第23話 「どうして」SIDE 悪役令嬢

「どうして笑っているのですか」


「…………えっと?」

 

 彼は何を言われたか分からない、と目を丸くしている。

 だけど私にはそんな様子がより一層苛立たせる。



 分かってる。

 こんなことは八つ当たりだ、と。


 私の理性はそう言っている。

 でも感情がそれを許さない。

 だからこそ


「男性のあなたにとって今日の付き添いは、苦行だったはずです。興味もない書籍などを見せられ、絵画など、芸術作品とかも鑑賞させられる。そもそも今日は私があなたの要望も聞かずに、行き先を決めています。それだけ男性が嫌悪するであろうことを多々したのに、なぜあなたはそんなに笑っているのですか」


 そう聞いたのに。

 より意味がわからない、みたいな顔をしている。

 

 「別に全然苦行とかじゃなかったよ?なんならめちゃくちゃ楽しかったよ?」


 彼は楽しそうに笑った。

 より意味が分からなかった。

 今までと違いすぎる今までの人とは……

 

 「……嘘です、そんなわけありません。普通男性は自分で主導権を握りたい、そんな心情があるはずです。しかも今回のデートは私が決めています。そのうえで、あなたに寄り添った、例えばもっとアクティブなスポーツ観戦とか、もしくは逆にお洒落なアパレルショップとかで服を見る、とかそういうのが好きなはずです。そうだから……」


 だから真逆のことをしたら婚約破棄してくれると思ったのに……

 3回も婚約破棄されればもう相手をあてがわれることもないだろう。

 両親のように、結婚生活を送れればよかったけど、でも私にはそれが男性と出来そうにはないから。

 秋月さんのように、女性をそう言う眼で見ることも出来ない。


 だから。


 「……ん?」


 「こういうデートに連れて行けば婚約破棄してくれると思ったのに……」


 気づいたら声が漏れていた。

 こんなこと言うつもりはなかったのに……

 

 彼は驚いていた眼を、少し細め、そこであぁと声を漏らした。

 

 「俺は別に自分が主導権を握れなくても全然かまわない。確かにスポーツを観戦したりすることも面白いなぁとは思う、格闘技とかみるのは好きだけどやるのはそんなに好きじゃないよ」


 「なぜあなたは、だってあなたは男性で……」


 理解できない。

 分からない。


 趣味の違いはあれど、男性なんてみんな同じだ。

 お父さんとは違う。


 わがままで、傲慢で、狭量。

 そして誰しも多かれ少なかれ、男性優位主義。

 男性であるという点だけで、女性より偉いと考えている。

 古来の貴族みたいな考え方。

 

 「うん俺は男だけど。だけどそれが何か関係ある?」


 それがなに、って。

 

 「だってそれがあなた達を支えるものでしょ?男である、ということがあなたたちのプライド。唯一無二の絶対のことじゃない?」


 「いや別に、男だから、とかが俺を支えてるわけではないかな。だって俺は俺だし。仮にも女の子だったとしても、生き方とかが変わるわけないでしょ?」


 「それはあなたが男だから言えることじゃない?女の立場を経験していないから」


 女が男に対して、どのような扱いを受けているか、経験してないから言えるのだ。


 「確かに。俺は女性のことは分からないよ、どんなふうに扱われるか、どんなふうに言われるか」


 「なら!」


 「でも逆に女性の宝生さんにもわからないんじゃないかな?幼少期男性がいかに居心地が悪いのか、とか圧倒的なマイノリティに属す人の気持ちが」


 「だからそれは男性という特権で」


 「特権というか、マイノリティというかの違いじゃないかなって思うんだ。どの視点から見るのか」


 「じゃああなたは男性も女性も変わらない、っていうの?」


 「言わないよ」


 彼はあくまで諭すように、何年も人生を経験してきたかのように話す。


 「……」


 「だって俺が男性であるという特権を生かして、こういう制度を使ってるからね。でもこれは社会制度の話。法律とかつくるのは女性が多いし、国会議員も多い。重鎮も男性に比べて多い。マジョリティは女性でもあるんだよ」


