレのどこが魅せプじゃないと

:仮に東雲さんの言う通りつまらない配信だったとしても、俺は見るぞ!

:自信もって!

:二窓するから平気平気

:≪Nagi≫お前の配信内容でバズらないわけないだろ。むしろ今までが異常だった

:これだけ凄い探索者が今まで日の目を浴びなかったって……マジぃ?

:主の配信はお世辞抜きでおもしろいからな。見たことない魔物とか階層もあるし

:今まで緘口令しかれてたけど、ここまで人来たらもういいよなぁ!?


流れてくるコメントは、好意的なものばかり。

同接は、7万人にまで増えている。


Nagi……俺の親友までもが、俺のことを肯定してくれていた。


不意に、じわりと視界がにじむのを感じる。

慌てて目元を服の袖で拭うと、俺は微笑んだ。


「皆さん……ありがとうございます。俺、頑張りますね!」


こうして、俺は一躍時の人となるのであった。

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