第11話 憎悪の未来へ

 これでも平静さを失わないことを生き残って来た四人だ。正面から突撃しても、何らかの魔法で倒されることは誰にだって想像できた。

 それ故、相談することなく全員がカンバヤシハルトを全方位を囲むようにして走り出していた。


 重たい体を自分よりも俊敏なリザードマン族に必死に合わせながらノヴァクも疾走する。

 一番小柄なリザードマン族の一人がカンバヤシハルトの背後から接近するとサーベルを振り上げた。

 紛れもなく必殺の距離だったが、振り上げる直前にカンバヤシハルトの目線はリザードマン族の戦士を捉えた。


 ダメだ、逃げろ。


 気付いたノヴァクが声を発して警告する前に、進行方向を変えることなく背後でリザードマン族の戦士は焼失した。目を凝らすと、手首を動かして近づいたリザードマン族の戦士に触れていた。既にその瞬間にリザードマン族の戦士の生は終わっていたのだ。


 「足を止めるな、行けっ!」


 次の瞬間には自分が死ぬかもしれないという覚悟を全員が胸に抱えていた。

 ザガドが叫ばなくても、ラアダもノヴァクもカンバヤシハルトに距離を詰めていた。だが、ザガドの声にさらに背中を押す形となる。


 「うおおおっ――!」

 「ああああっ――!」


 咆哮を上げたノヴァクとラアダが左右から剣を振り上げながらカンバヤシハルトに接近する。

 大きな歩幅で近づくノヴァクは上段から、機敏な動作で接近するラアダは横から、少し遅れた真正面にはサーベルを突き出す形で突進するザガドの姿があった。

 どんな魔族でもこの三方向からの攻撃で倒せる自信があった。

 仲間の命を犠牲にしてまで接近したが、その時ノヴァクは恐ろしいものを目撃した。

 確認するようにゆっくりと目線だけを動かしてカンバヤシハルトは三人を見たのだ。

 一度後戻りできるような敵なら、迷わずここで後退していただろう。しかし一度撤退をすれば、次はないという嫌な予感もあった。だから三人は突き進んだ、ここで自分が死んでも他の二人が必ず奴を殺してくれるはずだと信じた。


 「お前ら雑魚だな。考えなしに転移してくる連中なら、こんなものか」


 カンバヤシハルトとノヴァク達の間隔があと一メートル程度の空間で地面から火柱が上がった。そして火柱は、ノヴァク達の肉を焼いた直後、火柱が弾けた。

 高熱の火が衝撃を備えた炎となり三人に炸裂したのだった。





 コンクリートの冷たい感触を頭部に感じつつノヴァクは目を開けた。


 「俺は、まだ……」


 生きているのか、と口にしようとするよりも先に血反吐を吐き出した。

 全身を打ちつけ肉体のあちこちから血が流れ、人間の何倍も丈夫な骨を持つはずのオーク族の肉体のあらゆる箇所のの激痛が肉体の深刻なダメージを教えていた。

 体に力を入れると幸いにも両手足は動くことをノヴァクは確認した。

 生きていることが奇跡だった。

 瓦礫の隙間から空を見上げると、どこまで広い青空が広がっていた。

 青空の下を走り回る子供達とそれを優しく見守る妻と義母の姿を想像した。

 魔族の住む土地の空は青く染まることはない、黒で、紫で、紺色で、朱色が多い。それは魔素による空気の濁りにより変色しているからだ。


 「まだ、死ねない」


 自分に言い聞かせるように声を発したノヴァクは、手元を探ると何か硬いぬるりとした生暖かい感触に触れた。

 嫌な予感を感じつつ、目線をその方向へ向けた。


 「くっ……」


 触れていた部分はラアダの頭部だ。

 強い衝撃と爆破により肉体がちぎれ損壊し首だけ残っていたのだ。血まみれの顔は原型を留めてはいなかったが、ザガドの次に注視していた戦士だったので辛うじて理解できた。

 一度も会話一つしたことがない弟グリオに兄を助けられなかったことを謝罪しつつ、心の中で人間の真似事のように祈りを捧げた。


 今度は左手を探ると再び硬い感触に触れた。それは紛れもなく剣の柄だった。

 そっと剣を握り引き寄せると、紛れもなくカリブレイドだ。

 あれだけの強い衝撃だったというのに、この剣は傷一つ付いていない。


 「――聞こえているか、オーク族の戦士」


 暗闇の中に響く声にノヴァクは驚きつつも、不審に思うことなく返事を返した。それは、どこかで耳にした声であり耳慣れた異世界の言語だったからだろう。


 「誰だ」


 「俺だ、ラアダだ」


 「馬鹿な、お前は死んでいる。まさかこれは、カンバヤシハルトの罠なのか」


 「違う、これはリザードマン族の秘術。リザードマン族だけに許された一種の降霊術みたいなものだ。だから俺は死んでいるし、これは死者の言葉だ」


 「じゃあ、お前はやっぱり死んだのだな」


 リザードマン族が死者を増やせば増やすほど強くなることはノヴァクも知っていた。それはこの秘術を使用して、敵の情報を仲間に報告してたからなのだろう。

 魔族の中でもリザードマン族は死を恐れぬ不屈の戦士達としても有名だった。

 種族の秘術を他種族に教えるということは重大な裏切り行為だ。それを犯してまで、伝えようとしていることは重大な意味があることをノヴァクは理解していた。


 「頭以外が挽肉料理だからな。だが頭が残っていることが条件であることと、それ以外の肉体を失ったことでこの秘術が発動しやすくなった。……弟の肉体はあまりに綺麗すぎたみたいで上手に使えなかったようだがな」


