第10話 とあるパーティーを追放された弓士少女の話






 ◆ ◆ ◆



 ・・・それじゃあ話します。楽しい話ではないけど、聞いてくれると嬉しいな。


 私はヴォヌレ王国の田舎の村で生まれ育った。幼少の頃から、お父さんの真似をして弓を射つようになって、成人の頃には村では誰よりも上手い弓士になった私は冒険者になった。


 冒険者になってしばらく経ったある日、ソロでダンジョンに入った私は強い魔物と出会ってしまい絶体絶命のピンチに陥っていた。でも、そこにあるパーティーが来て助けてくれた。


『君は凄いな!俺達の仲間にならないか?』


 それがパーティー〈目覚めの蒼剣〉との出会いだった。パーティーリーダーのライアンさんに誘われた私は、パーティー〈目覚めの蒼剣〉に加入した。


 迷宮で罠に懸かった仲間を守りながら助けて、1人では倒せない敵に皆で立ち向かう。自分の得意な事を極めて補いあう仲間パーティーとの冒険は楽しかった。冒険の事や明日の事を語らいながら飲むお酒は何よりも価値があった。


『おい、武器の手入れ、まだ終わってないのか?』

『ご、ごめんなさい…』

『まあいいや、これ追加な』

『……はい、わかりました』


 不機嫌な顔を隠さず、ため息を吐いてまだ武器を研いでいる途中の私の前に、更に武器を置いて去って行く。見えなくなるまで後ろ姿を見ていたが振り返ってはくれなかった。


 さっきの人がパーティーリーダーである金髪の剣士、ライアンさんだ。時に敵を惹き付け、時に止めを刺す私を助けてくれた恩人でありパーティーの柱だ。


『あ、あの、これらの魔宝石を買ったのはアマリアさんですか?』

『は?だったら何よ。私は忙しいのよ。あっち行って』

『で、でも、こんなに魔宝石を使う予定がないですし、それに、パーティーの資金が…』

『うるさいのよ!それはパーティーの為に買った物よ!それの何が悪いの!わかったら話し掛けてこないでよ!!』


 強く反論されて黙った私を睨んでまた魔宝石を眺めだしてしまった女性はアマリアさんで、ウェーブしたロングヘアが風に靡く冒険者の方に人気のあるパーティーの魔法使いだ。

 アマリアさんの使う火属性や風属性の魔法と魔術は戦いで頼られる攻撃力がある。


『私はこれからお祈りに行かなければいけないので、これらの計算をまとめておいて下さいね』

『あの、それは、私の仕事では…』

『…リーダーが武器類を、アマリアさんが魔道具類を、コーディさんが依頼人との交渉等を、私がパーティーの書類仕事をそれぞれ担当しています。ですが、貴女は特に担当をしていないでしょう?』

『そう、ですが、でも、ポーションを買ってきたり、荷物の整理をしたり、色々と…』

『ええ、そうですね。色々としていますね。けれど細々とした事が多いですし、時間は余っているでしょう?他の者のような大きな事は1つも任されていないのですから』


 無表情で淡々と喋る、透き通るような水色の髪と瞳をしているエリーさんは、回復や結界、バフの魔術を使い味方を支援する白魔術士で常に冷静な人だった。


『なぁ、ポーションを買う店、次からこっちの店に変えるから、前の店への説明よろしくな』

『えっ、そんな、どうしてですか。あのお店のポーションはどれも、とても高い品質だったはずですが』

『いやー、あの店の店主苦手なんだよ。値下げ交渉の時も、しかめっ面で怖くてよぉ。でも新しい店の店主は笑顔で明るいし、サービスもしてくれるらしいし、どうせポーションなんてどこも似たような物だろ?それならこっちの店の方がいいってだけだ。あ、ついでに食料品の買い出しよろしくな』


 黒の短髪をした大柄で力強いコーディさんは、敵の目の前に立ち、盾1つで攻撃を受け止めるパーティーのタンクだった。相手に非が無いのに、今まで買っていた店を突然変えるのは1度や2度の話ではない。


