第32話 「俺の敵」


 ひどい目にあった。

 死ぬほど詰問された。


 結局会話の内容などには触れず、宝生さんの過去が関わってきた、ということを説明すると彼女らはそれ以上は聞かず、「それなら聞きたくなってもしょうがない」、という結論になった。

 ただそれと同時に、彼女が話したくなるようなタイミングまで待てるなら待って欲しい、とも伝えてきた。


 俺への態度は別としても、2人が宝生さんを気遣っているのがわかる。

 ……その態度を俺にも少しはして欲しいけどなぁ……



 そんなこんなでなんの進展もなく数日がたった。

 いまだに、宝生さんとの関係の改善は見込めてはいない。

 ただ今度の土日には、橘さんとのデートもある。3月中に許嫁投票を行う以上、それまでに全員と1回はデートしないと行けないから、スパンも早い。


 ……でも投票のことを考えれば、まだチャンスは2回あるとも言える。


 とりあえず、宝生さんに謝りながらも他の人も同時に頑張っていく、しかないか。

 出鼻からくじかれたけども。


 …………うん、がんばろ。



 未来のことを考えたら、急に意欲が湧いてきた。


 なんとかなる。

 なんとかする!


 そう意気込んで、明日に向かって全力でダッシュ――


「――ちょっといいだろうか」


「え?」


 急に目の前に人影。

 なんかとてつもなく不快な声が聞こえた。


 すぐに振り返らなければよかったとすぐにめちゃくちゃ後悔した。

 

 「……九頭竜……誠一」

 

 目の前に今1番、会いたくない奴が現れた。

 

 さっき俺が問い詰められることになった元凶。

 宝生さんとのデートを台無しにしたやつ。

 そして、宝生さんの感情をぶち壊したやつ。

 

 そんな奴が目の前にいる。


 「あぁ、よかった。名前を憶えてくれたんだ! 俺もうれしいぞ!」

 

 はぁ、うれしいよ?

 頭沸いてんのかこいつ。


 「誠一君、いきなり声かけたことで、彼も困惑しているみたいだよ?」


 九頭竜のさらに後ろから声をかけてきたのは、高遠……だったか。

 この間は遠目からしか見えなかったけど、確かに小柄だな。

 小動物系、とでもいうんだろうか。確かに自信はなさそうだ。

 黒川さんから教えてもらった通りっちゃ通りだな。

 

 「あぁコウ、確かにそうだな。いつも俺の至らないところをフォローしてくれて助かる」


 「……いいよ、なんたって僕は君ののパートナーだから、さ」


 なにこの二人のやり取り。

 茶番か?


 というかなんかパートナーとか言った一瞬、こちらに視線を向けてきたんだけど。

 なに、なんなんだ一体。

 なんでそこで俺に視線を向ける?


 「はぁ」

 

 というかあれだな。


 「……ちょっと待ちたまえ、帰ろうとするなよ、まだ話もしていないぞ」


 「え、なんで?俺はあなたと話すことはないのだけど」


 帰ろうとしても、二人して俺の前後で俺を挟んでいるために通り抜けずらい。

 無理やり押しとおることもできなくはないけど、それで難癖付けられても困るしな。


 あー、どうしよ。


 内心葛藤していると、俺の気も知らず、二人が話を続けてくる。


 「今日は武田君、いやそう呼ぶにはあまりに他人行儀すぎるかな? 恭弥君、って呼ばせてもらってもいいかな?」


 「嫌ですけど?」


 なんで逆にいいと思ったの?

 怖い、怖いよ。他人だよ俺ら。


 「……そうつれないことを言わずに」


 にこにこと、胡散臭い笑みを浮かべながら近寄ってくる。

 普通に怖い。


 と困っていると、


 「やめなよ誠一君!」


 毅然とした目で、誠一を見つめる高遠。

 必ず止めなければいけないという強い意志を感じる。


 「武田君が困っているよ、ただでさえ誠一君はフレンドリーで、顔もいいから……友達というか、いずれ家族になるにしても、ゆっくりと段階を踏んでいかないと……ね?」


 高遠はそう言い切ると、今度は俺のほうを見てくる。


 「そうなったとしてもあくまで僕が先輩なんだからね!」


 …………え?

 え、マジで何の話?


 俺が宝生さんの元婚約者ですよ、的な話?

 それを言いたいのなら、

 

 「はぁ?」


 普通に不快だ。

 睨みつけられたので、それをそのままにらみ返す。


 「……ごめんごめん、コウが話を少し先走りすぎてしまったみたいだ」


 先走りも何もないけどね?


