第3話 笑い声の影に

 麻美たちは、とりたててうるさくしているわけでは無い。

 時折、笑い合ってはいるようだが、それも昼休みのざわめきの中では目立つことも無いだろう。


 一番、声の大きい秋瀬弥夏もずっと話し続けたりはしなかった。

 箸で乱暴に二人を指し示す時があるが、それも決して大きな動作ではない。


 舟城比奈子はそんな弥夏とバランスを取っているかのように、小柄な身体をさらに小さくするようにして、おにぎりをくわえている。


 もちろん、いじめられている風では無く、時には弥夏が比奈子にイタいとこを突かれて「うっ」っとなるようなやり取りもあるようだ。


 そして二人のやり取りを面白そうに見つめ、時には二人から何か言われたのか、楽しそうに笑う麻美。

 そんな何気ない仕草が、どうしようもなく注目を集めてしまう。


 とにかく遠藤麻美には「華」があった。


 だがしかし、亮平が紀恵に確認するように訴えたのは、この三人では無い。

 教室の後ろの扉。そこから見える廊下に隣のクラス、C組の生徒達の集団がある。


 その中に、B組――正確に言うと麻美の様子を窺う女子がいた。

 ストンと落としたようなロングの黒髪に、メタルフレームの眼鏡。


 左側の前髪だけをピンで留めており、それで幾分か印象を和らげてはいるが、その表情は厳しい。――いや、悲しげと言うべきなのだろう。


 注意して見てみれば、C組のクラスメイトとさほど親しげな風でも無い。

 彼女がそんな環境である理由は、進級した直後ということが一番適当に思えるが……


「……やだなぁ。盛本くんが期待してること理解しわかっちゃう感じ」

「さすがは百合の専門家リリィ・オーソリティ。わかってくれるか」


 亮平が「満足した」といった風情で、ふりかけのかかったご飯をかき込んだ。


「佐々木さんか……」


 そう呟きながら、紀恵は水筒からお茶を注いで亮平に差し出す。


「ありがとう。そういう名前だったのか。と言うかやっぱり知ってたんだな」

「名前だけはね。でも、あんな風になってるのは知らなかった」


 実に深刻そうな表情で紀恵は告げるわけだが、忘れてはいけない。

 紀恵は彼女たちが仲違いしているらしいことを憂いているわけではなく、


 彼女たちがキャッキャウフフしてないことが気に入らないだけなのだ、

 そう。――これは単純に趣味の問題。


 それもクラスメイトを生け贄に捧げての妄想という趣味である。

 さすがにこの二人も、この妄想が外に漏れてはマズいという認識だけはあったのだが……


「……これ、私はイヤだ」

「好き嫌いは良くない」


 丁度、紀恵は飾り切りされたにんじんを箸で突き刺したところだった。


「私に好き嫌いは無いわよ。食べ物の好き嫌いは盛本くんの方がヤバいんだってば」

「それは認める」


 煮染められたにんじんを口に中に放り込みながら、亮平にカウンターを食らわせる紀恵。そのままさらに難しい表情を浮かべた。


「やっぱりちょっと、確認してみようかな、と私は思う」

「まぁ、ほどほどにな」

「わかってる」


 この二人は、自分達の妄想が外に漏れるとヤバいということは、ちゃんと弁えているのである。

 つまり――端的に言って、鬼畜外道である。

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