 毎日みんなの装備品の手入れをして、ポーションの在庫の確認をして、迷宮の情報を集めて、徹夜が常態化して、それでも少しのミスで怒られて、笑われて、それでも頑張ってきた。


 …最初は、こうではなかったのに、仕事を沢山任されるようになりいつからか私の名前を呼んでくれなくなった。

 パーティーの誰かと話す事が苦しく感じるようになった・・・。




 そんなある日、とある貴族の依頼で領地に出たクリムゾンベアの討伐中に行った。

 戦闘はパーティー優勢で、クリムゾンベアをあと少しで倒せそうだった。


『これでッ!止めだあぁ!!』


 けど、リーダーが止めを刺そうとした瞬間


『グゥォォォ!!』


 クリムゾンベアはまだ諦めておらず、リーダーを狙って腕を振り上げた。

 私はリーダーを助けようと矢を射った。けれど矢はクリムゾンベアの足下の地面に刺さり当てられず、


『ぐぁぁ!』


 リーダーは怪我をしてしまった。


『リーダー!【ヒール】』

『オレが抑える!アマリア!魔法を!』

『わかっているわよ!喰らえクソ熊!【フレイムランス】』


 エリーさんが即座にリーダーに駆け寄り回復を、コーディさんがクリムゾンベアの気を惹いた隙にアマリアさんの魔方陣からの火属性の攻撃が放たれクリムゾンベアの討伐は無事完了した。リーダーの怪我も酷いものではなく、すぐに治りました。


 ですが…


『ちっ、お前の所為で俺たちの経歴に傷が付くところだったんだぞ!もう少しでBランクからAランクになれる大切な時期に!お前の油断が俺たち全員の危険に繋がったんだ!追放だ。このパーティーから出ていけ!!』


 あの場面で矢を外してしまった私の処遇は厳しいものになった。


 怒りで顔を歪ませたリーダーの視線は仲間を見るような瞳ではなかった。


 それでも、目覚めの蒼剣からのパーティー追放される事に関して、私に異論はなかった。

 一歩間違えばリーダーは大怪我、いや死んでいたのかもしれない。あの場面で私は矢を当てなきゃいけなかったのに外してしまった。大切な時期にそんな失敗をしてしまった私が追放されるのも仕方のない事だった。

 けれど、今までの頑張りが、仲間だと思って者からの冷たい視線が、辛くて悲しかった。


『…ご、ごめんなさい。私の所為で、パーティーに迷惑をかけてしまって、本当にすみませんでした。パーティーからの追放に異論はありません』


 だからだろうか。私はパーティーへの感謝の言葉を言えなかった。初めてのパーティーで、色々な事を教えてもらった。一言くらいは出てくるはずなのに。


『感謝の一言も言えないなんて、この恩知らず。私達がパーティーの為に必要な事をしていた時、何もしてなかったくせに』

『そんな、ことはありません!私は、私は…』

『言い訳ですか。そういえば、矢を外したあとも言っていましたね。寝不足だから、とか』

『ハァ、特に担当もなかったのにか?そりゃおかしいだろ。むしろ、誰よりも暇だったはずだろ?』

『違う。違います。私は、皆さんに言われた事をしていて、量が多くて、それで眠る時間がとれなくて…!』


 寝る間も惜しんで頑張ってきたはずなのに誰にも認められず、あまつさえ責められる。私がこのパーティーでしてきた事が、積み上げたと思っていた物がひび割れていくようだった。


