第7話 「執事」
新居にはいったら、クリーニング済みの独特な香りがした。
今時の家らしく、オートロックの2重鍵になっていて、安心性も抜群。
すでに玄関には靴が3足…………いや4足並んでいる。
いや4足?
え?
だ、誰だろう。
……あれかNAZ機関の人かな?
あれ?でもそれにしては、小ぶりといえ革靴だし。
「……一人多いみたいですね?」
「花咲凛さんも知らない?」
「私なんて一介の職員ですから。知るわけないですよー、はぁ」
真顔で笑うな笑うな、怖い怖い。
公務員の闇を見た気がする。
「私はキョウ様のサポートをするように、って遣わされただけですから。でもまぁ自他ともに認める優秀な私が愚考するにですね」
自分もちゃんと認めてる辺り花咲凛さんて感じだよね。
「誰かいます」
うん、ポンコツかな?
「……」
「……白けた顔で見ないでくださいよ冗談冗談ですって。まぁNAZ機関でもおかしくはないですね。ただ小ぶりの革靴、っていうのが珍しいですよね。女性がはくイメージはあまりないですけど、こないだのNAZ機関の人もパンプスでしたし……入ってみるしかないでしょう、最悪逃げましょう」
その最悪はどんな想定なのかな。
「ま、そうなるよね」
まぁぶっちゃけこんなしょうもない、どうでもいい事を考えていたのは、中に入りたくないからなわけであって。
「行きましょっか、キョウ様」
花咲凛さんはメイドらしく、前を歩いていき、手前のドアを開けてそこでストップ。
どうやら先に行け、ということらしい。
まぁそれもそうか。
メイドが先に入るのも変だもんなぁ。
もうここまで来たら行くしかない。
さっきも許嫁たちと会っちゃってるしね。
あ、また嫌なことを思い出した。
開けてくれたドアを、通り中へ。
「おぉ……」
「わぁ……」
外観だけじゃなくて、中も中ですごい。
中は広めの20帖は優にあるくらいのダイニングになっていて、それぞれの女性陣が思い思いの場所に座っている。
橘さんはテーブルに座ってスマホで何かのアプリをし、秋月さんは眼鏡をかけて、タブレットで何かを読んでいる。宝生さんは優雅に紅茶を飲んでいる。
そして、ダイニングキッチンでは、執事が優雅にクッキーと茶菓子、それにコーヒーを準備している。
ってえ?
「……執事?」
この男女不平等の社会において、執事?
……まじ?
そんな俺の様子に橘さんはチラ見するがすぐに視線を外す。
他の二人に関しては、見すらしない。
本当に嫌われてんなぁ。
でもなんとかこの生活を続けないと。
そうじゃないと姉さんが。
こんな打算で結婚をする俺は多分ろくなことにはならないだろうなぁ……
一瞬暗鬱とした気分にあるが、すぐに切り替える。
こんな気持ちはもうとっくに覚悟してきたことだから。
ふと視線を感じた。
キッチンを見れば、執事の人が、こちらに軽く一礼してくる。
内心、そのことに、おっと少し驚く。
初めてちゃんと対応してもらえた。
「武田様……いえ、お嬢様の婚約相手ですからね、恭弥様」
お嬢様……。
ってことはこの人は。
「お嬢様……ということはあなたはもしかして、宝生さんの?」
「あぁこれは失礼いたしました。ご挨拶が遅くなってしまいまして。わたくし宝生家で執事をさせていただいております。黒川 彩 と申します。今後とも何卒お見知りおきくださいませ」
そうしてちょうど90度の礼をする。
綺麗な直角。
「こちらこそよろしくお願いします。」
「恭弥様の専属メイドをしております 佐藤 花咲凛と申します。よろしくお願いいたします。」
「……ということはあなたがあの許嫁機関が行ったというあの……いえ失敬こちらの話です。それでは今後お見知りおきを。……コーヒーでも飲まれますか?」
大丈夫、とこたえると花咲凛さんも丁重に断る。黒川さんはそうですか、と言って廊下の方へ。
どうやら荷物とかがあるらしい。
その姿はまるで、何かを隠すようで。
というかさっきの言いぶり、なんか思わせぶりっていうか。
「ねぇ花咲凛さん、さっきあの人が言いかけたことって……」
「……?何を言いたかったんですかね?」
花咲凛さんも分からなそうに首をかしげている。
「でもそうですね、きっとあの人が言わなかったってことは今はいう必要のないことなんじゃないですか?きっと取るに足らないこと、だったんでしょ?」
取るに足らないこと、かぁ。
どちらかというと、なんかタブーに触れたような感じもしたけど。
でも花咲凛さんの表情はいつもと変わらないか。
なにかあったとしても今は言うことじゃないんだろう。
思考にふけっていると、花咲凛さんがちょいちょいと裾を引っ張ってくる。
「ん?」
「それでどうしましょうか?」
「とりあえず荷物部屋に置きにいこうか」
「……これ私の部屋ありますかね?こんなに広くても私の部屋なくて、台所で寝て、みたいなことないですよね?」
いやなんかの童話か何かかな?
