第29話 兄妹と姉妹

「ただいま……!」

「お邪魔します……!」


「お帰り~。秋葉ちゃんもいらっしゃい」


 スタビャの紙袋片手に帰ってきた春也と秋葉を、夏川母が笑顔で出迎える。

 2階からは、光と花音がわーわー騒ぐ声が聞こえてきた。


「2人とも、春也の部屋にいるわよ」

「分かった」


 初めて秋葉が家に来た時の緊張はどこへやら。

 2人は急いで階段を上り、春也の部屋のドアを開ける。


「あ、秋葉ちゃんやっほー。春也くんも初めましてやっほー」

「お兄ちゃん秋葉ちゃんお帰り~」


 花音からラウィンが来た時から続く春也たちの動揺など露しらず。

 ゲームのコントローラーを手にしながら、光と花音はのんきに出迎えた。


「お姉ちゃん、説明して」

「ちょ、ちょ、秋葉ちゃん怖い怖い。怖いって」


 ずんずんと姉に詰め寄る秋葉。

 花音はコントローラーを置くと、両手を広げて無実をアピールする。


「たまたま会ったんだよ。迷子になってた光ちゃんに道を聞かれて、話してるうちに春也くんの妹ちゃんだって分かったからさ。それで一緒に遊んでたってわけ」

「ほんと?」

「ほんとだって! 光ちゃん、そうだよね?」

「うん!」


 光が元気よく頷いたところで、秋葉も姉の説明に納得する。

 そしてため息とともに、ゆっくり床に腰を下ろした。

 身の潔白が証明できた花音は、まだ部屋の入口に立っていた春也の目の前に向かう。


「どもども。勝手に上がり込んでごめんね~。いつも妹がお世話になってます」

「いえいえ。こちらこそ妹がお世話になりました」

「ふ~ん、なるほど……」

「な、なんですか?」


 春也のことをまじまじと観察してから、花音は口を開いた。


「こんなイケメンとデートできなかったのは惜しいなぁ~。ねえねえ、今度お姉さんともデートしない?」

「お姉ちゃん!?」

「あはっ! 冗談だって、冗談」


 どうにもこの場のペースは完全に花音が握っている。

 流れを変えるべく、春也は手元の紙袋を掲げた。


「身代金にドーナツ、買ってきましたよ」

「おおっ! ありがと~!」

「ドーナツ! お兄ちゃんありがと!」

「誘拐された被害者も食べるのか?」

「私と花音ちゃんは共犯だもん!」

「妙なミステリーのトリックみたいなこと言うなよ」


 春也はテーブルの近くに座ると、紙袋からドーナツを取り出した。

 ストロベリー、チョコバナナ、プレーンがそれぞれ3つずつ。

 ここにいる4人と、夏川両親の分だ。


「私、チョコバナナ!」

「じゃあ私はストロベリーにしよっと」


 光と花音がさっさとドーナツを選び、残りは4つだ。

 そしてストロベリーとチョコバナナは残り1つしかない。


「秋葉、どれがいい?」

「うーん、ストロベリーもチョコバナナも美味しいの知ってるから迷っちゃう……」

「俺もその2つで迷ってるんだよね」

「じゃあさ、半分こしない?」

「いいね」


 先にドーナツにありついた誘拐犯たちに続き、春也と秋葉はドーナツを分け合って食べ始める。

 ストロベリーは甘酸っぱく、チョコバナナはとことん甘い。

 そしてプレーンは夏川両親行きが決定した。


「美味しいね」

「だね。ちょっと食べすぎな気もするけど」

「うっ……プリンアラモードも食べたし太っちゃう……」

「秋葉は大丈夫でしょ」

「そうかなー? でも、たまにはいいよね」

「スイーツバイキングの時もそう言ってなかった?」

「そうだっけ?」


 2人の世界に入り込み、和やかに会話する春也と秋葉。

 そんな2人を、それぞれの姉妹がドーナツ片手に見つめる。


“ふーん。秋葉ちゃん、思ってた以上にいちゃいちゃするじゃん。”


“この間うちに来た時より、何かすごく仲良くなってるような……。”


 あまり長々と見せられると胸焼けしそうなので、頃合いを見て花音が2人の間に割って入る。


「はいはーい注目~。春也くんと秋葉ちゃん帰ってきたら、4人でゲームしようって言ってたんだけどやらない?」

「いいですね」

「やろやろ~」

「あーでも、コントローラーが3つしかないや」


 そもそもゲーム機には、コントローラーが2つしかついていなかった。

 キャンペーンで1個もらったとはいえ、4人でやるにはまだ1つ足りない。


「あー、私持ってるから大丈夫だよ。ほら」

「何と都合の良い!?」


 驚く春也に、花音がカバンからコントローラーを取りだしてみせる。

 そもそもこのゲーム機は、テレビに繋がなくてもそれだけでできるタイプのものだ。

 携帯してプレイするように、コントローラーは小さくなっている。


「電車とか暇な時間にやるから持ち歩いてるんだよね、ミーテンドースウィッチ」

「な、なるほど」


 無事にコントローラーがそろったところで、第2回キノコカート杯が始まりを告げる。

 今回は4人の個人戦ではなく、2vs2のチーム戦だ。

 チーム分けは春也と秋葉、そして光と花音。


「負けないぞ~」


 気合を入れて、光がきれいにロケットスタートを決める。

 買ってもらった日からの練習の成果プラス、兄たちを待つ間に花音から教えてもらったので、そこそこ上手くプレイできるようになっていた。


「よーし! 光ちゃん飛ばせ飛ばせー!」

「おー!」


 特に誰も大きなミスをすることなく、レースは最終ラップに入る。

 1位に花音、2位に光が入り、3位春也の4位秋葉と続いていた。

 それ以下にCPUがいるものの、このままでは春也秋葉チームの惨敗である。


「行ける! 花音ちゃんそのまま!」

「うん! 光ちゃんもついてきて!」


 軽快に飛ばすなかで、光がアイテムボックスを割った。


「赤甲羅だ!」


 手に入れた赤甲羅を、光は反射的にぶん投げる。

 ただし、光の前方にいるのは花音。

 まだまだ緑甲羅のコントロールは難しい光だが、赤甲羅は自動で前方の相手を追尾してくれる。


「光ちゃん!?」

「あ! ごめん!」


 花音は慌ててバナナでガードしようとするが、動揺したせいかうっかり放り投げてしまう。


「わあああ!」

「わあああ!」


 光が投げた赤甲羅が花音に直撃し。

 そして光もまた、花音が投げたバナナでスリップし。

 予期せぬ仲間割れ状態になった横を、すーっと春也と秋葉の車体が通り抜けていく。

 そしてそのまま、春也1位の秋葉2位でゴールラインを超えた。


「よっしゃ~」

「やったね!」


 春也と秋葉はハイタッチを交わし、喜びの勢いで互いの手をぎゅっと握る。

 数秒後、見つめ合った2人の顔がみるみる赤くなった。


“やば! ついテンション上がって握っちゃった……!”


“はははは春也と手を繋いじゃった……!”


「赤甲羅っていうより赤ほっぺだねぇ……」


 2人の様子を見ながら、上手いんだか上手くないんだかよく分からないことを呟く花音だった。

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