第11話 観光協会にできることなんて何がある?
「まさか育が来るとは。てっきり誠司さんだとばかり」
育の父親は首の後ろに手を当てて、困惑した表情を浮かべた。
「私だってまさかお父さんだなんて」
2人の間には何とも言えないぎこちなさがあった。それにしても、偶然この親子が出会うとは田舎のコミュニティはこんなにも狭いのか。いや、本当に偶然だろうか。誠司は打ち合わせの相手が育の父親だということを把握していたはずだ。
「えーと、そちらの方は。ん? どこかで見たことあるような」
「どうも、松田賢太といいます」
「ああ! 松田さんのところの息子さんか。大きくなったね」
納得したように、何度か頷く。
「育のお父さんって市役所で働いてたんだ」
「そうなの。私が観光協会に就職したのもお父さんのコネ…… というほどでもないけど、そんな感じ」
育が少し気まずそうにしながら答える。
「数年前、観光課に異動になってね。観光協会と共同で仕事することも結構あったんだけど、2年前くらいに職員の人が急に退職しちゃって。ずっと人手不足だって、ゴンさんが言ってたんだ。だから、育を推薦したってわけ」
聞きながら、ゴンさんが会長の愛称であることを思いだす。
「へえ、そうだったんですね」
育が観光協会で働き始めたきっかけを聞きつつ、3人は用意されていたパイプ椅子に腰を下ろす。育の父親と2人の間には細長い会議机が横たわっている。部屋の隅には使われていない会議机が畳み込まれた状態で重ねられていて、埃っぽいにおいがした。
「それで、睦月さん……」
と言いかけて、育と苗字が同じであることを思い出した。家族同士でそれなりに付き合いはあったのだが、父親の名前はすっかり忘れてしまっていた。すると、それを察してくれたのか彼はふっと頬を緩めた。
「睦月
「いやぁ、流石に。秀樹さんでお願いします」
愛想笑いをしながら答える。案外、茶目っ気のある人らしい。
「お父さん。あんまりはしゃがないでよ。仕事なんだから」
「すまんすまん」
仕事の打ち合わせとは思えない内輪感のあるやり取りを終えると、さっそく本題に取り掛かった。
「ええと、賢太くんは松風小学校が廃校になったことは知ってるよね?」
「はい、道中で育に聞きました」
「その廃校を取り壊すのにもお金がかかるし、全国では廃校を活用した事業も結構行われてるから潔世市でもやろうという話になってね」
秀樹はパワーポイントで作成されたであろう資料が印刷された紙を取り出して、賢太たちの方へ向けた。「旧松風小学校活用事業」という見出しが書かれている。
「それで、事業者を公募してるんだけどこれがまあ、集まらないんだ。応募ゼロ。ヤバいよね」
市役所職員らしからぬ言葉遣いに、思わず苦笑いする。
「やっぱり地元の企業が理想だけど、みんな何していいか分かんないらしいのよ。役所としては、普通に廃校レンタルとかシンプルな事業でも全然OKなんだけどさ。そもそも、廃校持ってるだけで維持費がかかるし、正直さっさと売り払って…… じゃなくて地域の活性化のためにね」
「お父さん」
育は秀樹のことを睨みつける。
「それで、いったん市の方で何かイベントをやってみて、事業者にプレゼンしようという訳になったんだよ」
「はあ、なるほど」
廃校活用事業というとニュースでよく耳にするが、実際に行うとなると中々難しいのだろう。特に潔世市内の企業なんて中小企業しかないだろうし、融資を受けてまでリスキーな新事業を行おうとする企業はかなり少ないはずだ。市外も含めて検討するべきだとは思うが、この言い方だと地元企業にこだわりがあるのだと見て取れる。
「さあ、どうしよう」
秀樹は腕を組んで背もたれに体重をかけた。視線は賢太と育の両方に向けられ、2人から何か案が聞けるまで口を開かない態度のように見えた。
「どうしよう、って言っても観光協会に出来ることなんて…… 何がある?」
育は隣の賢太に目線を移す。
「それは育の方が詳しいでしょ」
「うーん。だって観光協会なんて潔世せんべいとシオカランくらいしかないし」
潔世せんべいは、確か観光協会本部のお土産コーナーに陳列されているのを見たことがある。おそらく、あそこでしか売っていない何の特徴もないせんべいだ。しかし、シオカランというのは初めて聞いた。
「シオカランって?」
「あれ? 説明してなかったっけ? 何年か前のゆるキャラブームの時に、観光協会で作ったやつだよ」
「へえ。にしてもなんでシオカラン? 塩辛がモチーフなの?」
「会長の好物が塩辛だから。信じられる? あり得ないよね」
育は語気を強める。しかし、育の言うことはごもっともである。潔世市と一切関係のない食べ物をモチーフにするのは計画性に乏しい判断と言わざるを得ない。誰も会長の意見に反対できなかったのだろう。
「あはは、シオカラン! 懐かしい。ありゃ大失敗だった」
声を上げて笑う秀樹は他人事のようだ。観光課の面々にも多少の責任はあるのではないか。
「どうしたものかねー」
そう言う秀樹の表情には不思議と危機感が見られなかった。娘に深刻な顔を見せたくなかったのか、あるいは単純にこの事業への熱量がさほどないのか。
その後、賢太たちは1時間ほど唸りながらいくつかの案を出したが、どれもあまりパッとするものではなかった。秀樹は考え込む賢太たちを眺めては、微笑んで時折頷いていた。娘たちの仕事ぶりを見学してその成長を実感するのは勝手だが、せめて案の1つでも出して欲しいものだ。
それにしても、秀樹のあまりに楽観的な態度には少し違和感をおぼえる。生来の大らかさもあるのだろうが、担当業務が滞っていてなおかつ、その打開策が見つからないという危機的状況にある人には見えない。
現に、彼は時折伏し目がちに唇を引き結んだり、ボールペンで手慰みをしたり妙な落ち着きのなさを感じることがあった。それはまるで、賢太たちに何かを隠しているような。
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