 「それはそうかもしれませんけど……」


 「俺はどちらがいいとか悪いとか言いたいわけじゃなくて、結局そのひと個人を見るべきなんじゃないかなって」


 「個人?」


 「そ、性別としてじゃなく一種の個としてみる。女の人だっていろんな性格の人がいるでしょ?ファッションが好きな人、運動が好きな人、映画が好きな人、海が好きな人、山が好きな人、いろんな人がいる。それと一緒だよ。数の絶対数は少ないけれど、男性だって同じ人間だ、だからいろんな人がいる、それは変わらないよ」


 それはそうだ。

 だけど変わらない点もあった。


 「でも変わらないこともあるわ」


 「というと?」


 「男性であること」



 「今宝生さんがみている見方は、猫はツンツンしていると一般論を語っているに過ぎない、みたいなことだと思うんだよね。でもその中の猫のそれぞれの個体には名前があって性格がある、ツンツンしているものもいれば、甘えん坊な猫もいる、抱っこが嫌いな猫もいれば、好きな猫もいる。……まぁえーっと何が言いたいかって言うと、あー」


 最後の最後で閉まらないですね


 「……俺個人を見ろ、そう言うことですか?」


 「そ、そうそう!」


 しょうがなくまとめる。

 でもはじめてかもしれない、ちゃんと反応して、怒ることもなく、ただ単純に話し合いを出来たのは。


 「武田さん自身……を、か」


 少しは見てもいいのかもしれないな。


 「まぁでも今まで培った価値観だし、宝生さんが言ったような人もいるのかも、いやいると思う。俺はちょっと特殊と言えば特殊だから、ね」


 ちょっと特殊?

 いやかなり特殊だと思う、というより……

 

 「……まぁ変な人というのは確かにそうですね」


 「変な人っていうことだけ納得しないでほしいんだけど?」


 「……でもそうですね、確かに私としたことがどうしても、あなたを穿った目で見ていた、いやそもそも見ていないということは確かにありましたね。あなた個人、ではなく男性、として見ていたことは事実ですね。あなた単体を見てはいなかった」


 男性。じゃなくて、自分自身を、か。

 でも少しは話せる人なのかもしれない。

 前みたいなのじゃなくて。


 「経営などでもそうです、自分の眼鏡で見ないように、客観的事実に基づいて、判断しなければ、致命的なミスをいつか引き起こすというのにいけないというのに。どうしても、自分のことになるとそう冷静に判断できませんね」


 「それはそうでしょ、人間は機械じゃないんだ、心があるんだから」


 「なんかのセリフの受け売りみたいですね?」


 「……はは」


 分かりやすい愛想笑い。感情が顔に出る人だ。

 さっきは少し凛々しかったのに。

 二面性、とまではいかないけど、少し一致しない。



 「……まぁそのくさい台詞云々は置いておくとしても、ありがとうございました。自分自身を見つめなおす機会になりました」


 「それは良かった」


 「…………そしてちょっとはあなた自身を見てもいいかな、ってそんな気は少ししてます」


 気恥ずかしくなり、愛想笑いをしてしまう。

 これでは私も人の事言えませんね。

 

 「ちょっと意固地になりすぎたかもしれません」


 「そうかな?過去にそうさせることがあったならしょうがないと思うし、変える必要もないと思うけどなぁ。……まぁ俺だけは特別に、個人として見てもらえるとうれしい」 

 

 個人を、ですか。


 「……ちゃんとあなたを覗き男、としてみることにします」


 「それはちょっとやめてほしいかな?」

 

 「ごめん、ちょっとお手洗いに……」


 「はい、どうぞ」


 彼が気恥ずかしそうに去っていく。

 でもよかった、私も少し落ち着く時間が欲しいかったから。


 さっきまでの会話を思い出す。

 今までにない人だなぁ、と思った。

 少し見方が変わった。

 男性の、じゃない、彼の見方。


 本当に変な人。


 彼が戻ってきたら、動物園でも行き、夜ごはんを食べて、自宅に戻ろう。


 そんなこと、少し先のことを考えていた。


 「……宝生、紗耶香?」


 横合いから急に声をかけられた。

 少し高めの声。

 聞いたことがある。もう過去の存在のはずなのに。

 

 嫌な予感がしながらも、横を振り向く。


 「…………高遠……さん」


 そこには最初に私に婚約破棄した男がいた。


 

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