可愛い羊(魔王)の愉快な日々

KG(ケージー)

プロローグ 

 その日も、いつもの通り時計の針は0時を指していた。

0時と言っても、真夜中の0時である。


 そう私、朱美はブラック企業の社員として、日夜働いている。

自分で言うのも何だがメガネをかけた、ぽっちゃり女子である。

まぁ、モテはしないが、愛嬌はある。


 職場は、オフィスビルの10Fで、だだっ広いフロアーで、

こんな真夜中でも、全社員の8割の100人ほどが残って、

カタカタとパソコンに向かって、仕事をしている。


 私と同じように、明日の会議の資料を作っていたり

お客さん宛てのプレゼン資料を作っていたりと、各自自分のノルマと戦いながら

どんよりとした雰囲気の中、いつ終わるとも分からない状態で、皆、仕事をしている。


 私も、ノルマになっている営業の資料を作っている最中だが、

どう考えても今日中には終わらない量なのだ。

いつもの通り、感情を殺して疲労を騙しながら、作業を進めている。


0時になった途端、スマホのバイブが元気良く鳴り、ふと仕事から意識が外れる。

いつもの通り、最終電車に乗れるように設定しているのである。

帰る準備を含めて、0時であればギリギリ間に合う時間である。


「今日は、帰るぞ。」

テキパキと、一切の無駄なくパソコンでの作業を保存して、

パソコンの電源を落とす。


 今日終わらなけらば、明日やるだけ、上司の小言を

左耳から右耳へ流せば良いだけ、たまに帰らずに仕事をすれば

何とか今までのように、ノルマを完了出来るのは分かっている。


「お疲れ様、吉野さん、今日は私帰るね」

「お疲れ、また明日。」


 いつも死んだ目をしている吉田さんという隣の席の同僚との挨拶は、

もう普段の日常の光景と儀式である。

そういう私も、半分死にかけでもある。


 同僚に声をかけ、いそいそとバックに小物を入れながら

席を立ち、職場を離れる。


 週6で働いて、週1休み。

休みは、ほぼ家から出ず、一日だらだらと生活したり、寝てしまうような生活。

まぁ、朝早くから夜遅くまで仕事をしていれば、休みなんて

そんな怠惰に過ごして終わってしまうのは当たり前である。

こんな生活を3年ほど経験している。


 今現在28歳、独身女性。

こんな忙しくては、彼氏を作ったり、女友達と、旅行したり遊んだりする気力と

体力が無く、働いて、寝る人生を送っている状態である。


 感覚が麻痺しているのは、自分でも分かっていて。

楽しいとか、悲しいとか寂しいとか、そんな感情なんて、抱いている暇もなく、

ただ日々動いている。

そんな繰り返される日常を体感しているのである。


 いつものように、小走りで駅まで向かう。

外はヒンヤリと少し寒く、ポツポツと雨は降っている

ただ駅まで距離は近いのた。

「これぐらいなら、少し濡れてもよかろう」

折り畳みの傘は差さずに向かう。


 同じように、終電に乗る為に駅に向かう人は、まぁまぁ多く。

いつも寂しいという感じは無かった。

いつものように、交差点で歩行者の青の渡れのサインを確認して、

誰よりも早く走りだしたが、その時はいつもと変わっていた。


「危ない」

誰かが、大声で叫んだその時に、間近で大きな音がした。

「ドン!」

それは、強い衝撃を受けたのが分かる、

やられた・・・・・・・・

自分が、吹き飛ばされたのが分かった。


 自動車に跳ねられたのである。

「あれ、身体が動かない・・・・・」

視界がぼやけ、何とか腕は動くものの手までは感覚がないようで

動かせない。

身動きすら出来ない事も分かった。


 多分、血も流れているだろうけれど、痛みはさほど感じなかった。

周りで人が集まっており、騒々しい状態になっているのは分かる。

ただ、身体が徐々に冷たくなっているのが分かる。


「あぁ・・・・・これで私の人生も終わりか」

走馬灯という物は、やっぱりあるという事を実体験する。

今までの不遇だったり、思い出したくない今の不満や映像が流れる。

学生の時にイジメられた思いで、今の仕事で厳しく叱責される思いで・・・

ロクな思い出が出てこない。


 そんな中、思わず願いを言っている自分が居た。

もし存在するなら、神様に対してである。

信仰している神様は別段いないが、最後だから言っておきたいと

思ったのである。


 何でこんな不幸で不遇なの?

今回は許すから、次回転生する時はホントお願い・・・・・


「次の人生は、ブラック企業の下っ端従業員ではなくて、初めから社長令嬢のような

偉い身分で生まれたい」

「もっと可愛い容姿に生れたい」

「今のような自分ではなく、違う自分に変わりたい」


「いいよ!」

なんとも、軽い返事が聞こえたような気がした。


 そのあと、自分の意識がプツリと切れた。

そう、私朱美は死んだのである。









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