言えない本音

第31話 飲み込んだ気持ち


「あの頃は、結婚したばかりで…その先にいくらでも水惟との時間があると思ってた。」

「………」

蒼士の語る過去が水惟の記憶の足りない部分を呼び覚まし、重なっていく。

「だから仕事を頑張ればそれでいいって本気で思ってたんだ。」

水惟の中でも徐々に当時のことがハッキリとしていく。


***



「…また出張…?」

ある夜、水惟が蒼士に聞いた。

ここのところ蒼士は立て続けに国内外の出張に飛び回り、その後処理もあるのか毎日残業も続いていた。

この夜もまた、蒼士がスーツケースに出張の荷物を準備していた。

「うん。今回は国内だからすぐ戻るよ。」

「………」

水惟はしょんぼりとした様子で肩を落とした。

「さみしい?」

蒼士の問いに、水惟は素直に頷いた。

「かわいいな。」

そう言って水惟を抱きしめた蒼士の胸に水惟は顔をぎゅっと埋めるように押しつけ、背中に回した手に力を込めた。

「帰ってきたら…」

「ん?」

「いちごパフェ、食べに行きたい」

顔を埋めたままの水惟に蒼士はクスッと笑って頭を撫でた。

「いいよ。パフェでもケーキでも食べに行こう。」

そのままの姿勢で頷いた水惟の目には、うっすら涙が滲んでいた。



それからも蒼士は忙しい時期が続いていた。水惟の方も、新しいプロジェクトや大詰めのプロジェクトが重なり、残業が増えていた。

「水惟」

蒼士は帰宅すると、リビングで床に座ってテーブルに臥して寝てしまっている水惟の肩を叩いた。

「ん…おかえり…」

ボーッとした寝ぼけ眼で蒼士を迎える水惟に、蒼士は困ったように笑う。

「ただいま。こんなところで寝てたら風邪ひくよ。」

「ん〜…待ってたら寝ちゃったみたい…LIMEくれてたんだ、気づかなかった…ご飯あるよ…」

「ほんと?何も食べてないから助かる。」

「よかった。すぐ用意するね。」

「手伝うよ。」


「水惟も食べてなかったんだ。先に食べてても良かったのに。」

「一緒に食べれるときは一緒に食べたいから。」

ハンバーグを食べながら水惟が言った。

「でも水惟も今忙しいんじゃない?KIRANとかシャルドンとか、大きい案件が重なってるって聞いてるけど。」

「うん、結構バタバタしてる。でもKIRANはメーちゃんも一緒だから楽しいよ。メーちゃん、今回はアシスタントじゃなくて正カメラマンだからちょっと緊張してるんだって。でも私から見たら超すごくて—」

水惟は楽しそうに仕事の話をした。

「水惟、仕事楽しい?」

蒼士の質問に一瞬、乾の顔が浮かぶ。乾からは相変わらずダメ出しばかりされている。

「…うん。知らないことばっかりで、毎日刺激が多くて楽しい。」

ダメ出しは自分が未熟だからだ、成長すれば変わっていく、水惟はそう思って笑顔で気持ちを飲み込んだ。



「パフェの前に寄り道してもいい?」

約束していた久々のデートの途中、蒼士が言った。


「え、ここ?」

蒼士に連れてこられた店の前で水惟が聞いた。

「うん。入ろう。」

そこは高級アパレルのセレクトショップだった。

「何か買うの?」

水惟の質問は“蒼士の服を”という意味だった。

「うん。」

蒼士はいたずらっぽく口角を上げて言った。

「ふーん…?」

水惟はよくわからないまま、蒼士に手を取られ店に入った。

「え?」

蒼士が水惟の身体にブルーのワンピースを当てた。

「んー…ちょっと違うかな。」

「え、待って、蒼士の服買うんじゃないの?」

「水惟の服買いに来たんだよ。」

蒼士は当然のことのように答えた。

「でも、パーティーの服はもう十分持ってるよ。」

「じゃああと一着だけ。」

「でも…」

「今持ってるのは全部水惟が選んだドレスだろ?一着くらいは俺が選びたい。」

蒼士は楽しそうにラックのドレスを選びながら言った。気になったものを次々と水惟に当てていく。

「あ、これ。」

蒼士が目を止めたのは、ミルクティーブラウンのワンピースだった。派手さは無いがシルク素材で艶があり、クラシカルで上品な華やかさがある。

蒼士に促され、試着することになった。

「…どうでしょうか…」

水惟はもじもじと恥ずかしそうにしながら試着室から蒼士の前に出てきた。

「こういう色も形も自分では選ばないから…大人っぽくて…大丈夫かな…」

蒼士は一瞬見惚れたように言葉を失った後、嬉しそうに微笑んだ。

「今の黒い髪にもすごくよく似合ってる。きれい。」

蒼士の言葉に、水惟の頬が染まる。

「自分が選んだ服を着てもらえるって嬉しいな。独占してる感じがして。」

蒼士の言葉とともにそのドレスは水惟の一番のお気に入りになり、自分らしくないと思っていた黒い髪も少し好きになった。

その後のフルーツパーラーで、水惟はいちごパフェに目を輝かせた。


帰り道、蒼士があらたまって話し始めた。

「水惟、あのさ」

「ん?」

「最近俺の出張も多くて忙しいし、パーティーとか会食とか慣れない場所についてきてもらうことも多くて、水惟に大変な思いばっかりさせてるよな。」

「………」

水惟は首を横に振った。

「美味しいものいっぱい食べれるし…今日もドレス買ってもらっちゃったし。…それに、大変なのは出張に行ってる蒼士でしょ?」

そう言った水惟の笑顔は明らかに寂しそうだった。

蒼士は水惟を包み込むように抱きしめた。

「今、仕事が大事な時なんだ。今頑張ったら、将来的に水惟ともっと一緒にいられるし、なんでも買ってやれるし、やりたい事もなんでもやらせてやれるようになるから。」

「そんなの…」

「そんなのいらない、今一緒にいたい」と言いたくても、子どものわがままのようで水惟には言えなかった。


「ありがとう、蒼士。大好き。」

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