 自嘲気味にラアダの言葉にノヴァクは労わりたい気持ちになったが、それが死者に対して無駄な行為であり愚者がすることだと気づいたので沈黙で肯定することにした。


 「俺がどうしてザガドさんじゃなくて、最期の言葉をお前に伝えているのか教えてやる。俺達がカンバヤシハルトの攻撃を受けた時、容赦なく俺の体は燃えて崩壊した。だが、俺はその時見ていたんだ。奴の魔法のエネルギーをお前の剣が吸収しているのを」


 「カリブレイドが……」


 生きている時と変わらない、いや、肉体という重荷から解放されたように淀みなくラアダは言葉を続ける。


 「精神体になった俺には分かる。その剣は、人間の魔法に耐性を持った武器だ。どれだけ憎めば、そんな武器になるかは分からないが、その剣は強い強い憎悪によって造られた。徹底的に人間を拒絶する力が、その剣に宿っている。その拒絶する力があれば、人間を殺し、人間の力そのものを否定することができる」


 思い当たる点がノヴァクにはあった。人間の兵士を攻撃する時に、恐ろしく切れ味が良かっのだ。魔獣ばかりを殺してきて、人間の骨が細いからだと思っていたが、それはこの剣の力によるものだと分かれば納得だ。


 「しかし、どうやってその力を使えばいいんだ。確かに人間に対しての切れ味が凄いが、お前が言うような特別な感じはしないぞ」


 「それはお前の人間への憎悪が足りないからだ。快楽でもない、高揚感でもない、ただ目の前の生物を否定するほどの殺意だ。お前はオーク族でありながら清廉であり戦士であろうとする。そんなものは、その剣には必要ない。ただ目の前の人間を殺せ、殺意の衝動で武器を振れ」


 「お前に言われなくても、俺は人間への憎しみを持ってるつもりだ」


 「その、つもり、とは何だ。仲間を救いたいだろ、ザガドさんだってまだ助けたいんだろ。ならお前は人間を殺すだけの武器となれ、その一部となることで奴らを殺せる。お前の剣は、この状況を打破できる唯一の武器だ。使い方も簡単だ、ただ憎め、憎悪しろ、恨んで、狂って、ただ殺す為に動き出せ」


 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、とラアダが執拗に耳元で語り掛ける。分かる、

 積み重ねたストレスと、落ち着く時間もないまま危機的な状況に放り込まれたノヴァクは剣を握る力を込める。

 必死に瓦礫から這いずりだそうとしながらも、ラアダという死霊の囁きは終わらない。


 「殺せ、ここで奴を殺さなければ、お前の大切な物は全て蹂躙される。カンバヤシハルトが異世界を超えて、殺しに来るぞ! いやここで負ければ、お前達の村は王にどんなことをされるか分からんぞ! 敗北したと分かった時点で、村人全員を惨殺されるかもしれん! まだいい、人間の奴隷になって未来永劫玩具として生きる結末が待っているかもしれんぞ! いいのか、家族が最悪の未来に行き着く運命が待っているというのに、お前はのうのうと死んでいてもいいのか!?」


 これもラアダの力なのか、頭の中に凄惨な映像がノヴァクの脳裏に流れ込む。

 泣き叫ぶ妻に振り下ろされる剣、子供達に無理やり鎖を繋ぎ引っ張て行くい兵士達、大切に育てた畑は踏み荒らされ、炎は村や住人達すら焼き尽くした。

 その間も人間達は、笑って、嗤って、嘲笑して、爆笑して、最後は魔族の奴隷を飽きて捨てた。


 今まで感じたことがない、強い憤怒がノヴァクの奥から湧き上がってくる。


 「やめろ、気が狂いそうだ! こんな未来を俺は望まない! こんな絶望が待つというのなら、お前に言われなくても俺は奴を殺す! 黙って死んでおけ! 消えろ、トカゲの亡霊め!」


 「ああ、そうさせてもらう。……ザガドさんには、お前の剣の事を伝えておくよ。頼むぜ、弱虫のオーク族」


 そこで完全にラアダの気配が消えた。

 強引に瓦礫を動かそうとするノヴァクは手にした剣が酷く熱いことに気付いた。まるで炎の中に手を突っ込んだような高温だが、それを離そうという気持ちにならなかった。むしろその逆で、高熱の棒が溶解しまるで手の皮膚と一つになる呪いのような武具。

 だがノヴァクは今はそこで初めて、ああこの武器は自分の得物になったのだと認識できた。


 憎め、感情が一つの染まり、まだ確定していない未来が現実だと感情が否定しても直感が感じさせる。

 憎悪の理由は一つ、ここで憎み殺さないと自分の命より大切な物が消えてしまう。


 どうしてこのような物騒な代物を渡したのかノヴァクは、ようやく理解した。

 勇者のやってきた凄惨な行いを身近で知っている義母は、王の望みをまともな神経では乗り越えられないと思ったのだ。いやもしかしたら、もう帰還はできないような無理難題を与えられたことに気付いていたのだろうか。

 義母から無駄死にをするぐらいなら、全てを投げ捨ててでも戦えとノヴァクは言われているような気がした。


 どこかで瓦礫を起こすような音がした。

 それは恐らくザガドが再戦しようとしているのだ。

 それなら自分も向かわなければならないとノヴァクは思う。

 絶望の未来で起こった憎悪を背負う者として奴を殺すのだ。ほら、人間を憎むこの剣の声が聞こえてくるだろ。


 ――殺せ。

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