 「こないだ、きょうy……武田君が無理やりあの性悪女と出かけなければいけない時があっただろう?」


 「そんなことなかったですけど」


 「え?」


 「だからないですって」


 性悪女とデートなんかしていない。


 「性悪女とデートしてたじゃないか、あの性悪女、宝生紗耶香と! それでコウも不幸せになったんだ! だから俺が救った!」


 自信満々にそんなことをのたまう誠一。

 あぁ、こいつらの中ではそういうことになっているんだな。


 「……だから今回は俺が君を救ってやる!」


 「いや大丈夫です……」


 「分かっている、武田君が不出来で病弱な姉のせいで、治療費とかを稼がないといけないことは。それによって家族思いの君が女性に自分の体を差し出すに近い行為をしながらも、働いていることは。でももう安心だ。そんな可哀そうな君がこんな制度に参加しなくても、僕のハーレムに入ればそんなこともしなくていいようにする。なんならお前の出来損ないの姉も助けてやろう。その分そういう負担は僕がするから――おやどうしたんだい?」


 は?

 こいつなんて言った?


 不出来で、病弱な、……姉?

 美桜ねぇのことをそういったのか?

 こいつが?


 人の幸せをぶち壊すこいつが。

 あんなに人のことだけを考えて、自分が迷惑になっているんじゃないか、って心配している美桜ねぇのことを?

 

 

 「……あんまり人の姉を侮辱するなよ?」


 しかし俺のつぶやきは聞こえなかったらしい。


 「な、なんだどうしたんだい?……そんなに怖い顔をして」


 ただ気圧されたかのように、九頭竜が後ずさる。

 俺はそんなのお構いなしに、どんどん近づいていく。


 もう、手を伸ばせば触れる距離まで近づいた。

 そのまま、九頭竜の顔面に、一発お見舞いしようとして……。


 一瞬姉の顔が浮かんだ。男性優遇の社会でも悪いものは悪い。先に手を出したらあれだ。

 精一杯深呼吸して、怒りを落ち着ける。


 それとなく周りを見渡せば、こちらの様子をうかがう怪しい人もいる。


 ああそういうことか。

 ……ちっ。


 「人の家族を悪しざまに語られたら、いい気分はしないでしょ」


 「そ、そうか。まぁたとえ女だとしても、そうかもしれないな。……ま、まぁさっきの話の続きだ。武田君を俺のハーレムに入れてやる。お前は自身の姉を救え、しかも性悪女からお前は解放される。 どうだ、いい話じゃないか?」


 「……仮にそうだとして、それそっちのメリットはなくないか?」


 「ふっ、そうでもない。それは別にあるんだ、会社もそれで再生できる……あぁもちろんハーレムの女どもと違って、お前もちゃんと愛してやるから……コウの次だけどな?」


 あぁ気持ち悪い。

 今すぐにでも吐きそうだ。


 だが聞きたいことは大体分かった。


 「……そんなのすぐには決められない」


 「分かっている、そんなこと。そうだ、そういえばちょうど許嫁投票の期間が3月末までだったな、その時に答えをくれ」


 「それはいいね、2週間強あるしね。さすが誠一君、ナイスアイデア!」


 はいはいよいしょよいしょ。

 

 「話はそれだけ?なら帰るけど」


 「あ、これ俺の連絡先ね」


 そういって、俺の手に紙を握り渡してくる。


 「じゃ、また!」


 「誠一君の1番は譲らないから!」


 両者対照的な笑みを浮かべたまま、車に乗り込んでいく。

 対して残されたのは俺一人。


 「ふぅ」


 その辺にある電柱を思いっきり殴る。

 拳から血が滲み出るが、どうでもいい。


 さっきは我慢したから。

 手の平からも血は流れている。


 でも今回で分かった。


 俺の姉を不出来だといった。

 俺の姉を病弱だといった。

 女なのに、、といった。


 必死に闘病して、つらいはずなのに笑顔でいつも気丈に迎えてくれた俺の姉を。

 家族がなくなって自分もつらいはずなのに、俺を抱きしめてくれた俺の姉を。

 美桜ねぇを侮辱した。


 「九頭竜、高遠、俺はお前らを許さない――お前らは……俺の敵だ」


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 今年最後!!


 2023年最後なので、これを機に時間があれば、下の☆ボタンで評価していただけたら幸いです。

 忘れちゃってる方もいるかもしれないので一応…………


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 ではよいお年を!

 

 

 

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