シンデレラか何かだっけ?
「さすがに花咲凛さんの部屋もあるでしょここまで広いんだから」
「……最悪恭弥様の部屋に避難します」
それ俺の布団占拠される奴では?
「あなたの部屋は3階にあったわよ、それに使用人の部屋も」
テーブルに座っていた宝生さんが、目線は手元のまま教えてくれる。
「あ、ありがとう」
もしかしてやさし――
「――早くおいてきたら?それがすまないと、私たちの今後の話も出来ないし」
「あ、さいですか」
別に優しいわけではないのね。
自分の為ね。
「よかったね、部屋あるらしいよ?」
「そうみたいですね、行きましょうか」
階段を上り、3階へ。
って、え?
「おぉ、地下もあるんだね」
「ほんとですね、後で行ってみますか」
一旦地下室に行きたい欲はおいて、3階へ。
三階まで階段を上り、部屋へ。
主寝室となる部屋は12畳ほどの部屋。
部屋の側面にある窓は外の景色が前面にみえ、夜空とかは綺麗に見えるかもしれない。
見えるかもしれないが、でもそれよりも眼を引く存在が部屋の中央に存在感を放つ重厚な存在。
「天蓋付きベッド……」
3人は優に寝れそうな豪華なベッド、木の柱に、白のレースのカーテンが天井から吊り下げられていて、こだわり用。
しかも普段使いもばっちりの枕元には、間接照明とコンセントまで配備済み。
もうねすごいを通り越して、普通に引く。
めっちゃ引く。
というか――
「――え、俺ここに一人でねるの??」
完全に持て余すよね。
え、ここでなにをしろ、と。
……いやまぁNAZ機関の人達が何をさせたくて、これを用意したのかわかるけど。
ここまでねぇ、なんというか明け透けにされると、ねぇ?
「お、おぉぉすごいですねこれは、なんというかまぁ、あはは」
花咲凛さんも思わず乾いた笑いを漏らす。
「もしかして花咲凛さんの部屋も?」
「いえ普通のシングルベッドでした」
ですよねぇ。
「まぁいいじゃないですか、ふかふかそうですし。なんなら今日試してみます??」
そういって、クールにほほ笑む花咲凛さん。
でも眼だけは蠱惑的に映っている。
その姿はそう、最初の時の夜みたいで。
「えっ」
だから俺は思わずのけぞった。
「ふふキョウ様、冗談ですよ、さ、下に行きましょ?」
どうやら俺はからかわれたらしい。
「いつかひぃひぃいわす!」
そう改めて決意した。
まぁ今のところいつも言わされるの俺なんだけどね。
ランニングの距離もっと伸ばそうかな。
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主人公の名前が橘恭弥に誤ってなっていました。
失礼いたしました。正しくは【武田 恭弥】です。
既に修正はしておりますが、一応……
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