『ハハッ、そうだな。みんなの言うとおりだ。眠る時間がなかった?本当にパーティーの役に立ちたいと思っていたなら寝不足でも弓の訓練をするのは普通だろ?』


 リーダーのその言葉で、ひび割れたパーティーへの感謝の想いは…期待は音を立てて崩れた。


『……ご、ごめんなさい』


 そのあとの事は、あまり覚えていない。


『まあこれまで共に戦った仲間だ。何の役に立ってなかったとしても、お前から物を取るなんてまねはしないさ。じゃあな』

『ふふん。私達の寛大な措置に有り難く思ってよね。それと、早くいなくなってちょうだい』

『本当です。本来ならば然るべき場所に届け出を出す必要のある事。私達の心意気に感謝の述べてほしいものです』

『そういうなよ。普通なら身ぐるみ剥がされても文句を言えない立場なんだからな。言わずとも感謝しているだろう』


『か、寛大なお言葉、感謝します…。今まで、あ、ありがとうございました……』


 彼らが求めている言葉を言って、私はその場から去った。


 後ろから笑い声が聞こえたような気がした。






 パーティーに追放されてからどれくらい経ったのだろうか。


 追放されたという噂は瞬く間に広まり、街に居づらくなった私は逃げるようにして別の街に来ていた。場所はどこだっけ、テキトーに乗り合い馬車に乗ったからわからなかった。そこそこ栄えている街だった。


 人々の間を歩き、ぼんやりと街中を回る。


『───今日は調子良かったな。いつもはああだといいんだが』

『今日はってなんだよ!いつも調子いいだろ!なぁ?』

『確かに、いつもめちゃくちゃな動きが多いのに、今日は少なかった』

『最後の一撃は手から抜けた斧が魔物の頭目掛けて飛んでいき幸運にも刺さった事だけどな!いつも通りだった!』

『そんな事よりも、早くお酒を飲みましょう!』

『そんな事ってなんだよ!』


 通りの先、ワイワイと話しながら酒場に入っていったパーティーが目に映った。依頼を達成したのだろうか、そのパーティーの仲の良さそうな様子を見た私は思ってしまった。


 目覚めの蒼剣ではあんなに楽しく話した事はなかった。


「…何を思っているんだろう。私なんかが・・・」



 なんだか虚しくなって、街の中に居たくなくてフラフラと森の中に入って行った。


『ここには崖があるから危険、ネトネトダケか、採っておこう』


 森に入ったら少し落ち着いて、地形を調べたり採取をしたりしていた。


 何時もなら、下調べを欠かさなかったのに。冒険者ギルドの情報だけでなく、外から来た商人や衛兵にも訊いていたのに。私はしなかった。


 その上、危機管理も疎かになっていた。パーティーを追放されてから、いやその前から満足に食事も睡眠もとれていなかった。


『ギャルルル、グギァァァ!!』


 結果、私はゴブリンの接近に気づけず、叫び声が聞こえてやっとゴブリンに気づき視界に入れた。


『ッ!』


 その距離は僅か数メートル。叫び声を上げたゴブリンの体だったら2~3歩で近寄れる程の距離。


 そこまで近づかれたのに気がつかなかった事に驚きながらも、弓を構え矢を射った。


『ギャギャル!』


 矢は、当たらなかった。


 辺りにはゴブリンが何体もいる。この状況ではもう一度矢は射てない。そう判断して私は逃げた。


『ハァハァ…ッ!』


『ギャー!ギャギャ!』


 ゴブリンは執拗に追ってきた。あの叫び声を上げたゴブリンこそ見えないものの、そいつの部下であろうゴブリンが何体も何体も追って来る。


『あっ…』


 走り続け、疲れた私は木の根に足を引っ掻けて転んだ。


『ギャギャ!ギャ!』


 慌てて立ち上がったがその時には遅く、ゴブリン達に追い付かれてしまった。


 ニタリと笑みを浮かべたゴブリンを、無慈悲に振り上げた棍棒を見て終わりを悟った。


 もう、終わり。私の人生はここで幕を下ろす。こんな事になるなら、自分の思いを素直に言っていればよかった。それで追放が早まったとしても、自分に合うパーティーではなかったのだと諦められただろうか。

 ・・・そして、認めあえる仲間と出会えただろうか。


『ッ、キャアーーー!!』


 都合の良い、夢が過った。その瞬間、生きなくちゃ、死ぬわけにはいかない。そんな思いが湧き出て、思わず叫んだ私は立ち上がり、また走った。


 そして私は、森の中を無茶苦茶に走って、走り、走ったその先で─────




 ◆◆◆




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