Day3 文鳥

 多瀬は困惑していた。飼っている文鳥会いたさに爆速で帰宅したところ、くちばしをこれでもかと止まり木に打ち付けていたからだ。

 出せとケージを噛んでいるのとも違う、シードが欲しいと言っているのとも違う、人で言うならじんましんが出て掻きむしっている時のような勢いだった。

「マーラ危ねぇじゃん、やめてよぅ」

 オロオロしながら文鳥に語りかける多瀬。だが文鳥の勢いは止まらない。

 何か失敗したのだろうかそうか抜けた羽抜いたから怒ってんのかなシードよりペレット多めにしたのが嫌だったのかもしれない水浴びの回数足りないって事だろうか──

 半泣きになった多瀬はTwitterに写真付きで書き込んだ。


【拡散希望】

 俺が帰ってきたら文鳥が止まり木にくちばしをガシガシぶつけてる

 朝はこうじゃなかったんです

 くちばしの病気かもしれない……有識者情報求ム

 (文鳥の写真)


 祈るような、すがるような気持ちで浅い呼吸をしていた多瀬は、通知の音に心臓が後方宙返りした。

 おそるおそる通知を見ると、知らないアカウントからのリプだった。

 

 同じ文鳥飼いです。

 写真見た感じ健康そのものですね。

 くちばしを足元に擦り付ける行動は求愛行動です。

 あなたが帰ってきたので「大好き」って喜んで伝えています。

 答えるなら、そっとケージをかいてあげてくださいね。


「求愛……?大好き……?」

 リプを読んだ多瀬は放心状態で文鳥に目をやった。小首を傾げた文鳥のつぶらな黒い目が多瀬を見つめている。

 文鳥のマーラは多瀬の父の同僚が「やっぱ世話とか無理」と言いながら押し付けた文鳥だった。文鳥初心者の多瀬ですら、すぐに懐くなんて考えてもいなかったし、むしろ、環境に馴染んで、懐くまで何年でもかかると思っていた。

「マーラ、俺のこと好きなのか……?」

 おそるおそる尋ねると、文鳥はさっきより幾分優しくカシカシと止まり木をひっかいた。

 リプの言葉を信じて多瀬は、呼応するようにケージをそっとカシカシ引っかく。

 文鳥は一瞬固まった。その一瞬が多瀬にとっては家路を急ぐ道よりずっと長く感じ、思わず息を止めて様子を見守る。

 止まり木の上で数回跳ねた文鳥は、またカシカシと止まり木を引っかき始めた。

 胸の奥から何か温かいものが溢れ出してくる感覚。雄叫びを上げたい衝動をぐっと抑えて多瀬はカシカシと返答する。

 すると文鳥はまたカシカシと引っかいて返答する。多瀬もカシカシと引っかいて答える。

「ありがとう、マーラ。……大好き」

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